国王の離婚願望が、なぜ一国の宗教を変えてしまったのか? ──ヘンリー8世と6人の妻たちが織りなす人間ドラマ
- Seo Seungchul
- 8 時間前
- 読了時間: 8分

シリーズ: 書架逍遥
著者:Alison Weir
出版年:2007年
概要:ヘンリー8世の6人の妻たちの生涯を詳細に描いた歴史ノンフィクション。豊富な史料に基づきながら、各王妃の人間性や時代背景を生き生きと描写した「壮大な集団伝記」として評価されています。
離婚したいから新しい宗教を作ってしまう。妻を処刑して、その11日後に別の女性と結婚する。政略結婚なのに「愛している」と言い、愛していると言いながら首をはねる。こんな話が実際の歴史にあったなんて、信じられるでしょうか。
でも、これは16世紀のイングランドで実際に起きたことです。国王ヘンリー8世は生涯で6人の女性と結婚し、そのうち2人を処刑台に送りました。彼の結婚と離婚の繰り返しは、単なる個人的なスキャンダルではなく、イングランドの宗教改革を引き起こし、やがて大英帝国へとつながる歴史の転換点となったのです。
今回は、歴史家アリソン・ウェアの『ヘンリー8世の6人の妻』をもとに、瀬尾とPhronaが対話形式で、この波乱に満ちた物語を読み解いていきます。権力と愛、信仰と野心、そして生き残りをかけた女性たちの戦略。一見遠い昔の話のようで、実は現代にも通じる人間の本質が浮かび上がってきます。
離婚のために宗教を変える?
瀬尾: ヘンリー8世が離婚したいがために、カトリックから分離してイングランド国教会を創ってしまったというのは、歴史としては知っていてもやっぱり改めてすごい話ですよね。日本人の感覚だと、宗教改革って腐敗したカトリック教会の権力への挑戦者みたいなイメージがあるじゃないですか。
Phrona: ええ、そこが面白いところですよね。私たちって無意識に、大きな歴史的変化には大きな理念があるはずだって思い込んでいる。でも実際は、一人の男の執着と欲望が国家の宗教体制を根底から変えてしまった。
瀬尾: しかも最初の妻キャサリン・オブ・アラゴンとは20年も連れ添っていたんですよね。それが急に、聖書を持ち出して「兄嫁と結婚したから呪われている」なんて言い出す。本当の理由は若いアン・ブーリンに恋をしたからでしょう?
Phrona: でもね、瀬尾さん、そこで興味深いのは、ヘンリー自身は本気で「神の意志」だと信じ込んでいた可能性があることなんです。男子の世継ぎが生まれないことへの焦りと、新しい恋への情熱が、彼の中で宗教的確信に転化していく。人間って自分の欲望を正当化するとき、驚くほど創造的になれるんですよ。
瀬尾: なるほど、単純な嘘つきというより、自己欺瞞の達人だったということか。でも結果として、ローマ教会から独立してイングランド国教会を作ってしまう。個人の恋愛感情がここまで歴史を動かすなんて。
Phrona:そう考えると、「公」と「私」の境界って何なんだろうって思いません? 王の結婚は完全にプライベートな問題じゃない。でも同時に、極めて個人的な感情や欲望が国家の運命を左右してしまう。
王妃を処刑する非情さ
瀬尾: もう一つショックだったのは、王妃を普通に処刑してしまうことです。アン・ブーリンなんて、あれだけ情熱的に求愛して、宗教改革までして結婚したのに、わずか3年で斬首刑ですよ。
Phrona:しかも処刑の理由が、姦通罪と反逆罪。実の兄との近親相姦まで疑われて。ウェアの研究では、これらの罪状はほぼ捏造だったとされていますよね。
瀬尾: 興味深いのは、処刑されたアン・ブーリンもキャサリン・ハワードも、最期まで威厳を保っていたという記述です。特にアン・ブーリンは、処刑前夜に「私の首は細いから、executionerの仕事は簡単でしょう」なんて言ったとか。
Phrona:その強さ、あるいは演技性というか。死を前にしても自分という存在を最後まで演じ切る。これって、常に見られる存在だった王妃たちが身につけた一種の鎧だったのかもしれませんね。
6人それぞれの生存戦略
瀬尾: この本を読んでいて面白いのは、6人の王妃たちがそれぞれ全く違う戦略で生きていることです。キャサリン・オブ・アラゴンは信念を貫き通し、アン・ブーリンは野心で登りつめ、ジェーン・シーモアは従順さで王の理想を演じた。
Phrona:そして私が一番賢いと思ったのは、4番目の妻アン・オブ・クレーヴズ。王から「君は写真と違う」って言われて離婚されたけど、あっさり受け入れて、王の妹という称号と年金をもらって悠々自適に暮らした。
瀬尾: まさに「降りて勝つ」戦略ですね。プライドを捨てて実利を取る。結果的に6人の中で一番長生きして、一番平和な人生を送った。
Phrona: でもね、瀬尾さん、これって現代の私たちにも通じる話じゃないですか? 組織の中で生き残るために、ある人は信念を貫き、ある人は野心的に振る舞い、ある人は従順を装い、ある人は適度な距離を保つ。
瀬尾: 確かに。最後の妻キャサリン・パーなんて、まさに知性で生き抜いたタイプですよね。宗教的な著作を書くほど博識だったけど、それが原因で異端審問にかけられそうになった。でも機転を利かせて、「王様の勉強のお相手をしたかっただけです」って言い訳して難を逃れる。
Phrona:その柔軟さというか、したたかさ。彼女は王が死ぬまで生き残って、その後は本当に愛していた人と再婚までしている。ある意味、一番人間らしい幸せを掴んだのかも。
愛と権力の境界線
瀬尾: ところで、この物語全体を通じて考えさせられるのは、愛と権力の関係です。ヘンリー8世は本当に誰かを愛したことがあるんでしょうか?
Phrona:難しい問いですね。彼は確かに情熱的に恋をした。アン・ブーリンへの恋文なんて、相当熱烈だったらしいし。でも同時に、その愛は常に「男子の世継ぎを産んでくれるか」という条件付きだった。
瀬尾: つまり、純粋な愛なんてなくて、全ては権力維持のための道具だったと?
Phrona:いや、そう単純でもないと思うんです。むしろ、愛と権力が分かちがたく絡み合っているのが王という存在なのかも。彼らにとって、愛することと支配することの境界線はあいまいで、たぶん本人にも区別がつかなかった。
瀬尾: なるほど。王妃たちの側はどうでしょう? 彼女たちは王を愛していたんでしょうか?
Phrona:これも一概には言えませんよね。キャサリン・オブ・アラゴンは確かに夫としてのヘンリーを愛していたようだし、ジェーン・シーモアも献身的だった。でも同時に、王妃という地位への執着もあった。愛と野心、これも切り離せない。
現代に生きる私たちへの問い
瀬尾: この本を読み終えて思うのは、500年前の話なのに妙に現代的だということです。権力者の身勝手さ、それに翻弄される人々、でも同時にしたたかに生き抜く女性たち。
Phrona:特に女性たちの描かれ方が興味深いですよね。一見すると「かわいそうな被害者」に見えるけど、実際はそれぞれが主体的に自分の人生を選択していた。限られた選択肢の中でですけど。
瀬尾: 僕が一番印象に残ったのは、結局、権力って人を孤独にするんだなということです。ヘンリー8世は6回も結婚したけど、本当の意味でのパートナーは得られなかった。
Phrona:そうね。でも逆に、王妃たちの中には、その孤独の中でこそ自分を見つけた人もいた。アン・オブ・クレーヴズみたいに、王妃の座を降りて初めて自由になれた人もいる。
瀬尾: 権力の頂点にいることが幸せとは限らない。むしろ、そこから降りる勇気、あるいは最初から登らない賢さというのもあるんですね。
Phrona: ただ、当時の女性にとって選択肢は本当に限られていた。王妃になるか、修道院に入るか、誰かの妻になるか。その中で彼女たちは必死に自分の道を模索した。その姿は、形は違えど、今を生きる私たちとも重なる部分があるんじゃないでしょうか。
ポイント整理
ヘンリー8世の離婚願望が、結果的にイングランドの宗教改革(ローマ教会からの独立)を引き起こした。個人的欲望が歴史的大変革の引き金となった稀有な例。
6人の王妃はそれぞれ異なる性格と戦略を持ち、信念を貫く者、野心を追求する者、従順を装う者、適度な距離を保つ者など、多様な生き方を示している。
王妃という立場は、最高の栄誉であると同時に最も危険な地位でもあった。2人が処刑され、2人が離婚、1人が出産後すぐに死去、生き残ったのは1人のみ。
当時の女性は極めて限られた選択肢の中で生きていたが、それぞれが主体性を持って自らの運命と向き合っていた。被害者としてだけでなく、行為者としての側面も描かれている。
愛と権力、私的感情と公的立場の境界が曖昧な王室において、純粋な愛情と政治的計算を切り離すことは不可能だった。
キーワード解説
【イングランド国教会】
ヘンリー8世がローマ教会から独立して創設した教会。王が首長を務める
【キャサリン・オブ・アラゴン】
スペイン王女でヘンリー8世の最初の妻。離婚を拒否し続けた
【アン・ブーリン】
ヘンリー8世の2番目の妻。エリザベス1世の母。反逆罪で処刑
【ジェーン・シーモア】
3番目の妻。男子(エドワード6世)を出産後、産褥死
【アン・オブ・クレーヴズ】
4番目の妻。政略結婚だったが半年で離婚。最も長生きした
【キャサリン・ハワード】
5番目の妻。若く美しかったが不義密通の罪で処刑
【キャサリン・パー】
6番目の妻。知性と機転でヘンリー8世の死まで生き延びた