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私たちのデータと時間は誰のもの?──『Life After Google』が描いた分散型社会を再考する

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 シリーズ: 書架逍遥



  • 邦題:「グーグルが消える日 Life after Google」

  • 概要:Googleに代表される中央集権的なビッグデータ経済の終焉と、ブロックチェーン技術による分散型経済の到来を予測する未来論



私たちの日常に深く根ざしたGoogleの検索エンジン、YouTube、Gmail。これらが突然消えたら、どうなるでしょうか。シリコンバレーの伝説的な未来学者ジョージ・ギルダーは、2018年の著書『Life After Google』で、まさにそんな未来が訪れると予言しました。彼によれば、Googleが築いた「無料」と「ビッグデータ」の帝国は、ブロックチェーン技術によって崩壊し、個人がデータの主権を取り戻す新しい時代が始まるというのです。


でも、本当にそんなことが起こるのでしょうか?ギルダーの議論は説得力があるのか、それとも技術楽観主義者の夢物語なのか。今回は、富良野とPhronaの対話を通じて、この野心的な未来予測を検証していきます。技術決定論と人間中心主義、中央集権と分散化、無料経済と時間の価値など、現代社会の根本的な問いに迫ります。




Googleシステムの核心を探る


富良野: Phronaさん、ギルダーのこの本、かなり挑発的なタイトルですよね。「Life After Google」って、まるでGoogleがもう過去のものになるみたいな。でも彼の議論で面白いのは、Googleを単なる企業じゃなくて、ニュートン以来の「世界システム」として捉えているところです。


Phrona: ええ、その視点は刺激的ですよね。ニュートンが物理法則と金本位制で世界を予測可能にしたように、Googleはビッグデータとアルゴリズムで人間の行動を予測可能にしようとしている、と。でも富良野さん、私が気になるのは、その「予測可能性」への執着なんです。人間って、そもそも予測可能な存在なんでしょうか?


富良野: まさにそこがギルダーの批判の核心ですね。彼は、Googleがマルコフ連鎖という数学理論に基づいて、人間の行動を過去のパターンから予測しようとしていることを問題視している。マルコフ連鎖って、現在の状態だけが未来を決定し、過去の歴史は関係ないという考え方なんです。


Phrona: それって、人間の記憶とか、物語とか、そういう時間の厚みを全部無視してるってことですよね。私たちは過去の経験を積み重ねて、それを土台に未来を想像する生き物なのに。


富良野: その通りです。ギルダーは、この還元主義的な世界観が、Googleの「無料」モデルと結びついて、さらに問題を深刻にしていると言うんです。無料サービスって聞こえはいいけど、実際には僕たちの個人データと時間を対価として払っているわけで。


Phrona: 時間かぁ...。確かに、YouTubeの推薦動画に引き込まれて気づいたら2時間経ってた、なんてことありますもんね(笑)。でもそれって、単に自制心の問題じゃないんですか?


富良野: いや、ギルダーはもっと根本的な問題だと言うんです。彼によれば、時間こそが人生の究極の希少資源で、それを奪うシステムは本質的に搾取的だと。カール・サンドバーグの言葉を引用して、「時間はあなたの人生の硬貨」だって。


Phrona: なるほど、時間を価値の根源として考えるのは面白いですね。でも時間って確かに大切だけど、じゃあなんで大切なのかって考えると、結局は「感情」に行き着くんじゃないかな。同じ1時間でも、愛する人と過ごすのと、退屈な会議に出るのとでは、価値が全然違うでしょう?


富良野:  あー、それは深い指摘かも。時間の価値を決めるのは、その時間がもたらす感情的な充実度ってことか。


Phrona: そう!だから本当は、金から時間、時間から感情って、価値の源泉がどんどん内面化していってるんじゃないかな。経済活動だって、結局は「良い感情」を求めてるわけで。


富良野: 確かに...ブランド品を買うのも自尊心のためだし、投資するのも安心感や期待感のためですもんね。

Phrona:だからギルダーの問題視する無料モデルって、人に譲渡したり交換したりできない感情という価値を得るために、より経済的価値に交換しやすい時間という通貨を使っているっていうのが本質なんじゃないかしら。


無料経済の罠と時間の価値


富良野: 確かにそうですね。ギルダーが指摘するように、そのモデルには隠れたコストがあって、まず、真の顧客は僕たちユーザーじゃなくて広告主になってしまう。そして市場シグナルが機能しなくなる。価格がないと、何が本当に価値があるのか分からなくなるんです。


Phrona: あー、それは確かに。私、最近あるアプリを使ってて思ったんですけど、無料だから文句も言えないし、改善要望も出しにくいんですよね。お金払ってたら、もっと堂々と意見言えるのに。


富良野:そうなんです。価格メカニズムって、単なる金銭のやり取りじゃなくて、価値に関する情報伝達システムなんです。それが失われると、イノベーションも阻害される。だって、何が求められているか分からないから。


Phrona: でも、無料モデルがあるからこそ、経済的に恵まれない人たちも情報にアクセスできるようになったんじゃないですか?それって民主化の一種では?


富良野:確かにその側面はあります。でもギルダーは、それは見せかけの民主化だと言うんです。なぜなら、データを握っているのは結局巨大企業で、権力の集中はむしろ加速している。それに、プライバシーが商品化されることで、新たな不平等が生まれているとも。


ブロックチェーンという希望?


Phrona: じゃあ、ギルダーが提案する解決策は何なんですか?ブロックチェーンって聞くと、私はどうしても仮想通貨バブルを思い出しちゃうんですけど...


富良野: ああ、その印象は仕方ないですね(笑)。でもギルダーが注目するのは、投機的な側面じゃなくて、ブロックチェーンの根本的な設計思想なんです。彼は「クリプトコズムの10の法則」というのを提示していて、その第一が「セキュリティ第一」。


Phrona: セキュリティ第一...今のインターネットって、後からセキュリティを足してる感じですもんね。最初から組み込まれてないから、いつもハッキングとか情報漏洩とか起きちゃう。


富良野:そう!ギルダーは年間数千億ドル規模のサイバー犯罪を「強盗」と表現してます。で、ブロックチェーンなら、暗号技術によって最初からセキュアな設計にできる。さらに重要なのは、中央集権じゃなくて分散化されていること。


Phrona: 分散化って、みんなが少しずつ責任を持つってことですよね。でも、それって効率悪くないですか?Googleのデータセンターみたいに、一箇所で管理した方が速いし安いんじゃ...


富良野: 短期的にはそうかもしれません。でもギルダーは、中央集権には物理的限界があると言います。電力消費、冷却の問題、そして何より単一障害点のリスク。一箇所がやられたら全部ダメになる。


Phrona: なるほど...でも私、技術で全部解決できるって考え方には懐疑的なんです。ブロックチェーンだって、結局は人間が使うものでしょう?人間の欲望とか権力への執着とか、そういうものは変わらないんじゃないかな。


富良野:確かに、2025年の今から振り返ると、ギルダーの「クリプトコズムの10の法則」って、ちょっとナイーブすぎるというかポジショントークっぽい部分もあった気はしますね。


Phrona:ギルダーさんは、ブロックチェーンがすべてを解決するって信じすぎてたのかもしれませんね。「中央集権化は安全ではない」って言いながら、結局みんな使いやすい中央集権的な取引所を使ってるし、マイニングプールも寡占化してる。理想と現実のギャップが大きすぎる。


スマートコントラクトと新しい経済


富良野:でも、ギルダーが面白いのは、技術決定論じゃないところなんです。彼はイーサリアムのヴィタリック・ブテリンを「モーツァルト級の天才」と評価しながらも、スマートコントラクトの限界もちゃんと認識している。


Phrona: スマートコントラクトって、プログラムで自動実行される契約のことですよね。仲介者がいらなくなるって聞いたことあります。


富良野:ええ。彼の洞察で特に興味深いのは、これを単なる効率化じゃなくて、「通貨が運べる情報量の拡張」として捉えていることです。今のお金って、金額という数字しか伝えられないけど、スマートコントラクトなら、いつ、どこで、何のために使えるかという条件も組み込める。


Phrona: わあ、それは面白い視点!つまり、お金自体が賢くなるってこと?例えば、教育にしか使えないお金とか、環境保護活動に連動した価値を持つお金とか?


富良野:まさにそういうことです。ギルダーはこれを「プログラマブルマネー」と呼んでいて、経済活動における情報伝達の革命だと。でも同時に、現実世界の契約の曖昧さをコードで表現する難しさも指摘してます。


Phrona: そうですよね...人間関係って、曖昧さがあるからこそ成り立ってる部分もあるし。すべてをカチッとプログラムで決めちゃうと、かえって窮屈になりそう。バランスが大切ですね。


政治への応用可能性


富良野:この「通貨の情報量拡張」っていう議論を読んでて思ったんですけど、これって政治にも応用できそうじゃないですか?


Phrona: え、政治に?どうやって?


富良野:例えば「政治資本」を定量化して、流通可能にするんです。もちろん貨幣経済とは違う原理で。今の民主主義って、4年に一度投票するだけじゃないですか。でも、スマートコントラクトの考え方を使えば、もっと豊かな政治参加が可能になるかも。


Phrona: あー、面白い!つまり、コミュニティへの貢献とか、政策提案とか、そういう活動をトークン化するってこと?


富良野:そうそう!例えば、地域の清掃活動に参加したら「貢献度トークン」がもらえて、それが政策決定の際の発言力に反映されるとか。専門知識を持つ人には「専門知識トークン」があって、その分野の議論では重みづけされた投票権を持てるとか。


Phrona: うーん、でもそれって、結局新しい形の格差を生まないですか?時間やリソースがある人だけが政治資本を蓄積できちゃう。


富良野:確かにその危険性はありますね。でも、今の制度だって実質的には同じような問題を抱えてるんじゃないかな。ロビー活動とか政治献金とか、見えない形で政治資本が動いてる。それを可視化して、もっと多様な貢献を評価できるようにする価値はあるかも。


Phrona: なるほど...透明性は確かに大事ですね。政治家の公約も、スマートコントラクトにしちゃえば、約束を破ったら自動的に何か起きるようにできるのかな(笑)。


人工知能と人間の創造性


富良野:話が変わりますが、この本でギルダーは、マックス・テグマークの『Life 3.0』を批判的に検討して、AIが人間の意識を獲得するという「シンギュラリティ」論を真っ向から否定してます。


Phrona: AIが人類を超越して支配するっていう。


富良野:そう。でもギルダーは、それを「知的な神経衰弱」だと一蹴するんです(笑)。彼によれば、意識は計算では再現できないし、創造性は予測不可能性から生まれる。AIは道具であって、主人じゃないと。


Phrona: 私もその考えに共感します。でも富良野さん、じゃあ真の脅威は何なんでしょう?


富良野:ギルダーは、AIそのものじゃなくて、それを制御しようとする中央集権的な権力だと言います。少数の巨大企業がAIを独占することで、創造性や多様性が失われる。だから分散化が必要なんだと。


Phrona: なるほど...つまり、問題は技術じゃなくて、その技術をどう社会に実装するかってことなんですね。


教育と起業家精神の未来


富良野:まさに!そして面白いのは、ギルダーがピーター・ティールの1517ファンドの話を持ち出すところです。1517年って、マルティン・ルターが95か条の論題を発表した年で、既存の権威への挑戦の象徴なんです。


Phrona: 宗教改革の年かぁ。それを現代の教育システムへの挑戦になぞらえてるんですね。


富良野:ええ。ヴィタリック・ブテリンもオースティン・ラッセルも大学を中退して、世界を変える技術を作った。ギルダーは、これが新しい教育モデルの先駆けだと見ている。


Phrona: でも、みんながみんな天才起業家になれるわけじゃないですよね。普通の人はどうすればいいんでしょう?


富良野: うーん、そこは僕も考えちゃいますね。ギルダーは個人のデータ主権の回復とか、イノベーションの民主化とか言うけど、実際にはかなりの技術リテラシーが必要になりそうで。


Phrona: そうそう!私の周りでも、ブロックチェーンとか暗号資産とか、難しすぎて手を出せないって人が多いんです。結局、新しい形のデジタルデバイドが生まれちゃうんじゃないかって心配。


理想と現実のはざまで


富良野: その懸念は重要ですね。ギルダーのビジョンは確かに魅力的だけど、実現への道のりは簡単じゃない。彼自身、ICOの90%以上がPOC段階を超えられない現実も認めてます。


Phrona: でも、だからこそ対話が必要なんじゃないですか?技術の専門家だけじゃなくて、いろんな立場の人が参加して、どんな未来を作りたいか話し合う。


富良野: おっしゃる通り!ギルダーの本の価値は、正確な未来予測じゃなくて、僕たちに根本的な問いを投げかけることかもしれません。データは誰のものか、時間の価値をどう考えるか、人間の創造性とは何か...


Phrona: そして、その問いに対する答えは、きっと一つじゃないんですよね。大事なのは、完璧な分散型システムを作ることじゃなくて、人々がより豊かな感情体験を持てる社会を作ること。そのためにブロックチェーンが役立つなら使えばいいし、そうじゃないなら別の方法を考える。


富良野: そう、人間らしさを保ちながら、技術の恩恵も受ける。簡単じゃないけど、諦めちゃいけない挑戦ですよね。




ポイント整理


  • Googleの世界システム

    • ギルダーは、Googleをニュートン以来の「世界システム」として分析。ビッグデータ、機械学習、無料サービスモデルを通じて、人間の行動を予測・制御しようとする中央集権的システムとして批判的に描写。

  • マルコフ連鎖と決定論的世界観

    • Googleの思想的基盤として、現在の状態のみが未来を決定するマルコフ連鎖理論を指摘。これが人間の創造性、自由意志、歴史性を無視する還元主義的アプローチにつながっていると批判。

  • 無料経済の隠れたコスト

    • 「無料」サービスは実際には個人データと時間を対価としており、真の顧客は広告主。市場シグナルの欠如がイノベーションを阻害し、プライバシーの商品化が新たな不平等を生む。

  • 時間という究極の価値尺度

    • カール・サンドバーグの「時間はあなたの人生の硬貨」という言葉を引用し、時間こそが最も希少で価値ある資源であることを強調。金本位制との類推で、安定した価値尺度の必要性を説く。

  • ブロックチェーンによる解決

    • 「クリプトコズムの10の法則」を提示し、セキュリティ第一、分散化、個人のデータ主権などを重視。中央集権的システムの物理的・構造的限界を克服する可能性を示唆。

  • スマートコントラクトの革新性

    • 単なる効率化ツールではなく、「通貨が運べる情報量の拡張」として理解。プログラマブルマネーにより、経済活動における情報伝達の革命が可能に。同時に、現実世界の複雑性をコード化する困難も認識。

  • AIと人間の創造性

    • シンギュラリティ論を「知的な神経衰弱」と批判。意識は計算で再現できず、創造性は予測不可能性から生まれると主張。真の脅威はAI自体ではなく、それを独占する中央集権的権力。

  • 教育システムの変革

    • ピーター・ティールの1517ファンド(宗教改革の年にちなむ)を例に、既存の大学教育に代わる実践的学習モデルを提示。ブテリンやラッセルなど、大学中退者による革新的成果を評価。

  • 実装への課題

    • 技術リテラシーの格差、ICOの失敗率の高さなど、理想と現実のギャップを認識。新たなデジタルデバイドの可能性や、一般市民の参加の困難さという課題。



キーワード解説


【世界システム

社会全体を包括的に組織する原理や構造


【マルコフ連鎖

未来が現在の状態のみに依存する確率過程


【クリプトコズム

ブロックチェーン技術に基づく新しい経済圏


【スマートコントラクト

自動実行される電子契約


【プログラマブルマネー

使用条件を組み込んだ通貨


【データ主権

個人が自分のデータを管理する権利


【分散型ネットワーク

中央管理者のいないシステム


【時間の希少性

時間を最も価値ある資源として捉える考え方


【ICO(Initial Coin Offering)

暗号資産による資金調達


【シンギュラリティ

AIが人間の知能を超える転換点



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
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