top of page

トランプは議会を無視してイランを攻撃できるのか?──アメリカ憲法が抱える240年前からの矛盾

更新日:6月30日

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:"Does Trump Have the Authority to Strike Iran?"
  • 出典:  Council on Foreign Relations (CFR)(2025年6月22日)

  • 筆者: John B. Bellinger III(外交問題評議会・国際・国家安全保障法上級研究員)


トランプ大統領がイランに対して「無条件降伏」を要求し、軍事行動を示唆する発言を繰り返しています。イスラエルとイランの対立が激化する中、アメリカが軍事的にどこまで関与できるのか、そして大統領にはどの程度の権限があるのかという根本的な問題が浮上しています。


戦争権限をめぐる議論は、建国以来のアメリカの憲法的課題でもあります。一方で大統領は迅速な軍事行動を求められ、他方で議会は戦争宣言の権限を持つ。この緊張関係は現代の複雑な国際情勢の中で、より一層複雑な様相を呈しています。国際法の観点からも、自衛権の範囲や集団的自衛権の解釈をめぐって、様々な議論が交錯します。富良野とPhronaの対話を通じて、この多層的な問題の核心に迫ってみましょう。



大統領権限の憲法的根拠を探る


富良野:この記事を読んでいて、改めて思うんですが、アメリカの戦争権限って本当に複雑ですよね。憲法に「議会が戦争を宣言する」と書いてあるのに、実際には大統領が軍事行動を決めることが多い。


Phrona:そうですね。でも考えてみると、この曖昧さには理由があるのかもしれません。18世紀の戦争と21世紀の軍事行動って、もう別物じゃないですか。建国の父たちが想定していた「戦争」と、今のような瞬時に展開される軍事作戦では、時間軸がまったく違う。


富良野:なるほど。記事にも書いてあるけど、司法省の法務顧問室は「戦争」にあたるかどうかを「予想される性質、規模、期間」で判断するって言ってるんですよね。つまり「戦争」の定義自体が可変的になっている。


Phrona:その可変性が怖くもあります。政権が変わるたびに「戦争」の境界線が動くとしたら、それって民主的統制からすれば不安定すぎませんか。


富良野:確かに。でも実務的に考えると、北朝鮮がミサイルを撃ちそうだとか、テロ組織が攻撃を準備してるって情報があったときに、いちいち議会の承認を待ってられないという現実もある。記事の著者も「迅速性」の必要性は認めてますよね。


Phrona:でも、その「迅速性」を理由にした軍事行動が積み重なって、結果的に議会の権限がどんどん空洞化していく。そういう構造的な問題もあるんじゃないでしょうか。


富良野:そこが悩ましいところで、記事でも「過去20年間、議会は両党の大統領による軍事力行使をますます黙認している」って指摘されてる。つまり、議会自身も責任を回避してる側面がある。


イランへの軍事行動は「自衛」なのか


Phrona:今回のイランのケースで興味深いのは、トランプ政権が「イスラエルの集団的自衛権」を理由にしようとしてることです。でもこれって、かなり無理がありませんか。


富良野:国際法的には確かに苦しい論理ですね。記事にもあるように、まずイスラエル自身の行動が国際法に適合していることが前提になる。それに、アメリカが「差し迫った攻撃」から身を守るための自衛行動だと主張するのも、現状では難しい。


Phrona:1981年にイスラエルがイラクの原子炉を攻撃したとき、レーガン政権が国連安保理でイスラエルを非難する決議に賛成したって話、象徴的ですよね。「外交手段が尽くされていない」って理由で。


富良野:時代背景もあるでしょうけど、当時の方が国際法の原則により忠実だったとも言える。今は「予防的自衛権」の解釈がかなり拡大されてる印象があります。


Phrona:その拡大解釈が常態化すると、結局「力の論理」が国際法を上回ってしまう。そうなると、法の支配という理念そのものが揺らいでしまいませんか。


富良野:ただ、現実問題として、イランが核兵器を開発して、それが中東全体を不安定化させるリスクもある。法的な正当性と安全保障上の必要性のバランスをどう取るかという、古典的なジレンマでもありますね。


Phrona:でも、そのジレンマを解決するために法があるはずなのに、法を無視して行動することで新たな不安定を生むかもしれない。特に、アメリカのような超大国が先例を作ると、他の国も同じ論理を使いかねない。


権力の分散と集中のはざまで


富良野:記事の最後の方で著者が「議会がもし戦争権限で何らかの役割を果たすつもりなら」って書いてるのが印象的でした。つまり、議会自身が自分の権限を放棄してるような状況だと。


Phrona:それって、民主主義の根本的な問題ですよね。権力を監視すべき機関が、その責任を果たさないでいる。でも、なぜそうなってしまうんでしょう。


富良野:政治的なリスクを避けたいからじゃないですかね。軍事行動が成功すれば大統領の手柄になるし、失敗すれば大統領の責任になる。議会としては、事前に賛成も反対もしない方が政治的には安全。


Phrona:なるほど。でもそれって、結果的に民主的な意思決定プロセスを機能不全にしてしまう。国民の代表である議会が決断を避けることで、一人の人間に過大な権限が集中する。


富良野:建国の父たちが恐れていたのは、まさにそういう状況だったのかもしれませんね。権力の集中による専制の復活。チェック・アンド・バランスの仕組みが形骸化してしまう。


Phrona:でも一方で、現代の軍事技術や情報戦の速度を考えると、18世紀的な合議制では対応しきれない現実もある。この矛盾をどう解決するかが、21世紀の民主主義の課題なのかもしれません。


富良野:そうですね。制度の更新が追いつかないまま、現実だけが先に進んでしまっている感じがします。



ポイント整理


  • 憲法上の権限分離

    • 大統領は軍の最高司令官として軍事行動の権限を持つが、議会は戦争宣言の権限を有する。この分離が現代の軍事情勢では曖昧になっている

  • 「戦争」の定義

    • 司法省は軍事行動が「戦争」にあたるかを「性質、規模、期間」で判断するとしており、この解釈が大統領権限の範囲を左右する

  • 議会の黙認

    • 過去20年間、両党の大統領による軍事力行使に対し、議会は承認も監視も十分に行わず、事実上権限を放棄している状況

  • 国際法上の制約

    • 国連憲章は自衛権や集団的自衛権、安保理決議による場合を除き武力行使を禁止しており、イランへの攻撃は法的正当化が困難

  • 先例の重要性

    • 1981年のイスラエルによるイラク原子炉攻撃を米国が非難した先例と現在の姿勢の違いが、国際法解釈の変化を示している

  • 民主的統制の課題

    • 軍事行動の迅速性要求と民主的な意思決定プロセスの間に生じる根本的な緊張関係


キーワード解説


【憲法第2条権限(Article II powers)】

憲法第2条に基づく大統領の行政権。軍の最高司令官としての権限を含む


【戦争権限条項(War Powers Clause)】

憲法第1条第8節の戦争宣言条項。議会に戦争宣言の権限を付与


【司法省法務顧問室(Office of Legal Counsel)】

政府の法的判断を担当する機関


【集団的自衛権(Collective self-defense)】他国への攻撃を自国への攻撃とみなして軍事行動を取る権利


【国連憲章(UN Charter)】国際法における武力行使の制限を規定


差し迫った脅威】

自衛権行使の要件の一つ


【議会承認(Congressional authorization)】

軍事行動に対する議会の事前許可


本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
bottom of page