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「人間は特別じゃない」という希望の話──モートンが語る進化論の真実

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Timothy Morton "Humans aren't special, and why it matters" (Institute of Art and Ideas, 2025年6月27日)


なぜ人間は地球をこんなにも壊してしまったのでしょうか。なぜ気候変動も、種の絶滅も、環境破壊も止められないのでしょうか。哲学者ティモシー・モートンは、こうした問題の根っこに、人間が長らく信じてきた「自分たちは特別で、自然の頂点に立つ存在だ」という思い込みがあると言います。


でも、もしその思い込みを手放せたらどうでしょう。実は進化論が教えてくれるのは、人間なんて自然の中のただの一部で、決して特別な存在ではないという事実です。モートンはこの現実を受け入れることこそが、むしろ人類の生存に希望をもたらすと主張します。


この記事では、モートンの刺激的で希望に満ちた議論を、二人の対話を通して紐解いていきます。人間中心主義からの脱却、進化論が示す自然の無目的性、そして私たちがどう生きればいいのか。重いテーマですが、リラックスして一緒に考えてみませんか。




人間が「特別」だと思う錯覚について


富良野:モートンの記事を読んでいて、最初からいきなり挑発的だなと思ったんです。人間は生命の頂点でも特別でもないって断言してますからね。


Phrona:たしかに、読んでて少しドキッとしました。でも考えてみると、私たちって本当に無意識に自分たちを特別視してますよね。地球は人間のためにあるって、どこかで思ってる。


富良野:モートンが引用してるウィリアム・モリスの小説の一節が印象的でした。ヴィクトリア時代の人々は自然を奴隷のように扱おうとしていたって話。人間と自然を別々のものとして見て、自然を支配しようとする。


Phrona:それって今も続いてますよね。自然を人間の財産として捉えて、何の見返りもなしに働かせようとする。モートンはそれを目的論的な考え方だって言ってますけど。


富良野:目的論的、つまり何かの目的に向かって進んでいるという考え方ですね。でも自然はそんな目的なんて持ってない。進化論を考えれば明らかです。


Phrona:そうそう。私たちはつい、進歩とか発展とかの物語で考えがちだけど、実際の自然はもっと当てずっぽうというか、偶然の積み重ねなんですよね。


進化に目的なんてない


富良野:モートンは進化には三つの原動力があると書いてます。遺伝子変異、共生、性的選択。どれも無目的だって。


Phrona:遺伝子変異なんて、まさに偶然ですもんね。放射線が当たったり、コピーミスが起こったりして、たまたま起きる。


富良野:性的選択も面白いですよね。クジャクの羽が美しいのは、メスが美しいオスを選んだ結果であって、何か崇高な目的があったわけじゃない。美しさに生存上の意味なんてないかもしれないのに。


Phrona:共生も、最初は偶然の出会いから始まったんでしょうね。細胞の中にミトコンドリアが住み着いたのも、最初は感染だったかもしれないし。


富良野:つまり、人間も含めて、すべての生き物は偶然の産物だということです。特別な目的があって作られたわけじゃない。僕たちも自然の一部に過ぎない。


Phrona:でも、そう考えると逆にほっとしませんか?重い責任から解放されるような感じで。私たちが地球の支配者である必要なんてないんだって。


人間中心主義という病


富良野:モートンが問題視してるのは、この人間中心主義、アントロポセントリズムなんですよね。人間が全生命の中心で、だから他のすべてを支配する権利があるという考え方。


Phrona:奴隷制と支配は馬車と馬みたいに一緒についてくるって書いてましたね。人間同士の関係の仕方が、人間と自然の関係にも表れるって。


富良野:そう考えると、環境問題って技術の問題じゃなくて、根本的には思想の問題なのかもしれません。目的を持った存在が、目的を持たない存在に働きかけると、後者は食い潰されてしまう。


Phrona:でも人間中心主義から抜け出すって、具体的にはどういうことなんでしょう?頭では分かっても、実際に生きてる中で実感するのは難しいような気がして。


富良野:モートンの他の著作を見ると、まず自分たちが自然の外にいるという感覚を手放すことから始まるみたいですね。私たちも生態系の一部で、他の生き物と相互依存してるって認識すること。


Phrona:ああ、なるほど。私たちが吸ってる酸素も、植物が作ってくれたものですもんね。食べ物も、土の中の微生物がいなかったら育たないし。


特別じゃないからこそ見えてくるもの


富良野:面白いのは、モートンがこれを反人間的な話だとは考えてないことです。むしろ人間が生き残るために必要だって言ってる。


Phrona:そうですね。人間が特別だって思い込みを捨てることで、かえって豊かな関係性が見えてくるのかもしれません。他の生き物たちとの。


富良野:ダーウィンの進化論が発表されたとき、人々はショックを受けたって言いますよね。人間がサルの仲間だなんてって。でも今から見れば、それで人間の尊厳が失われたわけじゃない。


Phrona:むしろ他の生き物との繋がりが見えて、世界がもっと豊かに感じられるようになったとも言えそうです。孤独な支配者でいるより、みんなで一緒に生きてる方が楽しいかも。


富良野:モートンの議論の核心はそこかもしれませんね。人間の特権を手放すことで、かえって本当の意味での共存が可能になる。支配する側とされる側じゃなくて、対等な関係として。


Phrona:そして、それが結果的に人間自身の生存にとっても一番いい道なんだって。なんだか逆説的だけど、希望が持てる話ですよね。


「支配」から「共生」へ


富良野:でも実際問題として、現代社会でこの転換を起こすのは簡単じゃないでしょうね。経済システムも、政治制度も、人間中心主義を前提に作られてますから。


Phrona:たしかに。でも、気候変動とか生物多様性の危機とか、現実が私たちに問いかけてきてる感じもします。このままじゃいけないよって。


富良野:モートンの言う通り、目的を持った文明が目的を持たない自然に働きかけ続けた結果が、今の危機なのかもしれません。自然を食い潰してしまった。


Phrona:でも、もし私たちが自分たちも自然の一部だって本当に理解できたら、自然を壊すことは自分を壊すことだって分かりますよね。


富良野:そうですね。支配する者とされる者という二元論から抜け出して、共生する者同士という関係に移っていく。それが人間中心主義を超える道なんでしょう。


Phrona:人間が特別じゃないって認めることで、かえって他の生き物たちとの豊かな関係が始まる。なんだか、とても希望的な話に聞こえてきました。


資本主義という「支配者ゲーム」


富良野:ただ、考えてみると、今の資本主義社会って本質的に「支配する側になるためのリソース占有率競争」として作られてませんか?


Phrona:ああ、なるほど。土地も、労働力も、自然資源も、すべて「所有」して「活用」する者が勝者になる仕組みですね。


富良野:そうなんです。そして勝者は敗者を支配する権利を得る。人間中心主義と資本主義の論理って、実は同じ根っこから生えてるんじゃないでしょうか。


Phrona:世界を主体と客体に分けて、客体は主体のために存在するって発想ですね。自然を「資源」と呼び、働く人を「人的資源」と呼ぶのも、同じ発想かも。


富良野:だから環境問題って、単に技術の問題じゃないんですよね。この支配の論理そのものが問題で、それを変えないと根本的な解決にはならない。


Phrona:でも、システムを変えるって、すごく大きな話ですよね。個人の意識を変えるだけじゃ限界があるし。


富良野:それはそうですが、希望もあると思うんです。現実の方が「このシステムもう無理だよ」って教えてくれてますから。無限成長を前提とした経済が、有限な地球では物理的に不可能だってことが明らかになってきてる。


Phrona:たしかに。モートンの議論で面白いのは、システム変革を「人間の特別さを手放す」という角度から考えてることですね。支配者になろうとする競争をやめて、共生を選ぶと。


富良野:所有より共有、成長より循環、競争より協力、支配より共生。こういう価値観への転換が、新しいシステムの土台になるのかもしれません。




ポイント整理


  • 人間中心主義の問題

    • 人間を生命の頂点とする考え方が、自然の支配と搾取を正当化してきた

  • 進化論の教える現実

    • 進化には目的がなく、遺伝子変異・共生・性的選択はすべて無目的な過程である

  • 目的論的思考の危険

    • 目的を持つ存在が目的を持たない存在に働きかけると、後者は消耗し尽くされる

  • 奴隷制と支配の連続性

    • 人間同士の支配関係と人間による自然支配は同じ構造を持つ

  • 生存のための脱中心化

    • 人間の特別視をやめることで、かえって持続可能な共生関係が可能になる

  • 希望としての「普通さ」

    • 人間が自然の一部に過ぎないという認識が、真の環境的知恵をもたらす

  • 資本主義と人間中心主義の共通構造

    • 世界を支配する主体と支配される客体に分割し、競争による序列化を正当化する

  • システムレベルの変革の必要性

    • 個人の意識変化だけでなく、所有・成長・競争を前提とする社会構造自体の転換が必要

  • 現実からの警告

    • 無限成長を前提とする経済システムが有限な地球で破綻しつつある現状

  • 新しい価値観への転換

    • 所有より共有、成長より循環、競争より協力、支配より共生という方向性



キーワード解説


人間中心主義(アントロポセントリズム)】

人間を宇宙の中心とし、他の存在を人間のために存在するとみなす思想


【目的論(テレオロジー)】

すべての事象には目的や方向性があるとする考え方


【非目的論的進化:

進化に予め決まった目標や方向性はなく、偶然と選択の積み重ねで進むという理解


【共生(シンビオシス)】

異なる種の生物が相互利益を得ながら共に生きる関係


【生態系思考】

人間も含むすべての生物を相互依存する系として捉える視点


【反人間主義】

人間の特権的地位を否定する思想(ただし人間の価値を否定するものではない)



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
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