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AIで会社を変える「現実的な方法」──投資ファンドが見つけた実践知

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Thomas H. Davenport, Randy Bean "Building AI Capabilities Into Portfolio Companies at Apollo"(MIT Sloan Management Review, 2025年6月17日)

  • 概要:投資ファンドのアポロが投資先企業でAI活用を成功させている具体的な方法論と事例を紹介した実践報告。



最近、どこを見ても「AI革命」「DX必須」といった言葉が踊っています。でも実際のところ、多くの企業が「AIを導入してみたけれど、思ったほどの効果が出ない」という状況に陥っているのではないでしょうか。そんな中、アメリカの大手投資ファンドであるアポロ・グローバル・マネジメントは、投資先企業にAIを浸透させることで、着実に価値を生み出しているといいます。


彼らのやり方は決して派手ではありません。むしろ地道で、現実的で、ビジネスの本質を見据えたアプローチです。富良野とPhronaの対話を通じて、「本当に使えるAI」とは何なのか、どうすれば組織に根付かせることができるのかを探ってみましょう。きっと、私たちが見落としていた「当たり前だけど大切なこと」が見えてくるはずです。




投資ファンドがAIに本腰を入れる理由


富良野:投資ファンドがAIにここまで力を入れるって、ちょっと意外じゃないですか? 普通、彼らは財務改善とか事業統合とかで価値を上げるイメージがあるんですけど。


Phrona:確かにそうですね。でも考えてみると、投資ファンドって「会社の価値を上げて売る」のが仕事だから、AIで本当に価値が上がるなら、絶対に取り組むはずですよね。むしろ彼らが動いているということは、AIが単なるブームじゃなくて、実際にお金になるってことの証拠かも。


富良野:なるほどですね。アポロの場合、5年前からデジタル変革に本格的に取り組み始めて、2021年にはAI専門のチームを作ったんですよ。元々AIスタートアップにいた人を引き抜いてきて、かなり戦略的に動いています。


Phrona:5年前って、ちょうどChatGPTが出る前の時期ですよね。生成AIブームに乗っかったわけじゃなくて、もっと地味で実用的なAIから始めたってことなのかな。


富良野:そうです、そこが面白いところで。彼らは「バリュープール」っていう概念を使ってるんです。要するに、デジタル技術で価値を生み出せる領域を特定して、その中でAIが最も重要な基盤技術だと位置づけたんですね。


Phrona:バリュープール...価値の源泉みたいな感じでしょうか。なんだかとても地に足のついた考え方ですね。AIありきじゃなくて、価値創造ありきでAIを捉えている。


買収前から始まるAI戦略


富良野:もっと驚くのは、彼らは会社を買収する前から、その業界全体でAIがどんな影響を与えているかを徹底的に調べるんです。投資する前から、5年後10年後のAIの影響まで見据えているんですよ。


Phrona:それって、すごく先見性がありますね。多くの会社は「とりあえずAIを導入してみよう」って感じだけど、アポロは「この業界でAIはどう働くか」から考えてる。投資家の視点だからこそできることかも。


富良野:そうなんですよ。で、実際に投資が決まったら、今度はその会社の具体的なプロジェクトや製品にAIがどう影響するかを、外部コンサルタントも使って詳細に調べる。そこまでやってから初めて、具体的なAI活用法を決めるんです。


Phrona:手順がすごく丁寧ですね。私たちがよく見る「AIツールを導入したけど使われない」っていう失敗って、こういう事前準備が足りないからなのかもしれません。


富良野:たぶんそうだと思います。アポロのやり方を見ていると、AIって技術の問題じゃなくて、経営戦略の問題なんですよね。


地味だけど確実な成果


Phrona:具体的な成果を見ると、意外と地味なものが多いんですね。教育出版のセンゲージでは、コンテンツ制作コストが40%削減とか、顧客サービスで15%のコスト削減とか。


富良野:そうなんです。でもこの「地味」っていうのが実は重要で。AIと聞くと、なんかすごく革新的なことを想像しがちですけど、実際に価値を生むのは、日常業務の効率化だったりするんですよね。


Phrona:ヤフーの例だと、エンジニアの生産性が20%向上して、1日に1万行以上のAI生成コードを採用しているって。これって、「AIがプログラマーの仕事を奪う」んじゃなくて、「プログラマーがより創造的な仕事に集中できる」って感じですよね。


富良野:まさにその通りです。バーンズ・グループっていう航空宇宙関連の会社では、技術文書をAIで整理・検索可能にしたことで、サービス技術者が本社に問い合わせなくても必要な情報をすぐに見つけられるようになった。これで投資回収率が5倍になったんですよ。


Phrona:5倍!でもよく考えると、これって「情報を探す時間」を短縮しただけですよね。すごく当たり前のことなのに、効果は絶大。


富良野:そうそう。化学品販売のユニバーソリューションズでは、休眠顧客をAIで分析して再アプローチしたら、30%の反応率を達成した。これも別に新しいビジネスモデルを作ったわけじゃないですからね。


Phrona:でも、こういう「当たり前のこと」を確実に実行するって、実は一番難しいことかもしれませんね。人間だと、どうしても感覚や経験に頼ってしまいがちだから。


プラットフォーム戦略の威力


富良野:面白いのは、アポロが自社のAIシステムを使って、投資先40社以上の購買契約や請求書を分析してることなんです。どの会社がどの商品を一番安く買えているかを把握して、ベストプラクティスを共有している。


Phrona:それって、規模の経済をAIで実現してるってことですね。1万5000件のソフトウェア購買契約を数分で分析して、65%のコスト削減を実現した事例もあるとか。


富良野:僕が驚くのは、これが単なるコスト削減じゃなくて、投資ファンドとしての競争力になってることなんですよ。次に投資する会社の事前評価でも、この自社ベンチマークが使えますから。


Phrona:なるほど。AIによって蓄積された知見が、また次の投資判断を良くしていく。好循環が生まれてますね。これって、AIの本当の価値って「データが溜まれば溜まるほど賢くなる」ところにあるってことなのかも。


富良野:そういうことだと思います。単発のツール導入じゃなくて、組織全体の学習能力を高めるインフラとしてAIを使ってるんです。


スタートアップとの連携


Phrona:アポロは25madisonっていうベンチャーキャピタルと組んで、AI特化のインキュベーターも立ち上げてるんですね。今11社のスタートアップが、サプライチェーンから評判管理まで幅広い分野でAIソリューションを開発してる。


富良野:これも賢いですよね。既存のAIツールを買ってくるだけじゃなくて、投資先企業のニーズに合わせた専用ツールを作らせてる。しかもそのツールは他の顧客にも売れるから、スタートアップとしても成り立つ。


Phrona:いわば「AI技術の内製化」を、外部との協働で実現してるわけですね。大企業が一から開発するより効率的だし、スタートアップにとってもリスクが低い。


富良野:うん。でも何より、実際のビジネス課題から生まれたAIツールだから、「作ったけど使われない」っていうリスクが少ないんだと思います。


現実的なAI活用の本質


Phrona:ここまで見てきて思うんですが、アポロの成功って「AIを特別視しない」ところにあるのかもしれませんね。あくまでビジネス価値を上げる手段の一つとして、冷静に使ってる。


富良野:そうなんです。記事の最後に「これらの事例は最もエキゾチックなAIの未来像ではないかもしれないが、AI価値創造が現実的であることを明確に示している」って書いてあるんですけど、まさにその通りだと思います。


Phrona:私たちって、AIと聞くとつい「革命的な何か」を期待してしまうけど、本当に価値があるのは日常業務の質を上げることなのかも。地味だけど確実で、積み重ねると大きな差になる。


富良野:投資ファンドの視点で見ると、AIはもはや実験的な技術じゃなくて、価値創造の基盤技術になってるってことだよね。彼らが本気で取り組んでるってことは、AIが「使える」段階に入ったってことの証拠だと思う。


Phrona:でも同時に、「正しく使えば」っていう前提がすごく重要ですよね。アポロのように戦略的に、段階的に、組織全体で取り組まないと、AIツールを導入するだけでは意味がない。


富良野:結局、AIの成功って技術の問題じゃなくて、経営の問題なんだなって改めて思うよ。どういう価値を作りたいか、そのためにどう組織を変えるか。その答えが明確になってから、AIを手段として使う。


Phrona:そういう意味では、アポロの事例は「AI活用法」というより「現代的な経営手法」として読める気がします。技術ありきじゃなくて、価値創造ありき。当たり前のことだけど、つい忘れがちなことですね。



ポイント整理


  • 投資前からの戦略的準備

    • アポロは投資検討段階から、対象企業の業界におけるAI影響を5年先まで見据えて分析する。技術導入ではなく投資戦略としてAIを位置づけている。

  • バリュープール概念の活用

    • デジタル技術で価値創造できる領域を特定し、AIを他の技術領域を支える基盤として捉える。AIありきではなく価値創造ありきのアプローチ。

  • 地道で確実な成果:

    • コンテンツ制作40%コスト削減、エンジニア生産性20%向上など、派手ではないが測定可能で持続的な改善を積み重ねている。

  • プラットフォーム戦略の威力

    • 投資先40社以上の購買データをAI分析し、ベストプラクティス共有とコスト最適化を実現。規模の経済をAIで実現している。

  • スタートアップとの戦略的連携

    • 専用インキュベーターで投資先企業のニーズに合わせたAIツールを開発。内製化を外部協働で効率的に実現している。

  • 組織全体の学習インフラ

    • 単発のツール導入ではなく、データ蓄積により継続的に改善される組織学習能力の基盤としてAIを活用している。



キーワード解説


バリュープール】

デジタル技術を活用して価値創造できる事業領域や機能の集合


【デューデリジェンス】

投資前に行う対象企業の詳細調査・分析プロセス


【ポートフォリオオペレーション】

投資ファンドが投資先企業の価値向上を支援する活動


【スケーラブルなユースケース】

他の企業や部門にも適用可能な再現性の高いAI活用事例


【プロプライエタリベンチマーク】

自社独自の比較基準・評価指標


【ジェネレーティブAI】

テキストやコードなどのコンテンツを生成する人工知能技術


【AIコパイロット】

人間の作業を支援する対話型AI助手システム


【エンタープライズソフトウェア】

企業向けの業務支援ソフトウェア



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
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