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市場の力で社会を根底から変える?──『ラディカル・マーケット』が描く未来

 シリーズ: 書架逍遥


◆今回の書籍:Eric A. Posner, E. Glen Weyl 『Radical Markets: Uprooting Capitalism and Democracy for a Just Society』 (2018年)

  • 邦題:『ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀』



「私有財産って、実は独占なんじゃないか?」「一人一票って、本当に民主的なの?」


こんな問いを投げかけられたら、どう答えますか。当たり前だと思っていた社会の仕組みを根本から問い直す一冊が、経済学界で大きな波紋を広げています。『ラディカル・マーケット』――その名の通り、市場メカニズムを徹底的に活用することで、格差も政治的対立も解決しようという大胆な提案です。


今回は、富良野とPhronaがこの野心的な本について語り合います。技術的な効率性と人間的な納得感のはざまで、私たちはどんな社会を選ぶべきなのか。二人の対話から、未来への手がかりが見えてくるかもしれません。




私有財産は独占である?


Phrona:「私有財産は独占だ」っていう主張には最初は驚かされましたけど、ある意味的を射てますよね。たとえば、駅前の一等地を持ってる人が、もっと有効に使いたい人がいても売らない。これって確かに独占的ですよね。


富良野::理屈はわかるんです。でも、著者たちの解決策がすごい。「共同所有自己申告税」、COSTっていうんですが、要は自分の財産に値段をつけて、その値段で買いたい人がいたら必ず売らなきゃいけない。


Phrona:え、それって……自分の家に住んでても、誰かが「その値段で買います」って言ったら出ていかなきゃいけないんですか?


富良野:そうなんです。だから高い値段をつけたくなるでしょ? でも値段を高くすると、その分税金も高くなる。年率7%くらいを想定してるらしいです。


Phrona:うーん、経済的には効率的かもしれないけど……。朝起きたら「あなたの家、買いました」なんて言われたら、私なら泣いちゃう。思い出とか、愛着とか、そういうのはどこに行っちゃうんでしょう。


富良野:僕もそこは引っかかるんですよ。ただ、著者たちの言い分も一理あって。今の制度だと、土地を持ってる人と持ってない人の格差がどんどん広がる。COSTなら、その税収を全員に分配できる。


Phrona:なるほど、みんなで土地の価値を分け合うってことですね。でも富良野さん、これって人間を「常に計算する存在」として見てませんか? 毎日自分の持ち物の値段を考えて生きるなんて、疲れちゃいそう。


投票に値段をつける民主主義


富良野:実は投票制度についても、かなり過激な提案をしてるんです。「クアドラティック・ボーティング」、QVっていうんですけど。


Phrona:投票にポイントを使うんですよね。1票なら1ポイント、2票入れたいなら4ポイント、3票なら9ポイント。つまり票数の二乗のポイントが必要になる。面白い仕組みだと思うけど、なんで二乗なんですか? 三乗じゃダメなの?


富良野:そこなんですよね。理論的には「限界費用が投票数に対して線形になって社会的に最適」らしいんですが、正直、一般の人にはピンとこない。


Phrona:私、思うんですけど、一人一票って単なるルールじゃないんですよね。「みんな平等」っていう、民主主義の魂みたいなもの。それを「効率的じゃないから変えましょう」って言われても……。


富良野:確かに。普通選挙権を獲得するまでの歴史を考えると、「一人一票」には重い意味がある。


Phrona:それに、投票をゲームみたいにしちゃうのも、なんか違和感あります。民主主義って、勝ち負けじゃなくて、みんなで一緒に決めるっていう儀式でもあるじゃないですか。


富良野:ただ、現状の問題もあるんですよ。たとえば、原発の近くに住む少数の人たちの切実な声が、遠くに住む多数派に押しつぶされる。QVなら、本当に困ってる人が強い意思表示ができる。


Phrona:うーん、それはそうかも。でも、複雑すぎて参加できない人も出てきそう。おじいちゃんおばあちゃんに「二乗のポイントで投票してください」なんて言えます?


移民とデータ労働の新しい形


富良野:移民についても斬新な提案があって、「個人間ビザ・スポンサーシップ」。一般市民が移民のスポンサーになって、給料の一部をもらう代わりに、健康保険とか面倒を見る。


Phrona:へえ、それは面白い。今って大企業が移民を雇って、一般の人は仕事を奪われるだけって感じるから反発があるんですよね。


富良野:そう、だから利益を分配しようと。でも、これも人身売買みたいにならないか心配で。


Phrona:確かに……。でも、今の制度だって問題だらけですもんね。技能実習生の話とか聞くと。


富良野:あと、データを労働として認めるべきだという話も。FacebookとかGoogleに無料でデータあげてるけど、本当は対価をもらうべきだって。


Phrona:それは賛成! 私たちの日常の行動が、巨大企業の利益になってるのに、何ももらえないのは変ですよね。


富良野:データ労働組合を作って、団体交渉するらしいです。「データ・ストライキ」とか。


Phrona:なんか、19世紀の労働運動みたい。歴史は繰り返すんですね。でも富良野さん、こういう制度って、すべてを取引可能にしちゃいませんか? 人間関係とか、信頼とか、お金で買えないものまで市場化されそうで。


理想と現実のはざまで


富良野:Phronaさんの懸念、すごくわかります。著者たちは「市場の力を解放すれば公正な社会になる」って言うけど、市場って万能じゃない。


Phrona:そうなんです。市場って、計算できるものは得意だけど、計算できないものは苦手。愛情とか、思い出とか、コミュニティの絆とか。


富良野:ただ、現状への批判は鋭いんですよ。格差は広がる一方だし、民主主義も機能不全。何か変えなきゃいけないのは確か。


Phrona:そうですね。でも変え方が問題。すべてを市場で解決しようとすると、かえって大事なものを失いそう。


富良野:ブロックチェーンのコミュニティでは、実際に実験してるらしいです。ヴィタリック・ブテリンも支持してて。


Phrona:へえ、技術者には受けがいいんですね。確かに、プログラムで実装しやすそう。でも、社会って、プログラムじゃないから。


富良野:結局、効率性と人間らしさのバランスなんでしょうね。完璧な制度なんてないし。


Phrona:私、思うんです。制度を変えるのも大事だけど、その前に「どんな社会に住みたいか」をみんなで話し合うことが必要なんじゃないかって。


富良野:確かに。この本の提案を全部採用する必要はないけど、議論のきっかけにはなる。


Phrona:そうそう。「当たり前」を疑うって大事ですよね。私有財産も、一人一票も、絶対じゃない。でも、だからって全部市場に任せるのも違う気がして。


富良野:難しいですね。でも、こうやって話してると、少しずつ見えてくるものがある気がします。



ポイント整理


  • 私有財産制度は独占的な性質を持ち、資源の効率的配分を妨げている可能性がある

  • 共同所有自己申告税(COST)は、所有者に適正価格の申告を促し、資産の流動性を高める仕組み

  • クアドラティック・ボーディング(QV)は、選好の強さを反映できるが、複雑性により参加の障壁が高くなる懸念がある

  • 移民受け入れの利益を一般市民に分配する仕組みは、反移民感情の緩和につながる可能性がある

  • データを労働として認識し、適切な対価を支払う仕組みは、プラットフォーム企業と個人の力関係を変える

  • 市場メカニズムの徹底は効率性をもたらすが、人間的な価値や社会的な絆を損なうリスクもある

  • ブロックチェーン技術により、これらの提案の一部は実験的に実装されている



キーワード解説


【ラディカル・マーケット】

市場原理を徹底して社会問題を解決しようとする考え方


【COST(共同所有自己申告税)】

資産の自己評価額に基づく課税と強制売却の仕組み


【クアドラティック・ボーディング(QV)】

投票数の二乗に比例したコストで選好の強さを表現する投票方式


【VIP(個人間ビザ・スポンサーシップ)】

市民が移民のスポンサーとなる制度


【データ労働】

個人のデータ提供を労働として認識し対価を支払う概念


【停滞不平等(stagnequality)】

経済成長の停滞と格差拡大が同時に起こる現象



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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