生命から学ぶ、もうひとつの組織論──アリ、シロアリ、菌糸が教える無限の豊かさへの道
- Seo Seungchul
- 4 日前
- 読了時間: 11分

シリーズ: 書架逍遥
◆今回の書籍:Tamsin Woolley-Barker 『Teeming: How Superorganisms Work Together to Build Infinite Wealth on a Finite Planet (and your company can too)』 (2017年)
企業の会議室で、誰もがこんな疑問を抱いたことはないでしょうか。なぜ、これほど多くの管理職や複雑なルールが必要なのか。なぜ、組織が大きくなるほど動きが鈍くなるのか。実は、地球上には何億年もの間、管理職もKPIも持たずに、数千万もの個体が一つの生命体のように機能している組織があります。アリ、シロアリ、地下に広がる菌糸のネットワーク。これらの「超有機体」と呼ばれる生物たちは、私たちが苦労している問題をすでに解決しているのです。
進化生物学者のタムシン・ウーリー=バーカー博士は、これらの生物が持つ驚異的な協働システムを研究し、現代の組織に応用する方法を探求しました。階層構造の限界、持続可能性への道、そして有限の地球で無限の価値を生み出す秘密。今回は、富良野とPhronaが、この少し変わった視点について語り合います。自然界の知恵は、人新世を生きる私たちに何を教えてくれるのでしょうか。
超有機体って、そもそも何だろう?
富良野:アリやシロアリは何億年も前から、僕たちが今苦労している組織の問題を解決していたのかもしれませんね。
Phrona:ええ、私も同じような驚きを感じましたよ。でも富良野さん、超有機体っていう言葉自体、なんだか不思議な響きですよね。一つの生き物なのか、たくさんの生き物なのか、境界が曖昧というか。
富良野:確かに。著者によれば、超有機体は遺伝的に異なる個体が、まるで一つの生物のように協働するシステムなんです。面白いのは、アリの一匹一匹は単純な行動しかできないのに、コロニー全体では信じられないほど複雑な問題を解決できるということ。
Phrona:人間の細胞みたいですね。皮膚細胞一つでは何もできないけど、全体として私という存在を作っている。でも、アリは個体として独立してもいるわけで、そこが不思議なんですよね。
富良野:そう、まさにそこがポイントで。彼らには管理職もいないし、年次計画もない。でも何千万という個体が、まるでジャズの即興演奏みたいに調和して動く。
Phrona:ジャズの喩え、いいですね。でも待って、それって本当に組織として成り立つんでしょうか。人間社会だと、誰かが指揮を取らないと混乱しそうな気がしますけど。
富良野:僕も最初はそう思いました。でも考えてみると、インターネットも似たような構造ですよね。中央管理者はいないけど、世界中で機能している。
Phrona:ああ、なるほど。でもインターネットにはプロトコルという共通ルールがありますよね。超有機体にも、そういう見えないルールがあるということ?
富良野:まさに。著者は6つの要素を挙げています。共有された目的、信頼のメカニズム、公平性、多様性、透明な情報の流れ、そして寄生者への対処。これらが自然に組み込まれているんです。
集合知は、なぜ人間だとうまくいかないのか
Phrona:でも富良野さん、ちょっと皮肉な話があるんです。研究によると、アリのグループは個々のアリよりパズルを解くのが得意なのに、人間のグループは必ずしもそうじゃないって。
富良野:ああ、その実験の話ですね。特にコミュニケーションが制限された場合、人間は個人で考えるより悪い結果を出すことがある。
Phrona:そう。みんな早くコンセンサスを作ろうとして、じっくり考えないんですって。私たち、賢いはずなのに、なんでアリに負けちゃうんでしょう(笑)。
富良野:たぶん、僕たちは中途半端に賢すぎるんですよ。他人の目を気にしたり、政治的な配慮をしたり。アリは純粋に、その瞬間のローカルな情報だけで判断する。
Phrona:ローカルな情報だけで判断...それって、ある意味で究極の今ここなんですね。禅の教えみたい。
富良野:面白い視点ですね。でも組織論として考えると、各自が独立して判断しながら、全体として調和するというのは、まさに理想形かもしれません。
Phrona:でも人間社会では、独立した判断って難しくないですか? 上司の顔色をうかがったり、前例を気にしたり。
富良野:そこなんです。だから著者は、組織の構造自体を変える必要があると言っている。情報の透明性を高めて、個人が自律的に判断できる環境を作る。
Phrona:透明性かあ。でも、すべてを透明にすると、逆に情報過多で判断できなくなりそう。アリは単純だから大丈夫だけど、人間は複雑すぎて。
富良野:確かに。でも、必要な情報だけを必要な人に届ける仕組みも、実は自然界にはあるんです。フェロモンの濃度で情報の重要度を伝えるとか。
リーダーシップは踊るもの?
Phrona:本の中で一番心に残ったのは、リーダーシップが振動するっていう表現でした。メンバーが中心と周辺を行き来する。
富良野:群れの創造性の話ですね。固定的なリーダーがいるより、状況に応じてリーダーが入れ替わる方が、創造的な成果が出るという。
Phrona:なんか、私たちの会話もそうかも。話の主導権が自然に移っていく感じ。
富良野:ほんとだ(笑)。でも企業だと、役職や権限が固定されていて、なかなかこういう流動性は生まれにくいですよね。
Phrona:日本の企業は特にそうかもしれません。でも最近、プロジェクトベースで動く会社も増えてきていますよね。
富良野:ええ。ただ、本当の意味での分散型リーダーシップは、プロジェクトリーダーを決めることとは違うんです。もっと有機的に、その瞬間瞬間で最適な人が自然にリードを取る。
Phrona:うーん、理想的だけど、責任の所在が曖昧になりませんか? 何か問題が起きたとき、誰が責任を取るのか。
富良野:そこは発想の転換が必要かもしれません。個人の責任追及より、システム全体の改善に焦点を当てる。航空業界の事故調査みたいに。
Phrona:ああ、犯人探しじゃなくて、原因分析と再発防止ですね。でも、それって相当な信頼関係がないと難しそう。
信頼という見えない糸
富良野:信頼の話が出ましたが、これも超有機体の重要な要素です。ハダカデバネズミからゾウまで、様々な生物が独自の信頼構築メカニズムを持っている。
Phrona:あの不思議な見た目の生き物ですよね。地下で集団生活していて、がんにならないという。
富良野:そう。彼らの社会は極めて協力的で、個体間の信頼が非常に強い。面白いのは、その信頼が血縁関係だけじゃなく、共に過ごす時間や経験から生まれること。
Phrona:人間社会でも同じですよね。一緒に苦労を共にした仲間との絆は強い。でも現代は、人の入れ替わりが激しくて、そういう信頼を築く時間がない。
富良野:だからこそ、信頼を早く構築する仕組みが必要なんでしょうね。透明性、公平性、正直さ。これらを組織文化に埋め込む。
Phrona:でも富良野さん、信頼って計算できるものじゃないですよね。なんというか、もっと感覚的で、湧き上がってくるもの。
富良野:確かに。でも、信頼が生まれやすい環境は作れる。例えば、失敗を許容する文化とか、お互いの貢献を認め合う仕組みとか。
Phrona:それ、日本の組織には特に必要かもしれませんね。完璧主義が強すぎて、挑戦を恐れる傾向がある。
富良野:超有機体では、失敗も学習の一部として自然に組み込まれています。うまくいかなかった経路にはフェロモンが残らないだけ。責められることはない。
再生する価値、循環する豊かさ
Phrona:本の中で最も野心的な概念が、再生的価値ですよね。単に持続可能なだけじゃなく、システムが自己修復し、周囲を豊かにしていく。
富良野:シロアリの巣の例が印象的でした。外気温が42度から3度まで変動しても、巣の中は1度以内の変動に抑える。しかもエネルギーを使わずに。
Phrona:自然の力を利用して環境を調整する。エアコンをガンガン使う私たちとは大違い(笑)。でも、これを人間社会に応用するって、具体的にはどういうことでしょう?
富良野:例えば、企業が価値を抽出するだけじゃなく、創造し循環させる。ある部門の廃棄物が別の部門の資源になるような。
Phrona:産業エコロジーの考え方ですね。でも、それって効率重視の資本主義とは相性が悪そう。短期的な利益を犠牲にする必要があるかも。
富良野:そこが難しいところです。でも長期的に見れば、再生的なシステムの方が結局は豊かになる。森林だって、落ち葉が土に還って、また新しい命を育む。
Phrona:循環かあ。私、最近思うんです。直線的な成長モデルって、もう限界なんじゃないかって。
富良野:同感です。有限の地球で無限の成長は不可能。でも、価値の質を変えることで、別の種類の豊かさは作れるかもしれない。
Phrona:物質的な豊かさから、関係性の豊かさへ、とか?
富良野:まさに。超有機体が教えてくれるのは、個体の利益より全体の健全性を優先することで、結果的に個体も豊かになるということ。
人新世における適応と進化
Phrona:でも富良野さん、ここまで話してきて思うんですけど、超有機体のモデルをそのまま人間社会に当てはめるのは、ちょっと単純すぎませんか?
富良野:どういう意味ですか?
Phrona:だって、私たちが直面している課題は、アリやシロアリが経験したことのない規模とスピードです。気候変動、AI、グローバル経済。これらは自然界にはなかった。
富良野:確かにそうですね。著者も認めているように、これは盲目的な模倣じゃなく、創造的な適用が必要です。
Phrona:そう、創造的な適用。でも、何を残して何を変えるのか。その判断が難しい。
富良野:僕は、原理は残しつつ、実装方法を現代に合わせることが大事だと思います。例えば、分散型の意思決定という原理は保ちつつ、AIやブロックチェーンを使って実現する。
Phrona:テクノロジーと生物学的知恵の融合...なんか、サイボーグみたいですね(笑)。でも、テクノロジーに頼りすぎると、逆に脆弱になりそう。
富良野:バランスが大事でしょうね。システムの冗長性とか、フェイルセーフとか。自然界もそうやって頑健性を保っている。
Phrona:そういえば、免疫システムの話も出てきましたよね。平時は分散的に監視して、危機には集中的に対応する。
富良野:まさに適応的な多層構造です。状況に応じて、集中と分散を使い分ける。
私たちはどこへ向かうのか
Phrona:話していて思ったんですけど、この本が本当に伝えたいのは、組織論を超えた何かかもしれませんね。
富良野:というと?
Phrona:生命とは何か、協力とは何か、そして私たちはどう生きるべきか。そういう根本的な問いかけ。
富良野:深いですね。確かに、効率や生産性だけの話じゃない。もっと大きな、存在の仕方についての提案かもしれません。
Phrona:38億年の進化が教えてくれることは、競争より協力の方が長続きするということ。個体の利益より、全体の健全性の方が大事だということ。
富良野:でも人間は、個人の自由や権利も大切にしたい。そのバランスをどう取るか。
Phrona:そこが面白いところで、超有機体も実は個体の多様性を大切にしているんです。画一化じゃなく、多様性の中から創発が生まれる。
富良野:多様性と統一性の両立。簡単じゃないけど、不可能でもない。
Phrona:きっと、答えは一つじゃないんでしょうね。アリにはアリの、人間には人間の道がある。でも、学べることは確実にある。
富良野:ええ。少なくとも、今までのやり方に固執する必要はない。もっと生命的で、もっと創造的な組織のあり方があるはずです。
ポイント整理
超有機体とは
遺伝的に異なる個体が一つの生命体のように協働するシステム。アリ、シロアリ、菌糸ネットワークなどが代表例。管理者なしに何千万もの個体が調和して機能する。
集合知の条件
個体が局所的な情報に基づいて独立した判断を下しながら、全体として高度な問題解決を実現。人間の場合、早急なコンセンサス形成が集合知を阻害することがある。
群れの創造性
固定的なリーダーシップより、状況に応じてリーダーが入れ替わる「振動するリーダーシップ」の方が創造的成果を生む。情報の送受信量の変動、迅速な応答、ポジティブな言語使用が鍵。
分散型リーダーシップ
中央集権的な管理なしに、各個体が最善と思うことを実行。共有された目的と信頼のメカニズムによって全体が調整される。
信頼の要素
透明性、公平性、正直さ、許し、傾聴。これらが組織文化に埋め込まれることで、協力的な関係が生まれる。
再生的価値
単なる持続可能性を超えて、システムが自己を修復し、周囲の環境を豊かにする能力。価値を抽出するのではなく、創造し循環させる。
人新世への適応
生物学的知恵とテクノロジーを融合させ、状況に応じて集中と分散を使い分ける適応的で多層的な組織構造の必要性。
キーワード解説
【超有機体(スーパーオーガニズム)】
個体が集まって一つの生命体のように機能する生物システム
【創発】
個々の要素の単純な相互作用から、予測できない複雑な性質や行動が生まれること
【スティグマージー】
環境を通じた間接的な調整メカニズム
【フェロモン】
化学物質による情報伝達手段
【集合知】
個体の知能を超えた、集団としての問題解決能力
【分散型リーダーシップ】
権限が固定されず、状況に応じて流動的に変化する指導体制
【再生的価値】
消費するだけでなく、システムを豊かにしていく価値創造
【バイオミミクリー】
自然界の形態、プロセス、生態系に学ぶ技術革新
【人新世】
人類の活動が地球環境に大きな影響を与える現在の地質時代
【適応的ガバナンス】
状況に応じて統治構造を柔軟に変化させる管理手法