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51番目の星になれない島――プエルトリコが突きつける「アメリカとは何か」という問い

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Amit Joshi, "Puerto Rico and Why It Is Part of the USA but Not a State" (USA Heaven, 2025年12月17日)

  • 概要:プエルトリコの法的地位、歴史的経緯、市民権と政治的権利の不均衡、州昇格をめぐる議論、経済問題、文化的アイデンティティ、将来の選択肢について包括的に解説した記事



アメリカ合衆国には、320万人もの「市民」が暮らしているのに、大統領選挙で投票できない場所があります。カリブ海に浮かぶプエルトリコです。1898年にスペインから割譲されて以来、この島は125年以上にわたって奇妙な宙吊り状態に置かれてきました。住民は米国市民権を持ち、米軍に従軍する義務もあるのに、連邦議会での投票権はなく、福祉制度でも本土の州より不利な扱いを受けています。


近年、住民投票では繰り返し州昇格への支持が示されてきました。それでも連邦議会は動きません。「民主主義の国」を自認するアメリカが、なぜ自国領土の民意を実現できないのか。そこには、党派政治の計算、文化的アイデンティティの葛藤、そして「アメリカとは何か」という根本的な問いが絡み合っています。


今回は富良野とPhronaが、この複雑な問題を解きほぐしていきます。法的な枠組みから文化的な葛藤、カリブ海地域への影響まで、多角的に考えてみましょう。




「アメリカ領なのにアメリカじゃない」という奇妙な地位


富良野:プエルトリコの話って、日本ではあまり馴染みがないかもしれないけど、アメリカの民主主義を考える上ですごく興味深いんですよね。320万人が住んでいて、これは20の州より人口が多い。それなのに、彼らは大統領選挙で投票できない。


Phrona:住んでいる場所によって、同じ国の市民なのに権利が違うということですよね。それって、どういう歴史的経緯でそうなったんですか。


富良野:始まりは1898年、米西戦争です。アメリカがスペインに勝って、パリ条約でプエルトリコを獲得した。それまで約400年間スペイン領だった島が、戦争の結果としてアメリカのものになったわけです。


Phrona:戦争で「獲得」というと、なんだか植民地という言葉が浮かびますね。


富良野:まさにその点が議論になるんです。法的には「未編入領域」という分類で、1901年の最高裁判決では「国内において外国」と定義された。アメリカに「属する」けれど、アメリカの「一部ではない」という、かなり奇妙な位置づけです。


Phrona:属するけど一部じゃない。言葉として矛盾しているように聞こえますね。


富良野:そうなんです。この曖昧さが125年間ずっと続いている。1917年には住民に米国市民権が与えられたけど、本土の州と同等の権利が付いてきたわけじゃなかった。1952年には「コモンウェルス」、日本語だと「自治連邦区」と訳されることが多いですが、その地位になって内政の自治権は認められた。でも主権は依然として連邦議会にある。


Phrona:自治はあるけど主権はない、というのも不思議な状態ですね。自分たちで決められることと決められないことの境界が、誰かに握られているというか。


富良野:その「誰か」が連邦議会なんですよね。実際、2016年にはプエルトリコが財政危機に陥ったとき、連邦議会が財政管理監督委員会を設置して、地方政府の財政に直接介入した。自治があるといっても、いざとなれば上から手を突っ込まれる構造になっている。


Phrona:それを「植民地」と呼ぶかどうかは別として、対等な関係ではないことは確かですね。



市民なのに投票できない――権利と義務のねじれ


富良野:プエルトリコ住民の権利と義務を整理すると、ねじれがよく見えてきます。彼らは米国市民だから、本土への移動は完全に自由。パスポートも要らない。軍にも従軍できるし、実際に第一次大戦以降、すべての主要な戦争でプエルトリコ人は米軍として戦ってきた。


Phrona:国のために戦う義務は果たしているのに、その国のリーダーを選ぶ権利がないというのは、かなり重たい話ですね。


富良野:そうなんです。社会保障やメディケアの一部は受けられる。でも、メディケイドのような低所得者向け医療保険や生活保護は、本土の州より上限が低く設定されている。2022年の最高裁判決でも、この差別的な扱いは合憲だと認められてしまった。


Phrona:最高裁がお墨付きを与えてしまったんですか。


富良野:ええ、United States v. Vaello-Maderoという判決です。連邦議会は領土を州と異なる扱いにできる、という判断でした。これは憲法の領土条項に基づいていて、法的には筋が通っているとも言える。でも、民主主義の原則からすると「本当にそれでいいのか」という疑問は残りますよね。


Phrona:一方で、連邦所得税は免除されているんですよね。それが「優遇」だという見方もあるのかしら。


富良野:そこが複雑なところで。確かに島内収入に対する連邦所得税は課されない。でも給与税は払っている。そして地方税は本土の多くの州より高い。だから「税金払ってないんだから文句言うな」という単純な話ではないんです。


Phrona:しかも、アメリカ独立戦争のスローガンは「代表なき課税への反対」でしたよね。それを考えると、なんとも皮肉な状況です。


富良野:まさに。ボストン茶会事件のときにアメリカ人が怒った理由と、今プエルトリコ人が置かれている状況は、構造的にはかなり似ているんですよ。税金の形は違えど、連邦法の下に置かれて、連邦政府の決定に従わなければならないのに、その決定に参加できない。


Phrona:歴史って、皮肉な形で繰り返すものなんですね。



繰り返される住民投票、動かない議会


富良野:プエルトリコでは、島の将来の地位を問う住民投票が何度も行われてきました。1967年から数えて、6回以上。そして近年は州昇格支持が増加傾向にある。


Phrona:何度も投票しているのに、なぜ変わらないんですか。


富良野:いくつか理由があります。まず、これらの住民投票には法的拘束力がない。島民が「州になりたい」と言っても、それを実現するには連邦議会の承認が必要なんです。プエルトリコ側には決定権がない。


Phrona:じゃあ、いくら「民意」を示しても、議会が動かなければ何も変わらない。


富良野:その通りです。2017年の住民投票では97%が州昇格に賛成したんですが、投票率が23%だった。主要野党がボイコットしたためです。だから「本当の民意か」という疑問符がついてしまった。


Phrona:ボイコットする側にも理由があるわけですよね。


富良野:ええ。現状維持派や独立派からすれば、選択肢の設定自体が州昇格派に有利だと感じることもある。投票の設計によって結果が左右されるという問題がある。2020年の住民投票では、シンプルに「州に昇格すべきか」という単一の質問で、賛成52.5%、反対47.5%という僅差になりました。


Phrona:僅差ということは、島内でも意見が割れているんですね。


富良野:そうなんです。そして2024年には58.6%が州昇格支持という結果が出た。過半数ではあるけど、圧倒的多数とは言えない。この数字をどう解釈するかも、立場によって違ってくる。


Phrona:「民意」って、一枚岩じゃないんですね。投票という形で数字が出ても、その背後にある人々の思いや迷いは、もっと複雑なのかもしれない。


富良野:住民投票という仕組み自体の限界も見えてきますよね。複雑な問題を「イエスかノーか」で問うことの難しさというか。



州昇格をめぐる賛否の論点


Phrona:州昇格に賛成する人たちは、どんなことを言っているんですか。


富良野:大きく分けて三つあります。一つ目は政治的平等。上院議員2名と、人口規模から推計して下院議員3〜5名が選出されるようになる。大統領選挙にも参加できる。同じ市民なのに政治参加できないという状況が解消される。


Phrona:それは民主主義の基本ですよね。


富良野:二つ目は経済面。州になれば連邦政府から平等な財政支援を受けられる。メディケイドなどの福祉も本土並みになる。投資家の信認も高まって、経済再建の追い風になるという期待がある。


Phrona:三つ目は?


富良野:現状の「植民地的」な地位からの脱却という象徴的な意味ですね。125年間の曖昧な状態に終止符を打つ。


Phrona:反対派はどうですか。


富良野:まず税金の問題。州になると連邦所得税が課されるようになる。今は免除されているから、実質的な負担増になる可能性がある。企業や富裕層が流出するんじゃないかという懸念もある。


Phrona:経済的なメリットとデメリット、両方あるということですね。


富良野:それから、文化とアイデンティティの問題がとても大きい。プエルトリコはスペイン語が主要言語で、ラテン系の文化を色濃く持っている。州になったら、英語への同化圧力がかかるんじゃないか。独自のオリンピック代表チームも失うことになる。


Phrona:オリンピックで自分たちの旗を掲げられなくなるというのは、感情的にはかなり大きいでしょうね。数字では測れない種類の喪失というか。


富良野:州昇格派は「ハワイやニューメキシコだって独自文化を保っている」と反論するんですが、反対派からすれば「本当にそうなる保証があるのか」と。


Phrona:独立派の存在も忘れてはいけませんよね。


富良野:ええ。独立派は「真の脱植民地化は独立しかない」と主張します。州昇格は「宗主国への吸収」に過ぎないと。国連の脱植民地化委員会でも、プエルトリコの独立権を支持する決議が毎年のように採択されている。ただ、島内では独立派は少数派なんです。


Phrona:選択肢が三つあって、どれも一長一短があるんですね。とは言え、プエルトリコ側で州昇格支持が増えているのに、連邦議会が動かないのはなぜですか。



なぜ議会は動かないのか――本土側の政治力学


Phrona:プエルトリコ側で州昇格支持が増えているのに、連邦議会が動かないのはなぜですか。


富良野:ここからは本土側の政治力学の話になります。端的に言うと、党派的な計算が大きい。


Phrona:民主党と共和党で立場が違う?


富良野:かなり違います。世論調査では、民主党支持層の約8割がプエルトリコ州昇格を支持しているのに対し、共和党支持層では3割台。この差は歴然としています。


Phrona:なぜそこまで差が出るんでしょう。


富良野:一つは、プエルトリコが州になった場合、どの政党に投票するかという予測です。プエルトリコはラテン系住民が多く、歴史的に民主党寄りと見られている。つまり、州になれば民主党に有利な上院2議席、下院数議席が増えるという計算が働く。


Phrona:議席の勢力図が変わるから、反対するということですか。それって、民主主義の原則より党派利益を優先しているように聞こえますね。


富良野:まさにその批判はあります。ただ、共和党側は別の理由も挙げます。文化的・言語的に異質な州を追加することへの懸念とか、連邦政府の権限拡大への警戒とか。もっとも、共和党内でもマルコ・ルビオ上院議員のように州昇格を支持する人もいる。一枚岩ではない。


Phrona:法案は出ているんですか。


富良野:2022年に「プエルトリコ地位法」という法案が下院を可決しました。これは州昇格、独立、自由連合という三択で拘束力のある住民投票を実施し、その結果を連邦政府が履行するという内容だった。


Phrona:下院は通ったのに、上院で止まった?


富良野:そうです。当時、上院は共和党が多数派で、審議されないまま廃案になりました。その後も似た法案が提出されていますが、成立の見通しは立っていない。


Phrona:「自己決定権を尊重する」と言いながら、実際には決定させない構造になっているわけですね。


富良野:民主党は「プエルトリコの民意を尊重する」と言い、共和党は「住民が望むなら反対しない」と言う。でも、実際に法案を通すかというと、そこで止まる。言葉と行動の間にギャップがある。



カリブ海から見たプエルトリコ


Phrona:プエルトリコの話って、アメリカ国内の問題として語られることが多いですけど、カリブ海の他の国々からはどう見えているんでしょう。


富良野:そこは重要な視点ですね。たとえばドミニカ共和国は、プエルトリコのすぐ西隣にあって、歴史的にも深い関係がある。両方とも元スペイン植民地で、20世紀にはアメリカの影響圏に入った。ドミニカ共和国は主権国家になり、プエルトリコは米領のまま残った。


Phrona:同じ出発点から、違う道を歩んだ兄弟みたいな関係ですね。


富良野:そうなんです。そして現在、ドミニカ共和国からプエルトリコへの移民が多い。プエルトリコは米国領だから、そこで働けば米国経済圏に入れる。建設や農業、家事労働などの分野で、ドミニカ人労働者が重要な役割を果たしています。


Phrona:もしプエルトリコが州になったら、その関係も変わりますか。


富良野:可能性はあります。州になると、移民管理がより厳格化されるかもしれない。今でもプエルトリコへの入国ルールは本土と同じなんですが、地理的に近いぶん、海上ルートでの不法入国が起きやすかった。州になれば、そのあたりの取り締まりが強化される可能性がある。


Phrona:ドミニカ共和国側からすると、隣人との関係が変質するかもしれないということですね。


富良野:もっと広く見ると、国連の脱植民地化委員会では、毎年のようにプエルトリコの自決権と独立権を支持する決議が採択されています。キューバやベネズエラなどは、プエルトリコを「最後の植民地問題」として扱ってきた。


Phrona:ラテンアメリカ諸国から見ると、プエルトリコの独立はある種の象徴なんですね。


富良野:ええ。だから、もしプエルトリコが州昇格を選んだ場合、それは「植民地問題の解決」とも言えるし、「米国による吸収の完成」とも言える。見方によって全然違う。


Phrona:そしてもう一つ、もし州になったら、アメリカ史上初めてスペイン語が主要言語の州が誕生することになりますよね。


富良野:それは象徴的に大きい。アメリカが名実ともに多文化・多言語国家になるということ。ラテンアメリカとの架け橋になるという見方もあれば、「アメリカらしさ」が変質するという警戒もある。


Phrona:「アメリカとは何か」という問いが、プエルトリコ問題を通じて浮かび上がってきますね。



アメリカとは何か――開かれた問いとして


富良野:ここまで話してきて、僕が思うのは、プエルトリコ問題は「解決すべきパズル」というより、アメリカという国の自己認識を問う鏡みたいなものだということです。


Phrona:鏡、ですか。


富良野:民主主義を掲げる国が、なぜ320万人の市民に完全な参政権を与えないのか。自己決定権を尊重すると言いながら、なぜ決定を引き延ばし続けるのか。これらの問いに向き合うことは、アメリカ自身のアイデンティティを問い直すことになる。


Phrona:プエルトリコの人たちにとっては、もっと切実な問題でしょうけどね。抽象的な問いじゃなくて、日々の生活や、医療や、災害対応に直結する。


富良野:その通りです。2017年のハリケーン・マリアの後、連邦政府の対応が本土の災害より遅れたという批判がありました。投票権がない人々の声は、どうしても政治的に軽く扱われがちになる。


Phrona:アイデンティティと平等、両方を手に入れることはできるんでしょうか。州になっても文化は守れるという人もいれば、同化の圧力は避けられないという人もいる。


富良野:正直なところ、わからないですよね。ハワイやニューメキシコの例を見れば希望もあるけど、プエルトリコとは歴史も規模も違う。未来を予測することは難しい。


Phrona:だからこそ、決められないのかもしれませんね。プエルトリコの人々自身も、本土の政治家も。どの選択にもリスクがあって、何かを得れば何かを失う可能性がある。


富良野:でも、決めないという選択にもコストがある。125年間の宙吊り状態が、誰にとって有利で、誰にとって不利なのか。それを考えると、現状維持も一つの選択であって、中立ではないんですよね。


Phrona:プエルトリコの人々がどんな未来を選ぶにせよ、それが本当に彼ら自身の選択であるように、条件を整えることが大事なのかな。


富良野:自己決定権というのは、選択肢を与えることだけじゃなくて、選択の結果を引き受ける力を持てるようにすることでもありますからね。


 

 

ポイント整理


  • プエルトリコの法的地位

    • 1898年の米西戦争で米国領となり、「未編入領域」という曖昧な地位に置かれている。アメリカに「属する」が「一部ではない」という定義が125年以上続いている。

  • 市民権と参政権の乖離

    • 住民は米国市民権を持ち、軍への従軍義務もあるが、大統領選挙や連邦議会での投票権はない。連邦税の一部は免除されるが、福祉制度では本土の州より不利な扱いを受ける。

  • 住民投票の歴史

    • 1967年以降、複数回の住民投票が実施され、近年は州昇格支持が増加傾向にある(2024年は58.6%)。ただし法的拘束力はなく、連邦議会の承認なしには実現しない。

  • 州昇格賛成派の主張

    • 政治的平等の実現、連邦福祉への平等なアクセス、経済再建への追い風、植民地的地位からの脱却。

  • 州昇格反対派の主張

    • 連邦所得税課税による負担増、文化的・言語的アイデンティティの喪失懸念、オリンピック独自代表など象徴的地位の消失。

  • 独立派の存在

    • 少数派ながら「真の脱植民地化は独立のみ」と主張し、国連脱植民地化委員会でも支持決議が採択されている。

  • 米本土の政治力学

    • 民主党は州昇格支持傾向、共和党は消極的。上院議席の勢力図への影響という党派的計算が法案成立を阻んでいる。

  • カリブ海・ラテンアメリカへの影響

    • ドミニカ共和国など近隣国との移民・労働市場の関係、「最後の植民地問題」としての国際的関心、スペイン語主体の州誕生の象徴的意味。

  • 経済危機と連邦介入

    • 700億ドル超の債務危機により2016年に財政管理監督委員会が設置され、自治の限界が露呈した。

  • 自己決定権のパラドックス

    • 自己決定権を認めると言いながら、実際には連邦議会が決定権を握る構造が続いており、「決定させない」形での現状維持が続いている。



キーワード解説


未編入領域(unincorporated territory)】

米国憲法が完全には適用されない海外領土。プエルトリコ、グアム、米領ヴァージン諸島などが該当する。


インスラー判決群(Insular Cases)】

1901年以降の最高裁判決群。領土は米国に「属する」が「一部ではない」と定義し、憲法の適用範囲を限定した。


コモンウェルス(Commonwealth)】

1952年に成立したプエルトリコの地位。日本語では「自治連邦区」。内政の自治権はあるが、主権は連邦議会に留保される。


レジデント・コミッショナー(Resident Commissioner)】

プエルトリコから連邦議会に送られる代表。下院で発言はできるが投票権はない。


PROMESA法】

2016年制定。プエルトリコの財政危機に対応するため、連邦政府主導の財政管理監督委員会を設置した法律。


プエルトリコ地位法(Puerto Rico Status Act)】

州昇格、独立、自由連合の三択で拘束力ある住民投票を実施する法案。2022年に下院可決、上院で廃案。


自由連合(Free Association)】

独立国家でありながら、旧宗主国と安全保障や経済で協定を結ぶ形態。ミクロネシア連邦などの例がある。



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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