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AIと人間性の新たな関係──分散型ヒューマニズムという思想

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Sindhu Bhaskar "Decentralized Humanism: A Theoretical Construct" (Forbes, 2025年6月17日)

  • 概要: MITエコシステムに基づくEST Groupの創設者が提唱する「分散型ヒューマニズム(DeHu)」という新しい技術哲学フレームワーク。人間の尊厳、自律性、コミュニティの主体性をデジタルイノベーションの中心に置き、中央集権的な権威主義と規制なきアルゴリズム支配の両方に挑戦する思想。



技術が私たちを慰めるために設計されたはずなのに、その技術こそが私たちに慰めを必要とさせる原因になったとしたら、どうしますか?


最近、MITエコシステムに基づく企業の創設者であるシンドゥ・バスカー博士が、Forbes Business Councilに興味深い論考を発表しました。そこで提唱されているのが「分散型ヒューマニズム」という新しい技術哲学のフレームワークです。

これは単なる技術論ではありません。AIの時代における人間の尊厳、自律性、そしてコミュニティの力をどう守り、育てていくかという根本的な問いかけです。


今回は富良野とPhronaが、この新しい思想について語り合います。技術と人間性の関係、感情データの扱い方、そして私たちの未来について、二人の対話から新たな視点が見えてくるはずです。




感情データという新たな戦場


富良野:Phronaさん、この分散型ヒューマニズムという考え方、かなり野心的な提案ですね。特に印象的だったのは、感情データを「神聖なもの」として扱うという発想です。


Phrona:ええ、私も同じところに引っかかりました。感情を単なる指標ではなく、私たちの内的世界や脆弱性、文化的アイデンティティの反映として捉える。これ、すごく大切な視点だと思うんです。


富良野:2014年のFacebookの実験、覚えてますか?ユーザーのフィードを操作して気分を変えようとしたやつ。


Phrona:ああ、感情伝染実験ですね。あれは本当に問題でした。でも考えてみると、今も似たようなことが起きているんじゃないかしら。アルゴリズムが私たちの感情を読み取って、それに応じてコンテンツを調整する。


富良野:そうなんですよ。ただ、分散型ヒューマニズムが提案する「感情主権」という概念は、単に拒否権を持つだけじゃない。明示的で取り消し可能な同意がなければ、システムは感情を利用できないという仕組みです。


Phrona:でも富良野さん、現実的にそれって可能なんでしょうか。私たちの感情って、クリック一つ、スクロール一つに現れてしまう。それをすべて管理するなんて...


富良野:たしかに技術的には難しい面もあります。でも、僕はむしろ発想の転換だと思うんです。今までは「どうデータを集めるか」という視点だったのを、「どう人々に主権を持たせるか」に変える。


Phrona:なるほど、パラダイムシフトですね。AIを操作のツールから、人間中心の未来の共創者に変えるという...


分散化は本当に答えなのか


富良野:ただ、Phronaさん、僕はちょっと懐疑的な部分もあるんです。分散化すれば本当に問題が解決するのか。


Phrona:どういうことですか?


富良野:例えば、DAO(分散型自律組織)による意思決定。理念は素晴らしいけど、実際の運用では投票率の低さとか、一部の人に権力が集中する問題も起きてますよね。


Phrona:ああ、そうね。技術的な分散化と、実際の権力の分散は別物かもしれない。でも、だからこそこの論文が「ヒューマニズム」を強調しているんじゃないかしら。


富良野:つまり、技術だけじゃなくて、人間の価値観も一緒に変えていく必要がある?


Phrona:そう思います。自己主権アイデンティティとか、コミュニティ所有プラットフォームとか、これらは技術的な仕組みだけじゃなくて、新しい社会契約みたいなものを必要とするんじゃないかな。


富良野:社会契約か...面白い表現ですね。でも確かに、今のデジタル社会って、僕らが何に同意したのかよくわからないまま参加してる感じがします。


Phrona:利用規約は長すぎて誰も読まないし、読んだところで選択肢はないし...(笑)


文化の多様性とローカライゼーション


富良野:論文の中で特に興味深かったのが、感情の文化的ローカライゼーションという考え方です。


Phrona:私もそこ、すごく重要だと思いました。感情表現って文化によって全然違いますものね。ある文化では普通の反応が、別の文化では異常と見なされることもある。


富良野:そうなんです。で、提案されているのが、コミュニティごとにDAOを作って、その地域の文脈に合った「健康な」感情反応を定義するという仕組み。


Phrona:でも富良野さん、それって新しい形の文化相対主義になりませんか?普遍的な人間の尊厳みたいなものはどうなるんでしょう。


富良野:鋭い指摘ですね...いや、そこは難しいバランスだと思います。文化的多様性を尊重しつつ、基本的人権は守る。


Phrona:うーん、でもそのバランスを誰が決めるの?結局、技術を設計する人たちの価値観が反映されてしまうんじゃないかしら。


富良野:だからこそ、参加型の共創モデルが必要なんでしょうね。設計段階から多様な声を入れていく。


Phrona:理想的にはそうですね。でも現実には、技術的な知識を持つ人と持たない人の間に新しい格差が生まれる可能性も...


経済システムの変革


富良野:論文では「人道的経済プロトコル」という表現も使われていました。許可型経済から参加型経済への移行。


Phrona:すべての声、取引、アイデンティティが価値に貢献するという考え方ですよね。でも、それってどういう意味なんでしょう?


富良野:僕の理解では、今のプラットフォーム資本主義では、ユーザーはデータを提供するだけの存在。でも分散型ヒューマニズムでは、ユーザーが価値創造に直接参加し、その恩恵も受ける。


Phrona:なるほど。でも富良野さん、みんなが価値創造に参加したいわけじゃないと思うんです。多くの人は、便利なサービスを使えればそれでいいって思ってるかも。


富良野:それはそうですね。ただ、選択肢があることが重要なんじゃないでしょうか。今は選択肢がない。


Phrona:選択肢...そうね。でも選択するためには、何を選んでいるのか理解する必要がある。そこにまた教育の問題が出てきますよね。


環境への配慮という新しい倫理


富良野:意外だったのが、感情AIの環境負荷について言及していることです。


Phrona:GPT-3の訓練で552メトリックトンのCO2が排出されたって書いてありましたね。感情に寄り添うAIが地球を傷つけているという皮肉...


富良野:提案されている解決策は、エッジAI推論、データミニマリズム、カーボンクレジット連動型のAI使用。


Phrona:でも、これって本末転倒じゃないですか?人間の感情をケアするために、これだけの環境コストをかける必要があるのかしら。


富良野:確かに...でも、だからこそデータミニマリズムが重要なのかもしれません。本当に必要な感情データだけを扱う。


Phrona:必要最小限...それを誰が決めるんでしょうね。私たちの感情の中で、どれが「本質的」でどれが「余分」なのか。


富良野:難しい問題ですね。でも少なくとも、今のように無制限にデータを収集・処理するよりはマシかもしれません。


未来への問いかけ


Phrona:富良野さん、この分散型ヒューマニズムって、結局のところ何を目指しているんでしょうか。


富良野:論文の言葉を借りれば、「より賢いAIを作ることではなく、より賢明で思いやりのあるシステムを作ること」。


Phrona:思いやりのあるシステム...それって可能なのかしら。システムに思いやりを組み込むなんて。


富良野:直接的には無理でしょうね。でも、システムを使う人々の思いやりを増幅したり、促進したりすることはできるかもしれない。


Phrona:ああ、それは面白い視点ですね。技術が人間性を代替するんじゃなくて、人間性を支援する。


富良野:そう、そこが重要だと思うんです。AIは人間の感情を操作するツールじゃなくて、人間同士のつながりを豊かにするための道具であるべき。


Phrona:でも、そのためには私たち自身も変わる必要があるのかもしれませんね。技術に対する向き合い方とか、他者への関わり方とか。


富良野:まさに。分散型ヒューマニズムは技術の話だけじゃなくて、僕たちがどんな社会を作りたいかという話なんだと思います。


Phrona:そして、その答えは一つじゃない。だからこそ、分散化が必要なのかもしれませんね。



 

ポイント整理


  • 分散型ヒューマニズム(DeHu)は、人間の尊厳、自律性、コミュニティの主体性をデジタルイノベーションの中心に置く技術哲学的フレームワークである。中央集権的な権威主義と規制なきアルゴリズム支配の両方に対抗し、人々によって形作られ、人々のために機能するシステムを推進する。

  • 感情データは単なる指標ではなく、私たちの内的世界、脆弱性、文化的アイデンティティを反映する神聖なものとして扱われるべきである。明示的で取り消し可能な同意なしに、システムが感情を利用することはできない「感情主権」の概念が重要。

  • 自己主権アイデンティティ(SSI)、コミュニティ所有プラットフォーム、トークン化されたコモンズなど、具体的な技術的仕組みを通じて社会マトリックスを分散化する。これにより、国家や企業、硬直した制度による支配から脱却を図る。

  • 文化的・感情的ローカライゼーションを重視し、各コミュニティがDAOを通じて「健康な」感情反応を文脈に即して定義できるようにする。画一的な設計ではなく、多様な感情的・文化的文脈に対応するシステムを目指す。

  • 監視資本主義に抵抗し、人々をデータ主体ではなくデータ主権者にすることで、より人道的な経済プロトコルを実現する。許可型経済から参加型経済への移行により、すべての声、取引、アイデンティティが価値創造に貢献する。

  • 感情AIシステムの環境負荷問題に対処するため、エッジAI推論、データミニマリズム、カーボンクレジット連動型のAI使用などの持続可能性対策を提案。倫理的配慮と環境配慮のバランスを重視する。

  • AIを拒絶するのではなく、その目的を再考することが重要。倫理的で包摂的、文化的に配慮されたシステムを構築し、技術が感情を搾取するのではなく尊厳を育むものとなることを目指す。



キーワード解説


分散型ヒューマニズム(DeHu)】

技術的な分散化と人間中心の価値観を融合させた新しい技術哲学


感情主権】

個人が自身の感情データに対する完全な支配権を持つという概念


自己主権アイデンティティ(SSI)】

個人データとアイデンティティ資格の管理権を個人が持つシステム


DAO(分散型自律組織)】

ブロックチェーン上で運営される分散型の意思決定組織


監視資本主義】

個人データを収集・分析し、行動予測と操作により利益を生み出す経済システム


感情的ローカライゼーション】

文化的文脈に応じた感情表現やAIの応答の調整


トークン化されたコモンズ】

共有デジタルリソースを通じた価値生成と分配の仕組み


エッジAI推論】

デバイス上でのローカル処理によるAI処理


データミニマリズム】

必要最小限のデータのみを収集・保存する原則



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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