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「魂に縛られたトークン」をめぐる冒険

更新日:4 日前


前回はヴィタリクらが提唱するDeSoc(分散型社会)の基本的な考え方を紹介した。今回はその中核技術とされるSBT(Soulbound Tokens)の現状と課題に焦点を当て、掘り下げてみたい。


SBTはデジタル空間に「信頼」という新たな価値を生み出す可能性がある一方で、その実現には多くの課題も伴っている。SBTが私たちの社会にどのような具体的な変化をもたらし得るのか、また、その実現を阻む課題にはどのようなものがあるのか、ここから一緒に考えてみたい。


SBTが切り拓くWeb3の可能性

金融取引や資産所有の表現に強みを持つWeb3は、暗号通貨やNFT、DeFiなど次々と新しい仕組みを生み出してきた。しかし、こうした進展にもかかわらず、決定的に欠けている要素がある。それは「社会的信頼」や「人間関係」をうまく表現できないことだ。


例えば、DAO(分散型自律組織)はブロックチェーンの典型的な活用例だが、投票権が売買可能なトークンとして設計されていることも多い。その結果、経済的利益を目的とした投票操作が可能となり、参加者間の本質的な信頼関係が育ちにくい状況を生み出している。


さらに皮肉なことに、現在のWeb3プロジェクトの多くは、コミュニティ構築や交流の場として、X(旧Twitter)やDiscordといったWeb2的な中央集権的プラットフォームに依存している。これは、ブロックチェーンそのものが人間同士の関係性や信頼を表現する仕組みをまだ備えていないためだ。


この「社会的ID」の欠如は、Web3が持つ可能性を実現する大きな足かせとなっている。例えば、従来の経済活動で一般的な無担保融資や信用に基づく契約をブロックチェーン上で実現することは極めて困難だ。DeFiの世界では匿名性が高いため、貸し手は借り手の返済能力や信頼性を判断できず、結果として過剰な担保を求めざるを得ない。


SBTは、こうした根本的な課題にアプローチするために考案された。譲渡や売買ができないトークンを使い、個人のアイデンティティや社会的関係性をブロックチェーン上に記録しようという試みである。この仕組みがもたらす新しい社会構造こそ、ヴィタリクらが提唱するDeSocなのだ。


疑似身体性としてのSoulとSBT

SBTは、「魂に縛られた」という名称のとおり、特定の個人(Soul)に紐づけられ、譲渡や売買が不可能なトークンである。従来のNFTは経済的な価値を持って取引されるが、SBTはただ「持っている」だけで、経済的取引の対象にはならない。


この「譲渡不可能性」がデジタル空間にもたらすものは何だろうか。


私たちの現実世界での存在は、身体という譲渡不可能な基盤に成り立っている。この身体は脆く傷つきやすく、一度損なわれれば修復も容易ではない。また常に特定の時間と場所に位置づけられている。だからこそ私たちは約束を守り、責任を果たし、継続的な関係性を築けるのだ。つまり、身体が交換や譲渡のできない制約を持つからこそ、私たちのアイデンティティは確かな文脈や関係性を持ち、社会的信頼の基盤となり得るのである。


一方、デジタル空間ではアイデンティティが非常に流動的だ。アカウントは自由に作成、放棄、譲渡可能であり、この自由さゆえに責任や継続性を伴う信頼関係の構築が難しくなっている。ネット上での匿名の荒らし行為や責任所在の曖昧化といった問題は、この流動性の裏返しと言える。


SBTは、このデジタル空間に一種の「疑似身体性」を持ち込む試みと解釈できる。特定のSoulに紐づけられ譲渡不可能なSBTは、その人の継続的なデジタルアイデンティティを構成し、「その人自身であること」の一貫性を保証する。それは、オンライン上で継続的な責任ある行動や信頼関係を築くための土台となるだろう。


SBTは「銀の弾丸」ではない

しかし、このデジタル空間での疑似身体性には明確な限界も存在する。


現実世界での信頼関係は、テキストや数値では表現しきれない非言語的要素が複雑に絡み合って成立している。表情や声のトーン、態度や行動パターンなどの非言語的な要素は、私たちの身体性に深く根ざし、社会的信頼を形成するうえで重要な役割を果たしている。SBTは学歴や職歴、コミュニティへの貢献といった形式的に証明可能な部分を可視化できるが、このような非言語的要素までは表現できない。


そもそもSoulやSBTがデジタル空間で再現できる身体性とは、実際の身体性が持つ多面的な性質のごく一部に過ぎない。SBTは「譲渡不可能」ではあるが、身体の「脆弱性」や「修復不可能性」といった性質は再現できるよう設計されてない。またSoulは放棄可能であり、複数のSoulを持つことも可能である。つまり、SoulとSBTの「疑似身体性」とは、あくまで身体性の一部分を限定的に表現したものであり、私たちの実際の身体が社会的信頼の形成に果たしている役割を完全に担うことは難しい。


SoulとSBTという仕組みは、デジタル社会における「自己」と「他者」の関係性そのものを問い直す試みである。その可能性と限界を明確に認識したうえで、どのように活用し、その周囲にどのような仕組みやネットワークを構築する必要があるのか。さらに、それらを通じて私たちの信頼関係自体がどう変化するのか。私たちは持てる想像力と創造力を存分に発揮しながら、こうした問いに真摯に向き合っていく必要があるだろう。


SBTの潜在的応用例と現実的課題

ここからは、SBTの具体的な応用可能性とそれに伴う現実的な課題について整理しながら概観してみよう。


教育・資格証明


可能性:


大学の学位や職業資格をSBTとして発行すれば、個人は自分の資格を主体的に管理し、必要に応じて第三者に提示・証明できるようになる。SBTが譲渡不可能であることから、偽造された資格の売買を防ぐ効果も期待できる。


さらに、科目単位やスキル単位の細かな能力認定(マイクロクレデンシャル)の実装も、SBTによって容易になるため、より柔軟で多様な評価システムを構築できる可能性がある。

またSBTは、非形式的な能力や資質(例えば協調性、リーダーシップ、コミュニティ貢献など)についても自由に発行可能であり、これまで証明が難しかった能力を可視化できる。


課題:


一方で、課題はSBTそのものの発行自体よりも、それを発行する主体の信頼性をどのように担保するかという点にある。非形式的能力やマイクロクレデンシャルを含め、多種多様なSBTが氾濫する状況では、どのSBTにどのような信頼性があるのかを適切に評価・判断する仕組みが求められる。特に、SBT発行主体を評価するためのクレデンシャルレーティング(信頼度評価)や評判システムが必要になるだろう。


実際、既存のWeb3コミュニティや分散型アイデンティティ技術の分野では、発行主体の評判を評価する仕組み(Issuer Reputation)やGitcoin Passportのような総合的な信頼評価システムが既に議論され、実装も進められている。こうした仕組みを取り入れ、SBTの発行主体の信頼性を明確に評価・可視化することが、SBTの実用化に向けて重要なステップとなるだろう。


コミュニティ証明


可能性:


SBTはオープンソースプロジェクトへの貢献や地域コミュニティでの活動など、個人の多様なコミュニティ活動を記録・証明する手段として有効に機能する可能性がある。これまで評価や可視化が難しかった非形式的な活動をSBTで明確化することで、多様な貢献が適切に評価され、社会的に認められる仕組みを作りやすくなる。


課題:


一方で、コミュニティごとに価値観や評価基準が異なるため、各コミュニティが独自の基準を保ちつつ、相互に評価を承認・参照できる「相互認証型の評価プロトコル」を整備する必要がある。


また、コミュニティ内での評価は主観が入りやすく、不公平や偏りを生じる可能性がある。そのため、一度与えられた評価が固定化されず、継続的な行動や貢献に応じて再評価・再構築される仕組みが重要だ。ただし、評価者の負担が過度に増えたり、評価プロセス自体が複雑化・形骸化したりすることを防ぐため、柔軟で現実的なバランスが求められる。


特にコミュニティ証明においては、経済力や人脈など社会的資源が豊かな人に評価が偏りやすく、格差再生産につながるリスクが指摘されている。そのため、SBTが社会的序列の固定化や格差拡大を引き起こさないよう、透明性と公平性を重視した制度設計が重要になる。


無担保融資


可能性:


従来、担保がない融資には信用スコアが用いられるが、十分な信用履歴を持たないマイノリティや貧困層などにとって不利に働くことが多い。


SBTを活用することで、これまでの信用評価システムでは捕捉が困難だった小規模な返済履歴(マイクロレンディング実績)や地域コミュニティでの貢献活動、フリーランスや副業といった非伝統的な経済活動、職業スキルのマイクロクレデンシャルなどを低コストで効率的に記録できるようになる。このような多様で細かな情報を用いて個人の社会的信用や返済能力をより広範かつきめ細かく可視化できれば、従来の金融機関に依存しない新たな無担保融資の仕組みが可能となり、金融包摂が促進される可能性がある。


課題:


しかし、このような評価システムにはゲーミング(評価の偽装や操作)のリスクが伴うため、評価主体の信頼性を厳密に確保するとともに、透明性の高い評価手法や、不正が発覚した際の迅速な評価取り消しメカニズムなど、現実的かつ透明な制度設計が不可欠である。


また、過去の信用問題がSBTとして恒久的に記録される場合、一度信用を失った個人が再評価されづらくなり、その後の融資機会が著しく制限されるリスクがある。この問題への対策としては、一定期間経過後に負の記録が減衰するメカニズムや、少額融資などリスク限定型の信用再構築機会の提供、さらに返済履歴以外の評価軸としてコミュニティ活動や非伝統的経済活動への積極的な関与など、多面的な評価基準を取り入れることが検討されている。


シビル攻撃(多重アカウント攻撃)対策


可能性:


SBTの譲渡不可能性は、一人のユーザーが多数の偽アカウントを作り出し、複数人のように振る舞うシビル攻撃への有効な対策となり得る。SBTを用いてウォレット間の相互付与や保有状況のパターンを分析することで、自然で多様な社会関係に裏付けられた正当なSoulのグループと、少数の個人が人為的に作り出した不自然なSoulのグループ(シビル攻撃に利用される偽装アカウント群)を統計的に区別しやすくなる。特にDAOの投票システムでは、このような分析手法を活用することで、不正な投票権の集中を効果的に防止できる可能性がある。また、特定の資格や認証を持つ信頼性の高いSoulに、より多くの投票力を付与することで、シビル攻撃に対する耐性をさらに高めることも可能である。


課題:


ただし、DeSocの仕組みでは、個人が用途に応じて複数のSoulを持つこと自体は許容されている。そのため、正当なSoulの使い分けと悪意ある多重利用を厳密に区別するための明確な評価基準やプロトコルが必要となる。また、シビル攻撃への耐性をさらに高めるために、オフチェーンの社会的つながりやコミュニティでの厚い関連性を取り入れる評価基準、多層的な認証手法、明らかな不正が発覚した場合の迅速な評価取り消し(バーン=焼却)といった対策も議論されているが、現時点では完全な解決には至っていない。


政治資本の分散化


可能性:


ヴィタリクらは主にSoulとSBTが社会関係資本(social capital)の形成に寄与すると考えているが、筆者の見解では、政治資本(political capital)の効率的運用やアカウンタビリティ強化のための重要なメカニズムを構築する際のキーパーツにもなり得ると考えている。


政治資本とは、集団的な意思決定に参加し、それに影響を与えるための社会的能力や資源を指す概念だが、経済資本や社会関係資本に比べて、まだ十分に定式化されているとは言い難い。しかし、SBTが提供する安全で信頼できるデジタルアイデンティティを基盤に、これまで見えなかった政治資本の流れや活用の実態を可視化できれば、これからの社会ガバナンスのあり方に新しい可能性が開けてくるだろう。


従来、政治参加の主要な手段である選挙では、私たちが政治的な意思を示せる機会は数年に一度の投票に限られ、それも単純な賛否や支持・不支持の選択に留まっている。そのため、私たち一人ひとりの多様で複雑な選好が十分に反映されているとは言えない。


これに対して、SBTによって個人のアイデンティティや資格証明を安全に管理しつつ、政治資本を委任可能なトークンとして流通させる仕組みが実現できれば、以下のようなより柔軟な政治参加が可能になるだろう。

  • 自らの政治資本トークンを、信頼する代表者や中間団体(政党や市民団体など)に自由に預託(ステーキング)できる。

  • 被預託者は有権者から政治資本を集め、特定の政策や問題に応じて配分や再預託を行う。

  • 被預託者が政治資本をどのように活用し、または再預託しているかをリアルタイムで把握できる。

  • 預託先の活動や再預託先に納得できない場合、一定の条件の下預託を引き上げることができる。

  • 自分の優先課題や価値観が変化した場合、政治資本の配分先も柔軟に変更できる。


こうした仕組みが実現すると、経済資本が金融機関を介して適切に集約・運用されるように、政治資本も循環しながら有効活用される、多層的で動的な民主主義のエコシステムが形成されることになる。


このような預託と再配分のネットワークを通じて、従来は不透明だった政治資本の流れや運用状況が明確に可視化される。また、政治資本を預託される代表者や中間団体は、集めた資本の運用に具体的な責任を負い、その再配分先や理由について明確なアカウンタビリティを求められることになる。


課題:

しかし、そのようなアカウンタビリティの強化には、短期的視点が強まるという懸念もある。



このような仕組みはSBT単独で完結するものではない。意見や情動の表出、アジェンダ形成、中間団体を活用した熟議や政治的競争といったプロセスを支える、民主的エコシステムおよびトークノミクスの包括的な設計があって初めて有効に機能するものである。現時点では、そのような包括的エコシステムの詳細な設計はおろか、構想そのものに関する議論も始まったばかりの段階にある。DeSoc論文で導入された「多元的センスメイキング」の概念は重要な一歩と言えるし、その後グレン・ワイルとオードリー・タンの共著『Plurality』で描かれている構想は、この方向性への一つの重要な手がかりとなるだろう。


現在、多くの民主主義国で運用される制度は、複雑で多元的な意見や価値観を単純に投票に集約する「集計民主主義」と言わざるを得ない。多数決という意思決定の方法の前段階として必要な熟議や政治的競争が十分に行われず、態度の変容、妥協点の発見、あるいはコンセンサス形成の機会が不十分なまま、単純な数の勝敗に委ねられているため、社会的分断を縮小することができず、対立が深まる


単一の投票プロセスにすべてを還元するのではなく、SBTを用いた政治資本の可視化と流動化を通じて、多層的で柔軟な代表制度や熟議・競争の機会を制度的に組み込むことで、態度変容や妥協、合意形成を促進し、現在の民主主義が抱える根本的な課題を克服できる可能性が開けるだろう。


現在民主制と言われる多くの国において、熟議や政治的競争を通して

制度の運用は「集計民主主義」とも呼ばれ、複雑で多元的な意見や価値観を単一の投票プロセスに集約し、数の大小のみで意思決定を行う方式となっている。この集計民主主義は、多様な利害関係や価値観の微妙なニュアンスを捉えることが難しく、短期的な視野や単純化された争点に偏りがちである。

単一の投票プロセスにすべてを還元するのではなく、熟議や長期的な視点、多様な価値観を丁寧に取り入れる多層的・柔軟な代表制度を設計し、SBTを用いて政治的影響力を可視化・流通させることで、こうした集計民主主義の限界を乗り越える新たな民主主義の仕組みが実現できる可能性があるだろう。


集計民主主義は、微妙な視点を捉えきれず、近視眼的な意思決定につながることが多い。熟議と長期的思考を柔軟な代表制と共に強調するシステムを設計することで、現在の民主主義モデルにあるこれらの根本的な弱点に対処できる可能性がある。


いくつかの基本的な課題が解決されるべき残っている:

  • どうすれば評価プロセスの透明性と公平性を確保できるか?

  • 偏った評価者やシステムを不正操作する人々からの操作を防ぐためのセーフガードは何か?

  • 評価が固定化せず、時間とともに進化できるようなメカニズムをどのように構築できるか?

  • 複雑な問題に対して、即時の応答性と長期的思考の必要性をどのようにバランスさせるか?


前進する道は忍耐を必要とする。SBTと関連システムの社会的基盤を確立しながら、これらの課題を一つずつ慎重に対処していく必要があるだろう。堅牢な民主的エコシステムの構築は一夜にして成るものではない—多様な視点からの意見を取り入れながら、段階的で思慮深い開発が必要になる。


興奮させられるのは、私たちが単に既存のシステムをデジタル形式で再現しているのではないということだ。私たちはデジタル時代に一から設計するとしたら、集団的意思決定がどのように機能し得るかという根本的な問いを投げかけているのだ。




また、評価プロセスの透明性や公平性をどのように担保するのか、評価主体の偏りやゲーミング(不正な評価操作)に対する対策をどのように講じるのか、評価を動的に再評価・更新する仕組みをどのように制度的に組み込むのかといった課題も山積している。今後はSBTの社会的な信頼性や基盤の確立を進めつつ、これらの課題を慎重に解きほぐし、民主主義エコシステム全体を段階的に設計・構築していく必要があるだろう。


実用化の現状と課題

2022年5月のDeSoc論文発表後、以下のような具体的なSBT活用事例が徐々に登場しつつあるものの、全体的には教育機関や特定コミュニティなど、限定的な範囲での導入にとどまっている。


  • Acme Training(教育機関):認定資格コース修了者にSBTを発行し、資格や学習履歴の透明性を高めている。

  • Azuki、Pudgy Penguins(NFTコミュニティ):コミュニティメンバーの貢献やイベント参加実績をSBTで評価し、メンバーの帰属意識を強化している。

  • MixBytes(スマートコントラクト監査企業):監査人の資格や実績をSBTとして記録し、監査サービスの信頼性向上と監査人選定プロセスの透明化を図っている。

  • シンガポール高等裁判所(法的手続き):詐欺に関与したウォレットへの法的警告をSBTで発行し、法的通知やリスク周知手段として活用している。


しかし、こうした初期的実装の多くは完全な譲渡不可能性を持つSBTとは言えず、発行主体がトークンのバーン(焼却)や再発行を行える「プロトSBT」と呼べる段階に留まっている。

SBTの本格的な実用化に向けては、次のような技術的課題が残されている。


  • 鍵管理の課題:Soulの秘密鍵をユーザーが紛失した場合に備えて、信頼できる他者に鍵復旧を委ねる「ソーシャルリカバリー」方式が提案されている。しかし、この方法には共謀のリスクや管理の煩雑さが指摘されており、改善が求められている。より安全な「コミュニティリカバリー」方式も検討されているが、具体的な実装や検証はまだ行われていない。

  • プライバシー保護と情報公開のバランス:SBTデータをオフチェーンに保管し、オンチェーンにはハッシュのみを記録してユーザー自身が情報の公開範囲をコントロールする仕組みが議論されている。また、高度なプライバシー保護技術としてゼロ知識証明(ZKP)の活用も検討されているが、標準化や実用化までには時間がかかると見込まれている。

  • 相互運用性の確保:異なるブロックチェーン間でSBTを相互利用するための共通プロトコルの標準化も未確立である。複数チェーン対応に向けての議論や開発は進められているものの、実用的な運用を実現するためにはさらなる技術開発と検証が必要である。


このように、SBTは限定的ながら具体的な実用化が始まっているが、広く社会に浸透させるためには、技術的・制度的な課題の克服が不可欠である。今後、これらの課題を一つずつ解決しつつ、段階的に発展していくことが期待されている。


日本文化の「縁」とSBT

かつて日本社会では、地域や職場などの身近なコミュニティでの信頼関係、そこから生まれる「縁」が、個人の評価や社会的なつながりを支えてきた。しかし都市化やライフスタイルの多様化に伴い、人々のつながり方は変化してきている。


オンライン上やプロジェクトベースの一時的な関係が増える中、学歴や職歴といった従来型の評価軸では捉えきれない価値が重要になってきた。このような状況において、SBTの明確で検証可能な性質は、日本の伝統的な「ハンコ文化」と親和性を持ちながらも、既存の制度的権威や社会的地位にとらわれない、新たな評価軸を社会にもたらす可能性を秘めている。


そもそも日本語の「縁」という言葉は、多様な条件が絡み合って相互に依存する関係性を表す仏教の概念に起源を持ちつつ、日本文化の中で独自の発展を遂げてきた。「縁」は「絆」よりも緩やかで柔軟なつながりを意味し、曖昧さや余白を許容する寛容さを含んでいる。また、「血縁」や「地縁」といった伝統的でやや閉鎖的な人間関係も含む一方で、「派閥」や「学閥」のような利害や権力を中心とした関係とは異なり、より自然発生的で流動性のある関係性を指す言葉だと言える。


「これも何かのご縁」「ご縁があれば」という言い回しに見られるように、「縁」という概念は、その時その場所に居合わせるという身体性を伴った偶然を前向きに受け止める感覚と深く結びついている。その偶然が何に由来しどこに向かうのかが明確でなくとも、まずは肯定的に受け入れ、大切にしようとする感性がそこには存在する。


SBTが非人間的で息苦しい仕組みになることを避け、真に社会関係資本の再構築に貢献するためには、人間関係が本来持つ曖昧さや余白の豊かさをSBTの設計思想と調和させることが不可欠だろう。日本の「縁」の概念が持つネガティブな側面を最小化しつつポジティブな側面を活かし、偶然性や多義性、柔軟で未来志向的な楽観性をSBTの設計に取り入れる方法を模索することは、日本におけるSBTの受容を円滑にするだけでなく、SBTという概念自体の成否を左右する重要な視点になり得るのではないだろうか。


理想と現実のバランスを求めて

SBTが掲げる理想と現在の実用化段階には大きなギャップがあるが、そのことはこの仕組み自体の価値を否定するものではない。小規模な実験から段階的に適用範囲を広げ、既存の信頼形成メカニズムを補完する形でSBTを位置づけるような複合的アプローチが求められる。


また、SBTが記録するデータを解釈する際には、必ず人間の判断が伴う。データそのものが客観的であるとしても、それをどのように評価し、社会的な文脈の中で位置づけるかを決定するのは、あくまで人間である。したがってSBTの活用にあたっては、人間の判断力を引き出し、補完し、さらに磨いていけるような環境づくりが重要となる。


SBTは決して万能な解決策ではなく、「人間同士の信頼構築を支援するための道具」として位置付けられるべきである。テクノロジーが提供する客観的データと、日常の相互作用から生まれる主観的な信頼関係—この両者を対立させるのではなく、相互に補完し合う関係として統合していくことで、より豊かな社会関係資本を育む基盤が構築されるだろう。


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