「29兆ドルの未来」を賭けた技術覇権競争──AI・量子・バイオが変える国家安全保障の形
- Seo Seungchul

- 1月8日
- 読了時間: 18分
更新日:1月16日

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:Justin G. Muzinich et al., "U.S. Economic Security: Winning the Race for Tomorrow's Technologies" (Council on Foreign Relations, 2025年11月14日)
概要:AI、量子技術、バイオテクノロジーという3つの基盤技術をめぐる国際競争において、米国がいかにして優位性を維持すべきかを分析した政策提言報告書。サプライチェーンの脆弱性、投資不足、輸出管理の課題を詳細に検討し、経済安全保障センターの設立や重要鉱物の国家備蓄拡大など、具体的な施策を提案している。
2040年までにAI、量子技術、バイオテクノロジーが生み出す経済価値は、年間29兆ドルに達すると試算されています。これは日本のGDPの約5倍にあたる途方もない数字です。そしていま、この「未来の富」をめぐって、国家間の熾烈な競争が繰り広げられています。
2025年10月、米国の外交問題評議会(CFR)が発表したタスクフォース報告書は、「経済安全保障」という概念を軸に、この競争の実態を詳細に分析しました。報告書が描く世界は、かつての自由貿易と効率性を重視した国際経済秩序とは様相を異にします。レアアースの70%を特定国に依存し、医薬品原料の80%を海外に頼り、半導体の製造拠点が地理的に偏在する──そうした「チョークポイント」が、いまや安全保障上の脆弱性として浮かび上がっているのです。
今回の対話では、富良野とPhronaが、この報告書を手がかりに「技術と安全保障の新しい関係」について考えます。経済と安全保障が融合する時代に、国家はどこまで市場に介入すべきなのか。サプライチェーンの「脱リスク」は本当に可能なのか。そして、この競争は私たちの暮らしにどう影響するのか。複雑に絡み合う問題を、一つひとつ解きほぐしていきます。
経済と安全保障が「衝突」する時代
富良野:これ、なかなか重厚な報告書ですね。外交問題評議会って、米国の外交政策に長年影響を与えてきたシンクタンクですけど、今回は「経済安全保障」という切り口で相当踏み込んだ分析をしています。
Phrona:「経済と安全保障が収斂した、というより衝突した」という表現が印象的でした。融合というよりも、ぶつかり合っているという感覚なんですね。
富良野:そこが面白いところで、報告書の問題意識は明確なんです。COVID-19のパンデミックがサプライチェーンの脆弱性を露呈させ、ウクライナ侵攻がエネルギー依存のリスクを見せつけた。そして、特定国による技術覇権への挑戦が、米国の経済成長と技術的リーダーシップを直接脅かしている、と。
Phrona:ただ、私がちょっと気になるのは、この「経済安全保障」という概念の輪郭が曖昧になりがちなところです。報告書自身も認めていますよね。広く捉えすぎると、ほとんどの経済活動が安全保障に関わってしまって、実務的に扱えなくなる、と。
富良野:そう、だから報告書は焦点を絞っているんです。AI、量子技術、バイオテクノロジーという3つの基盤技術に集中して、具体的な脆弱性と対策を論じている。この3つを合わせると、2040年までに年間29兆ドルの経済価値を生むという試算があって。
Phrona:29兆ドル…。数字が大きすぎて実感が湧きませんね。
富良野:日本のGDPが4兆ドル強ですから、その7倍くらい。世界経済の構造を根本から変えうる規模です。で、この報告書が繰り返し強調しているのは、「落伍すれば、他国がそのアドバンテージを握り、国際秩序を自分たちの利益に沿った形に作り変える」ということ。
Phrona:技術覇権が、軍事力や外交力のベースになるという古典的な地政学の話と、デジタル時代の新しい依存構造が重なっているんですね。
「チョークポイント」という脆弱性
富良野:報告書が詳しく分析しているのが、サプライチェーンの「チョークポイント」、つまり特定の国や企業に過度に依存している急所です。数字を見ると、かなり衝撃的で。
Phrona:どのくらい集中しているんですか?
富良野:たとえばレアアース。米国は全体の70%、重希土類に限れば99%を特定の国から輸入しています。半導体製造に必要なプリント基板の30%、化学薬品の60%も同様。医薬品では、原薬の出発原料の80%、有効成分製造能力の33%が集中していて、米国のバイオテック企業の80%は少なくとも1つの契約を海外企業と結んでいる。
Phrona:80%という数字が繰り返し出てきますね。医薬品の話は特に気になります。抗生物質とか解熱剤の原料が、特定地域に依存しているということですよね。
富良野:そうです。アセトアミノフェン、つまり一般的な鎮痛剤の前駆体であるPAPは、世界供給の80%が特定国産。これが止まれば、文字通り薬が作れなくなる。
Phrona:パンデミックのときにマスクや医療機器の供給が問題になりましたけど、それどころじゃない話ですね。
富良野:報告書は2010年のレアアース禁輸のエピソードも引いています。ある国が日本への輸出を突然止めて、電子機器や防衛システムの製造に深刻な影響が出た。つまり、こうした依存関係は理論上のリスクじゃなくて、すでに「武器化」された実績がある。
Phrona:でも、なぜこんなに集中してしまったんでしょう。効率性を追求した結果ではあるんですよね。
富良野:その通りです。グローバル化の時代、最も安く高品質なものを作れる場所に生産が集中するのは、経済合理性からすれば当然でした。ただ、それが安全保障上の脆弱性になるとは、多くの人が想定していなかった。あるいは想定していても、対処を後回しにしてきた。
AI──民間主導の革新と製造業の空洞化
Phrona:3つの技術のうち、AIについてはどうですか? 米国が圧倒的に強いというイメージがありますけど。
富良野:研究開発では確かにリードしています。2024年の民間AI投資額は米国が1090億ドル、これは世界トップ。ただ、報告書が指摘しているのは、AIを動かすインフラ、つまりデータセンターや半導体の製造にまつわる脆弱性です。
Phrona:AIの「中身」は強いけど、「器」が危ういということですか。
富良野:端的に言えばそうです。たとえばデータセンターを構成する部品。プリント基板や光トランシーバーの製造は海外に偏っている。特に光トランシーバーは、2017年から2023年にかけて、米国メーカーのシェアが67%から43%に落ちています。政府補助を受けた海外企業に押されて。
Phrona:AIモデルの性能では勝っていても、それを実際に動かすハードウェアで依存が深まっている。ちょっと皮肉な構図ですね。
富良野:もう一つ興味深いのは、データセンター建設のスピード。米国よりも海外のほうが6〜16ヶ月も早く完成するというデータがあります。許認可プロセスや電力網接続の違いが大きくて。
Phrona:技術力はあっても、それを形にするインフラ整備で遅れをとっているわけですね。
富良野:報告書は、半導体製造用の化学薬品やIC基板のオンショアリング(国内回帰)を提言しています。45億ドルの公的インセンティブで200億ドルの民間投資を呼び込み、37,000人の雇用を直接支えられるという試算も。
Phrona:数字は大きいけど、29兆ドルという将来価値を考えれば、投資として妥当ということなんでしょうね。
量子技術──「Q-Day」への備え
富良野:量子技術は、AIやバイオに比べるとまだ発展途上ですが、報告書はかなり強い危機感を示しています。
Phrona:量子コンピュータって、まだ実験段階というイメージでしたけど。
富良野:実用規模の量子コンピュータは2030年頃と見込まれています。ただ、量子技術はコンピューティングだけじゃなくて、通信とセンシングも含む。そして量子通信では、すでに特定国が世界をリードしていて、1万キロを超える量子通信ネットワークを構築済み。量子通信衛星も打ち上げています。
Phrona:「Q-Day」という表現がありましたね。現在の暗号が破られる日。
富良野:ええ、サイバーセキュリティ研究者が警告している概念です。量子コンピュータが一般的な暗号を解読できるようになる瞬間。金融システムや通信、軍事情報が一気に危険にさらされる。数ヶ月の遅れでも致命的な損害につながりうる。
Phrona:技術開発のスピード競争が、文字通り安全保障に直結するんですね。
富良野:量子技術への公的支援を見ると、2023年時点で特定国は153億ドル。これは米国の官民合わせた支援の2倍以上。しかも91エーカーの国立量子情報科学研究所を建設中で、研究と軍民両用の応用を一体的に進めている。
Phrona:民間投資が集まりにくい分野を、国家が戦略的にカバーしているということですか。
富良野:そうです。報告書も認めているように、量子技術は時間軸が長く、商業的需要が不透明で、技術的リスクも高い。だから民間資本だけでは足りない。報告書は国防総省による量子コンピュータ2台の調達を提言していて、13億ドルの初期資金で130億ドルの民間投資を呼び込めると試算しています。
バイオテクノロジー──見えない依存の深化
Phrona:バイオテクノロジーは、医薬品の話が中心ですか?
富良野:医薬品が最大の市場ですが、将来的にはもっと広い。農業、素材、さらには軍事用途まで。報告書が引用している国家安全保障委員会の言葉を借りれば、「AIと組み合わさった新興バイオ技術は、国家の防衛・建設から、国民の栄養・医療まで、すべてを変革する」と。
Phrona:なんだか壮大な話になってきましたね。
富良野:でも、足元の依存関係は相当深刻です。米国で消費される医薬品の有効成分のうち、国内製造はわずか10%。ジェネリック医薬品の原薬に至っては、特定国産が25%近くを占める。FDAが公衆衛生に不可欠と認定した医薬品の80%以上で、国内製造源が存在しない。
Phrona:医薬品の「空洞化」が進んでいるんですね。
富良野:しかも、AIやハイテク分野では米国と特定国の「デカップリング」(切り離し)が進んでいるのに、バイオ分野では逆方向なんです。この5年で、米国の製薬企業が海外企業からライセンスを取得する割合が急増していて、新薬候補の3分の1が海外発。今年だけでも、大手製薬企業が80億ドル規模の大型契約を海外バイオ企業と結んでいます。
Phrona:コスト優位性が大きいから、依存がむしろ深まっている。
富良野:それと人的資本。米国のライフサイエンス労働力の5分の1近くが55歳以上で、退職による専門知識の喪失リスクがある。一方、海外ではバイオ医薬R&D支出がこの10年で400倍に増えていて、グローバルなバイオ特許シェアも急上昇しています。
Phrona:人材面でも追い上げられているわけですね。
重要鉱物──採掘から精製までの長い道のり
富良野:3つの技術すべてに共通する課題が、重要鉱物です。レアアースはもちろん、ガリウム、ゲルマニウム、ヘリウム3など、先端技術に不可欠な素材の多くが、特定地域に偏在しています。
Phrona:採掘できる国は他にもあるんですか?
富良野:埋蔵量自体は分散していることもあります。問題は精製・加工能力。たとえばレアアースは、他の国で採掘しても、精製するインフラが特定国に集中している。だから鉱石は世界各地で掘れても、使える形にするには結局その国を通さざるをえない。
Phrona:鉱山を掘るだけじゃ解決しないんですね。
富良野:報告書は、2035年までに「各重要鉱物の処理段階において、単一国への依存を65%以下に抑える」という目標を掲げています。そのために、国家防衛備蓄の拡大に20億ドル、地質調査に16億ドル、許認可プロセスの迅速化、リサイクルインフラの整備、代替材料の研究開発など、多面的なアプローチを提言しています。
Phrona:長期的な取り組みが必要そうですね。許認可だけで米国は平均29年かかるって書いてありましたけど。
富良野:世界で2番目に長い。だから報告書は、環境規制と安全保障のバランスを取りながら、プロセスを加速させる必要性を強調しています。ただ、これはトレードオフがある話で、環境保護の観点からは慎重な意見もあるでしょう。
輸出管理のジレンマ──広げすぎた網
Phrona:報告書は輸出管理についてもかなり率直に問題を指摘していますね。
富良野:ここは興味深いところです。米国は2022年以降、先端半導体に対する輸出規制を強化してきましたが、報告書は率直に「執行が追いついていない」と認めています。2021年時点で、デュアルユース品目の輸出は3200万件以上あったのに、執行エージェントは190人だけ。しかも特定地域には3人しかいなかった。
Phrona:規制を作っても、実際に守らせる力が足りないと。
富良野:輸出管理違反に対する罰則も、違法取引の利益に比べて小さすぎると。過去最高の罰金でも3億ドルで、これは取引収益よりかなり低い。だから抑止力にならない。
Phrona:規制を厳しくしても、穴だらけでは意味がない。
富良野:それどころか、過度に広範な規制は米国企業の競争力を損なうとも指摘しています。コンプライアンスコストが重くなり、同盟国への製品供給も遅れる。だから報告書の提言は、「より少なく、より強力な」輸出管理。つまり、規制対象を絞り込んで、違反への罰則を大幅に引き上げる方向です。
Phrona:量より質ということですね。
富良野:加えて、世界中で入手可能になった技術は規制リストから外すべきだとも。成熟した技術を規制し続けても、特定国の入手を防げないのに、米国企業だけが不利になる。4年ごとに規制リストを見直すプロセスも提案しています。
「経済安全保障センター」という構想
Phrona:報告書の目玉の一つに、商務省内に「経済安全保障センター」を設立するという提言がありますが、既存の省庁ではダメなんでしょうか?
富良野:いまは機能が分散しすぎているんです。輸出管理は商務省、投資審査は財務省、産業政策は各省庁バラバラ。それを調整する恒久的な仕組みがない。報告書は、このセンターに3つの役割を持たせることを提案しています。
Phrona:どんな役割ですか?
富良野:まず「政府内の調整役」。省庁横断の産業政策委員会をリードして、経済ウォーゲーム、つまり外部ショックへの対応シミュレーションを実施する。次に「技術アドバイザー」。柔軟な採用権限で専門家を集め、必要に応じて政府各所に技術的助言を提供する。新興技術の急速な分解・分析プログラムも担う。
Phrona:3つ目は?
富良野:「民間セクターのパートナー」。企業が政府に情報を共有しやすくする保護措置を整え、双方向のコミュニケーションチャネルを作る。中小企業向けに政府プログラムのガイドも提供する。報告書が強調しているのは、冷戦時代と違って、最先端技術の多くがいまは民間で開発されているということ。政府は採用者であって、発明者ではなくなっている。
Phrona:だから民間との協力関係がより重要になる。
富良野:そうです。でも現状では、企業が政府と情報を共有するインセンティブが弱い。機密情報の取り扱いリスクもある。だからサイバーセキュリティ情報共有法のような枠組みを参考に、企業が安心して情報を出せる仕組みが必要だと。
市場介入の「原則」を求めて
Phrona:報告書の最後のほうで、市場介入の原則について述べていますね。これは興味深かったです。
富良野:ここが報告書の哲学的な核心かもしれません。「経済安全保障」という概念が広がるにつれ、何でも安全保障の名のもとに介入できてしまうリスクがある。だから、いつ・どのように介入すべきかの判断基準が必要だと。
Phrona:具体的にはどんな原則ですか?
富良野:まず「市場の障害はあるか?」。デュアルユース技術の流出、サプライチェーンの過度な集中、戦略的分野への投資不足、情報の非対称性など、国家安全保障に影響する市場の失敗があるかどうか。
Phrona:普通の市場原理では解決しない問題がある、ということを確認するわけですね。
富良野:次に「目標は明確か?」。介入の目的を具体的に定義できるか。敵対勢力の軍事能力の「劣化」なのか、技術獲得の「遅延」なのか、サプライチェーンの「脱リスク」なのか。
Phrona:漠然と「安全保障のため」では不十分だと。
富良野:そして「実行可能か?」。代替手段がなく、超党派の支持があり、政府に実行能力があり、同盟国の協力が得られるか。最後に「コストとベネフィットのバランス」。報復リスク、米国企業への経済コスト、イノベーションへの影響、外交コスト、将来の経済力への影響。
Phrona:かなり包括的なチェックリストですね。
富良野:報告書は「過去の実務家からのアドバイス」も載せていて、たとえば「二次制裁の閾値を下げ、一次制裁の閾値を上げよ」とか「敵対勢力が適応することを前提に、措置を段階的に強化できる準備をせよ」とか。実践知が詰まっています。
技術覇権競争と私たちの暮らし
Phrona:この報告書を読んで、改めて思うのは、技術と安全保障の関係がこんなにも密接になっているということです。でも一般の人にとっては、遠い話に聞こえるかもしれませんね。
富良野:でも、実は身近なんですよ。たとえば、パンデミック時の医薬品不足。解熱剤が手に入りにくくなったことを覚えている人も多いでしょう。あれはサプライチェーン依存の縮図です。レアアース規制が発動されれば、スマートフォンや電気自動車の価格が跳ね上がる可能性もある。
Phrona:29兆ドルという数字は抽象的ですけど、その中身は私たちの日常に直結しているんですね。
富良野:報告書が繰り返し強調しているのは、これが単なる国家間競争ではなく、雇用や生活水準にも直結する話だということ。半導体製造のオンショアリングで37,000人の雇用、量子技術で2035年までに世界で84万人の雇用、といった数字も示されています。
Phrona:でも、報告書を読んでいて気になったのは、この「競争」の枠組み自体が、国際協力の余地を狭めないかということです。気候変動やパンデミック対策など、協力が不可欠な課題もありますよね。
富良野:それは重要な視点です。報告書も同盟国との連携は強調していますが、基本的には「競争に勝つ」という枠組みで書かれている。一方で、たとえば量子技術の国際連携や、バイオ分野での規制調和など、協力の側面にも触れてはいます。
Phrona:競争と協力のバランスをどう取るか、というのは、この報告書が直接答えを出していない問いかもしれませんね。
富良野:そうですね。報告書自身が認めているように、経済安全保障の「ドクトリン」、つまり体系的な思想はまだ確立されていない。この報告書は一つの重要な貢献ですが、議論はこれからも続くでしょう。
Phrona:「経済戦争の時代が到来したのに、米国はまだ前世紀の武器を振り回している」という表現がありましたね。ツールだけでなく、考え方そのものをアップデートする必要があるということでしょうか。
富良野:まさにそこだと思います。自由貿易と効率性を追求してきた国際経済秩序と、国家安全保障を優先する論理との間で、どう折り合いをつけるか。それは米国だけでなく、日本を含むすべての国が直面している問いです。
Phrona:29兆ドルの未来をめぐる競争。その行方は、技術力だけでなく、こうした問いにどう答えるかにもかかっているのかもしれませんね。
ポイント整理
「アメリカ・ファースト」の明確化と実行
2025年NSSは、イデオロギーではなく「アメリカにとって何が機能するか」を基準とする外交政策を明示的に打ち出した。2026年1月のベネズエラ軍事作戦は、この方針が言葉だけでなく行動を伴うものであることを示した。
民主主義推進政策の終焉、しかし政権転覆は実行
民主主義や人権の推進は優先事項から外れ、各国の「歴史的な統治形態」を尊重する姿勢へ転換。しかしベネズエラでは軍事作戦による政権転覆が行われ、「価値観のためではなく実利のための介入」という新たなパターンが出現した。
経済安全保障の台頭
COVID-19パンデミック、ウクライナ戦争、技術覇権競争を背景に、経済と国家安全保障が「融合」ではなく「衝突」している状況が生まれている。従来の効率性重視の国際経済秩序から、レジリエンス(回復力)と安全保障を重視する新たなパラダイムへの移行が進んでいる。
基盤技術の競争
AI、量子技術、バイオテクノロジーの3分野が、2040年までに年間29兆ドルの経済価値を生むと試算される。これらの技術は商業的価値だけでなく、軍事・情報・外交面での優位性を左右する。
サプライチェーンの脆弱性
米国はレアアースの70%(重希土類では99%)、データセンター・半導体部品(プリント基板30%、化学薬品60%)、医薬品原料(原料の80%、有効成分製造能力の33%)を特定国に依存。これらの「チョークポイント」は、紛争時に武器化されるリスクがある。
AI分野の現状
民間投資では米国がリード(2024年に1090億ドル)するが、製造インフラで脆弱性あり。データセンター建設速度でも遅れ(特定国より6-16ヶ月遅い)。光トランシーバー市場シェアは2017年の67%から2023年には43%に低下。
量子技術の競争
実用規模の量子コンピュータは2030年頃と予測。「Q-Day」(現行暗号が破られる日)への備えが急務。量子通信では特定国が1万km超のネットワークと量子衛星を保有しリード。量子への公的支援は特定国が153億ドルで米国の2倍以上。
バイオテクノロジーの依存
AI・ハイテク分野では「デカップリング」が進む一方、バイオ分野では依存が深化。新薬候補の1/3が海外発。FDAが必須と認定した医薬品の80%以上で国内製造源なし。海外のバイオR&D支出は10年で400倍増、特許シェアも急上昇。
重要鉱物の課題
採掘拠点は分散しうるが、精製・加工能力が特定国に集中。目標は2035年までに各鉱物の単一国依存を65%以下に。米国の鉱山許認可は平均29年と世界2番目に長く、プロセス改革が必要。
輸出管理の課題
規制対象拡大に執行能力が追いつかず。2021年時点で3200万件超の輸出に対し執行者190人。罰則が取引利益に比べ軽微で抑止力不足。報告書は「より少なく、より強力な」輸出管理への転換を提言。
政策提言
商務省内に「経済安全保障センター」設立(省庁横断調整、技術アドバイス、民間連携の3機能)、半導体化学薬品等の製造回帰に45億ドル投資、国防総省による量子コンピュータ調達(13億ドル)、先進バイオ製造ハブのネットワーク構築、国家防衛備蓄の拡大(20億ドル)など。
市場介入の原則
経済安全保障を理由とする介入の濫用を防ぐため、「市場の障害の有無」「目標の明確性」「実行可能性」「コストとベネフィットのバランス」という4つの判断基準を提示。
キーワード解説
【経済安全保障 (Economic Security)】
国家安全保障に影響を与える経済的要素の総体。狭義にはサプライチェーン、技術優位、投資制限などを指す
【チョークポイント (Chokepoint)】
特定の国や企業が支配し、代替が困難な経済上の要衝。地政学的武器として利用可能
【デュアルユース技術 (Dual-use Technology)】
民生・軍事の両方に応用可能な技術。AI、量子、バイオがその典型
【オンショアリング (Onshoring)】
海外に移転した生産・開発拠点を国内に回帰させること
【Q-Day】
量子コンピュータが現行の暗号技術を破れるようになる日。金融・通信・軍事の安全が一変する転換点
【レアアース(希土類)】
電子機器、永久磁石、防衛システムなどに不可欠な17種類の金属元素群
【API (Active Pharmaceutical Ingredient)】
医薬品の有効成分。薬効を発揮する主要な化学物質
【KSM (Key Starting Material)】
API製造の出発原料となる重要化学物質
【CRO/CDMO】
製薬企業から研究開発(CRO)や製造(CDMO)を受託する企業。バイオ分野で海外依存が進む
【BIS (Bureau of Industry and Security)】
米国商務省の産業安全保障局。輸出管理を担当
【CFIUS (Committee on Foreign Investment in the United States)】
対米外国投資委員会。安全保障の観点から外国投資を審査
【NQI (National Quantum Initiative)】
米国の国家量子イニシアチブ。量子技術R&Dへの連邦支援枠組み
【IC基板 (IC Substrate)】
半導体チップとプリント基板を接続する基材
【光トランシーバー (Optical Transceiver)】
データセンター内の情報伝送に使用される光通信部品