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「アメリカ・ファースト」の国家安全保障戦略は、世界秩序を書き換えるのか──ベネズエラ作戦が示した「言葉から行動へ」

更新日:1月5日

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:

Emily Harding, "The National Security Strategy: The Good, the Not So Great, and the Alarm Bells" (Center for Strategic and International Studies, 2025年12月5日)

概要:2025年12月に発表されたトランプ政権の国家安全保障戦略(NSS)を分析したコメンタリー。「アメリカ・ファースト」外交政策の具体化として、欧州への厳しい姿勢、中国との競争、民主主義推進政策の終焉などを検討し、長期的な同盟関係や世界秩序への影響について警鐘を鳴らしている。



2025年12月、トランプ政権が発表した国家安全保障戦略(National Security Strategy)は、単なる政策文書ではありませんでした。そこには、「アメリカは世界の秩序を支えるアトラスではない」という明確な宣言が刻まれています。民主主義の推進よりも繁栄を、同盟国への配慮よりも自国の利益を──そうした姿勢が、これまでになく鮮明に打ち出されました。


そして2026年1月3日、その戦略は言葉から行動へと移りました。米軍はベネズエラの首都カラカスへの大規模攻撃を実行し、マドゥロ大統領夫妻を拘束・国外連行。トランプ大統領は「我々がその国を運営する」と宣言しています。


欧州に対しては「自分の地域は自分で守れ」という厳しいメッセージが投げかけられ、アジアでは新たなモンロー主義が宣言されました。一方で、各国の主権を尊重し、内政に干渉しないという原則も掲げられていたはずです──ベネズエラへの軍事介入が、その原則とどう両立するのかは、大きな問いとして残ります。


富良野とPhronaが、この戦略の光と影、そして「警報ベル」について語り合います。政策文書に書かれた言葉が現実の軍事行動となったとき、世界の地政学にどのような波紋が広がるのか。二人の対話から見えてくるのは、同盟や価値観の意味が根本から問い直される時代の輪郭です。




「プラグマティック」の意味が変わる時


富良野:この国家安全保障戦略、公開された当初も衝撃的だったけど、年が明けてベネズエラの件があって、また違う読み方になってきましたね。


Phrona:文書が出てからまだ1ヶ月も経ってないのに、もう軍事作戦が実行されている。言葉が行動になるスピードが速い。


富良野:そう。で、この戦略文書、自分自身を「プラグマティックだけど"プラグマティスト"ではない」と定義しているのが面白いんです。


Phrona:それ、私も引っかかりました。普通に聞くと言葉遊びみたいだけど、たぶん意図的な差異化ですよね。


富良野:うん。従来の「現実主義」とか「理想主義」といった学術的なカテゴリーに自分を収めたくない、という意思表示だと思う。イデオロギーじゃなくて「アメリカにとって何が機能するか」だけで判断する、と。


Phrona:でも「何が機能するか」って、時間軸によって全然違いますよね。短期的に利益が出ることと、長期的に国力を維持することは、しばしば矛盾する。


富良野:まさにそこがCSISの分析者Hardingさんの懸念でもあって。今日の利己的な選択が、将来もっと孤独で弱いアメリカを生み出すかもしれない、と。


Phrona:ベネズエラ作戦は、短期的には「成功」かもしれないけど、長期的にどうなるかは……まだ誰にも分からない。


富良野:そうなんです。利己主義って、短距離走には向いてるけど、マラソンには向いてない戦略かもしれない。



民主主義推進の「終焉」、しかし政権転覆は行う


富良野:この戦略で最も大きな転換点は、民主主義推進政策の事実上の放棄だと言われていました。


Phrona:「民主主義を広める」っていう、冷戦以来のアメリカの看板を下ろす、ということですよね。


富良野:そうです。中東についての記述が象徴的で、湾岸の君主制国家に対して「伝統や歴史的な統治形態を捨てろと説教するのは間違いだった」と明言している。


Phrona:改革は「内発的に生まれたときだけ歓迎する」けど、外から押し付けない、と。


富良野:ところが、ベネズエラに対しては軍事作戦で政権を転覆させた。トランプ大統領は「我々がその国を運営する」とまで言っている。


Phrona:民主主義を広めるための介入はしないけど、別の理由での介入はする、ということ?


富良野:そういうことになりますね。ヘグセス国防長官は「ギャングや暴力の流入を止める」「麻薬の流入を止める」「盗まれた石油を取り戻す」と説明しています。価値観ではなく、実利のための介入。


Phrona:でもそれって、相手国からすると「アメリカの都合で政権を倒される」という点では同じですよね。民主主義のためでも石油のためでも。


富良野:そう。主権侵害という観点からは、動機が違っても行為は同じ。むしろ「価値観のため」という建前すらなくなった分、より露骨になったとも言える。



「主権尊重」と軍事介入の矛盾


Phrona:この戦略文書、「他国の内政に干渉しない」「主権を尊重する」って繰り返し書いてありますよね。


富良野:ええ。それは中国やロシアが長年主張してきたことでもあって、ある意味では彼らの懸念を和らげるメッセージだった。


Phrona:でもベネズエラへの軍事作戦は、主権国家への攻撃そのものです。現職の大統領を拘束して国外に連れ出すって……。


富良野:矛盾しているように見えますよね。ただ、戦略文書をよく読むと、ラテンアメリカについては別の論理が働いている。


Phrona:モンロー主義、ですか。


富良野:そう。「西半球ではアメリカが優越的地位を持つことが安全と繁栄の条件だ」と明記されている。つまり、この地域だけは例外扱いなんです。


Phrona:主権尊重にも「適用範囲」がある、と。


富良野:ヘグセス国防長官も「西半球におけるアメリカの抑止力と優位性の再確立」と言っていて、これは戦略文書の文言とほぼ一致しています。計画通りの行動だった可能性が高い。


Phrona:じゃあ、中東の君主制には説教しないけど、ラテンアメリカの政権は武力で転覆させる。欧州には文化的衰退を批判するけど、それは内政干渉ではない、と。


富良野:主権尊重の原則が、地域や相手によって伸び縮みする。それがこの戦略の実態かもしれません。



欧州への「厳しい愛」


富良野:欧州に対するトーンは、本当に厳しいですね。「厳しい愛」という表現を使っているけど、読んでいて愛はあまり感じない。


Phrona:自分の地域は自分で守れ、お金も自分で出せ、という。NATO加盟国への負担分担の要求自体は何十年も前からあったけど……。


富良野:今回はそれを超えて、欧州の「文明的な衰退」への批判まで踏み込んでいる。移民政策が大陸を変容させている、とか、出生率の低下、国民的アイデンティティの喪失、とか。


Phrona:それって外交文書というより、極右政党のマニフェストみたいな響きがありますよね。


富良野:Hardingさんも指摘しているけど、矛盾があるんですよ。この戦略は「他国の主権を尊重する」「君主制を批判しない」と言っておきながら、欧州には文化的なライフスタイルについて説教している。


Phrona:で、ベネズエラには軍事介入する。主権って何なんでしょうね。


富良野:結局、「アメリカの利益に合致するかどうか」が判断基準になっている。原則ではなく、都度の計算。


Phrona:ロシアとの緊張関係の一因が「欧州の自信喪失」にある、みたいなニュアンスもありましたよね。


富良野:ミュンヘン安全保障会議でのヴァンス副大統領の演説と同じトーンだと言われてます。欧州側からすると、アメリカがどこまで頼れるパートナーなのか、根本的に問い直す必要が出てきた。



中国へのメッセージ──安心と警戒と


Phrona:中国に対しては、どういうメッセージになっているんでしょう。


富良野:二面性がありますね。中国が「喜ぶ」部分と「嫌がる」部分が明確に分かれている。


Phrona:喜ぶ部分というのは?


富良野:他国の内政に干渉しない、主権を尊重する、という原則の明言。これは中国が長年主張してきたことそのものなので、体制安定への懸念が和らぐかもしれない。


Phrona:でもベネズエラを見ると、その原則には大きな例外があることが分かりましたよね。


富良野:そう。西半球では別のルールが適用される。で、新モンロー主義の宣言は中国にとって大問題なんです。ラテンアメリカから「敵対的な外部勢力」は出ていけ、と。


Phrona:ベネズエラ作戦は、その宣言が本気だったことを証明した形ですね。


富良野:CIAが8月から現地にチームを送り込んでマドゥロ大統領の動向を監視していた、という報道もあります。つまり戦略文書が出る前から準備は進んでいた。


Phrona:言葉と行動が一体になっている。中国がラテンアメリカで築いてきた関係も、これから相当な圧力を受けるでしょうね。


富良野:太平洋地域についても、抑止力強化の姿勢は堅持されている。Hardingさんは太平洋セクションは「強固」だと評価していますね。



「炎上する世界」を外科的に消火する


富良野:文書全体のレトリックについて、Hardingさんは「問題あり」と指摘してたんですよ。


Phrona:どういう意味で?


富良野:たとえば「核保有国間の分断の火種を外科的に消火する」という表現。火種を外科的に消すって、どういうオペレーションなのか、と。


Phrona:でも今回のベネズエラ作戦を見ると、文字通り「外科的攻撃」だったわけですよね。


富良野:そうなんです。曖昧なレトリックだと思っていたものが、実際の軍事行動として具現化した。


Phrona:ただ、「外科的」と言いながら負傷者が出ているという報道もありますよね。


富良野:ええ。コットン上院議員がルビオ国務長官から負傷者の確認を受けたと言っている。完全に「クリーン」な作戦というわけではなかった。


Phrona:型破りな外交、軍事力、経済的レバレッジ」を使う、と戦略文書には書いてあったけど、実際に見せられると……。


富良野:言葉の重みが変わりますよね。これからは、この政権が何か言ったら「本当にやるかもしれない」という前提で読まないといけない。



議会と法の問題


Phrona:国内的な反応はどうなんでしょう。


富良野:分かれていますね。ジョンソン下院議長は作戦を「正当化される」と支持している一方、民主党のケイン上院議員は戦争権限決議を取り上げるよう求めている。


Phrona:戦争権限決議というのは?


富良野:大統領が議会の承認なしに軍事行動を取れる範囲を制限する法律です。1973年にベトナム戦争の反省から作られた。大統領は48時間以内に議会に報告し、60日以内に議会の承認がなければ撤退しなければならない。


Phrona:今回の作戦は、その手続きを踏んでいるんですか。


富良野:トランプ政権は議会へのブリーフィングを「調整中」と言っているようですが、詳細はまだ分からない。いずれにせよ、法的な議論はこれから本格化するでしょう。


Phrona:戦略文書には議会との関係について何か書いてありましたっけ。


富良野:明示的には多くない。実務的には、大統領の裁量を最大限に活用する方針のように見えます。



同盟への投資と「長期的視野」


富良野:Hardingさんの結論部分は、かなり率直な警告になってますね。


Phrona:「アメリカ・ファースト」が逆にアメリカを弱くする可能性がある、と。


富良野:安全保障、開かれた貿易、民主主義、同盟関係──これらへの投資は、短期的にはコストでも長期的には「パックス・アメリカーナ」、つまりアメリカ主導の平和を維持するための条件だ、という主張です。


Phrona:インフラに喩えると分かりやすいかもしれません。道路や橋のメンテナンスって、目に見える利益が少ないから削りたくなるけど、放置すると崩壊する。


富良野:同盟関係もそうかもしれない。維持にコストがかかるけど、壊すともっと高くつく。


Phrona:ベネズエラ作戦は、短期的には「決断力」や「実行力」の証明になるかもしれないけど……。


富良野:長期的にラテンアメリカ諸国との関係がどうなるか、国際社会での孤立を招かないか、そういう計算は別問題ですよね。


Phrona:「厳しい愛」が本当に「愛」として機能するかは、相手がどう受け取るか次第。そして今回は、愛というより力の誇示に見える。



世界秩序の「ピボット・ポイント」


富良野:Hardingさんは分析の冒頭で「世界の仕組みにおける真の転換点」と書いていました。


Phrona:戦略文書が出た時点では、まだ言葉だけだった。でも今は……。


富良野:行動が伴った。それも、かなり劇的な形で。


Phrona:戦後ずっと続いてきたアメリカ主導の秩序が、根本から問い直されている。しかも、アメリカ自身の手で。


富良野:ただ、これが本当に持続可能な新秩序につながるのか、それとも過渡期の混乱を生むだけなのかは、まだ分からない。


Phrona:歴史って、あとから振り返らないと「あれが転換点だった」とは分からないものですよね。


富良野:そうなんです。この戦略とベネズエラ作戦が10年後にどう評価されているか。「英断だった」と言われているのか、「あれで崩れ始めた」と言われているのか。


Phrona:いずれにせよ、私たちは今その渦中にいる、ということですね。


富良野:うん。日本も含めて、「アメリカがすべて面倒を見てくれる」という前提は、もう通用しない。同時に、「アメリカは言ったことを本当にやる」という前提も、新たに加わった。


Phrona:どちらも、これからの外交を考える上で無視できない現実ですね。


 

 

ポイント整理


  • 「アメリカ・ファースト」の明確化と実行

    • 2025年NSSは、イデオロギーではなく「アメリカにとって何が機能するか」を基準とする外交政策を明示的に打ち出した。2026年1月のベネズエラ軍事作戦は、この方針が言葉だけでなく行動を伴うものであることを示した。

  • 民主主義推進政策の終焉、しかし政権転覆は実行

    • 民主主義や人権の推進は優先事項から外れ、各国の「歴史的な統治形態」を尊重する姿勢へ転換。しかしベネズエラでは軍事作戦による政権転覆が行われ、「価値観のためではなく実利のための介入」という新たなパターンが出現した。

  • 「主権尊重」原則の選択的適用

    • 戦略文書は他国の主権尊重を掲げるが、ベネズエラへの軍事介入は主権国家への攻撃そのもの。新モンロー主義により西半球は例外扱いされ、主権尊重の原則は地域や相手によって異なる適用を受けることが明らかになった。

  • 欧州への厳しいメッセージ

    • 同盟国への負担分担要求を超えて、欧州の移民政策、出生率低下、国民的アイデンティティの喪失といった文化的側面への批判を含む。主権尊重を掲げながら欧州には説教し、ベネズエラには軍事介入するという二重基準が指摘される。

  • 中国への二面的アプローチの現実化

    • 内政不干渉と主権尊重の原則は中国の懸念を和らげる一方、ベネズエラ作戦は新モンロー主義が実行段階にあることを証明。ラテンアメリカにおける中国の影響力排除が本気であることが示された。

  • レトリックから行動へ

    • 「外科的に消火する」といった曖昧に見えた表現が、実際の軍事作戦として具現化。今後はこの政権の言葉を「本当に実行される可能性がある」という前提で読む必要がある。

  • 国内法的議論の開始

    • 戦争権限決議に基づく議会の関与を求める声が民主党側から上がっている。大統領の軍事行動に対する議会のチェック機能が今後の焦点となる可能性。

  • 短期的成果vs長期的安定

    • ベネズエラ作戦は短期的には「決断力の証明」となりうるが、ラテンアメリカ諸国との関係や国際社会での立場への長期的影響は未知数。

  • 世界秩序の転換点

    • 戦略文書の発表からベネズエラ作戦まで1ヶ月足らずで、言葉が行動に移された。戦後アメリカ主導の国際秩序に対する根本的な問い直しが、理論から現実へと移行している。



キーワード解説


国家安全保障戦略(NSS)】

大統領が議会に提出する、国家安全保障に関する包括的な政策文書。外交・軍事・経済政策の指針を示す。


アメリカ・ファースト(America First)】

自国の利益を最優先とする外交・経済政策の理念。トランプ政権の基本方針として掲げられている。


パックス・アメリカーナ(Pax Americana)】

アメリカの覇権によって維持される国際的な平和と安定。ローマ帝国時代の「パックス・ロマーナ」になぞらえた表現。


モンロー主義(Monroe Doctrine)】

1823年にモンロー大統領が提唱した、欧州諸国の南北アメリカ大陸への干渉を拒否する外交原則。現代版は域外国のラテンアメリカへの進出を警戒し、米国の優越的地位を主張する文脈で使用される。


戦争権限決議(War Powers Resolution)】

1973年成立の連邦法。大統領の軍事行動に対する議会の関与を定め、48時間以内の報告義務と60日以内の議会承認を求める。


負担分担(Burden Sharing)】

同盟国間で防衛費用や責任を分担すること。NATO加盟国に対するGDP比2%の防衛費支出要求などが典型例。


ミュンヘン安全保障会議(Munich Security Conference)】

毎年ドイツのミュンヘンで開催される、安全保障政策に関する国際会議。各国首脳や外相が参加し、重要な政策演説の場となる。


外科的攻撃(Surgical Strike)】

民間への被害を最小限に抑え、特定の標的のみを精密に攻撃する軍事作戦。ただし実際には完全な精密性は困難な場合が多い。


ハイブリッド戦争(Hybrid Warfare)】

軍事力と非軍事的手段(サイバー攻撃、偽情報、経済的圧力など)を組み合わせた現代的な紛争形態。



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
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