「石油のために大統領を拘束する」──21世紀の資源帝国主義とは何か
- Seo Seungchul

- 1月3日
- 読了時間: 12分

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:
Dharna Noor et al. "Trump’s claims to Venezuelan oil are part of broader ‘resource imperialism’, experts say" (The Guardian, 2025年12月24日)
William Christou "Why has US attacked Caracas and captured Venezuela’s president?" (The Guardian, 2026年1月3日)
2026年1月3日、世界は衝撃的なニュースで目を覚ましました。アメリカがベネズエラの首都カラカスを空爆し、現職大統領ニコラス・マドゥロを拘束、国外に連行したというのです。麻薬密売対策を名目としながら、その背後には世界最大の石油埋蔵量を誇る国への支配欲が見え隠れします。
トランプ政権は就任以来、ベネズエラへの圧力を強め、石油タンカーを拿捕し、「押収した石油は戦略備蓄に使うかもしれない」と公言してきました。専門家たちはこれを「資源帝国主義(resource imperialism)」と呼び、イラク戦争との類似性を指摘しています。体制転換のレトリック、安全保障上の口実、そして石油への関心──この組み合わせは既視感があります。
しかし問題は、こうした動きが単なる一国の暴走なのか、それとも国際秩序そのものの変質を示しているのか、という点です。グリーンランドの鉱物資源への執着、ウクライナとの資源アクセス協定、イランへの制裁強化──これらは点ではなく線として繋がっているように見えます。
富良野とPhronaが、この「資源をめぐる力の論理」について語り合います。21世紀の国際関係は、どこへ向かおうとしているのでしょうか。
「勝って、奪う」という論理
富良野:正直なところ、ここまで露骨な形で動くとは思っていなかったんですよね。現職の大統領を拘束して国外に連れ出すって、国際法的にはほとんど前例がない。
Phrona:私も最初、ニュースを見たとき目を疑いました。でも振り返ってみると、この数ヶ月の流れって、ずっと予兆はあったんですよね。石油タンカーの拿捕とか、カリブ海での空爆とか。
富良野:そうなんです。で、興味深いのは、トランプ大統領自身が以前から言っていたことがそのまま実行されているという点で。2015年の時点で「戦争に勝ったら石油を取る」「それは窃盗じゃない、払い戻しだ」って発言してるんですよ。
Phrona:払い戻し、ですか。戦争のコストを相手国の資源で回収するという発想……それって、すごく古い論理ですよね。19世紀的というか。
富良野:まさにそこなんです。専門家が「資源帝国主義」と呼んでいるのは、まさにその点で。国家の力によって他国の資源を支配・抽出する権利があるという信念。これが政策として一貫している。
Phrona:イラク、シリア、そしてベネズエラ。でも今回は「麻薬密売」が名目になっていますよね。フェンタニルを「大量破壊兵器」と呼んだり。
富良野:そこがイラク戦争との類似点として指摘されているところです。体制転換のレトリック、安全保障上の口実、そして石油への関心。この三点セットは、たしかに見覚えがある。
Phrona:ただ、イラクの時はもう少し国際的な建前があったように思うんです。国連決議とか、同盟国の支持とか。今回はそういうものがほとんどない状態で進んでいる。
富良野:そこは大きな違いですね。ある専門家は「トランプ政権と過去の政権の違いは主にスタイルの問題だ」と言っていて。以前の政権も同じように資源の戦略的支配を追求していたけど、多国間主義や市場の安定という言葉で覆い隠していた。今はその抽出の論理を直接口にしている、と。
Phrona:覆いが取れた、ということですか。
富良野:そう見ることもできる。ただ、覆いがあるかないかで、国際秩序への影響はかなり違ってくるとも思うんですよね。
グリーンランド、ウクライナ、イラン──点と線
Phrona:ベネズエラだけの話じゃないんですよね。グリーンランドへの執着も、同じ文脈で見えてくる。
富良野:グリーンランドには膨大なコバルト、ニッケル、銅、リチウムの埋蔵量がある。バッテリーや電気自動車、兵器システムに不可欠な希少鉱物です。ホワイトハウスは現地最大のレアアース採掘プロジェクトへの直接出資を検討していると報じられています。
Phrona:デンマークの自治領に対して、武力行使の可能性を排除しないと言ったんでしたっけ。同盟国に対してそこまで言うのは……。
富良野:異例ですね。副大統領も「中国やロシアが北極圏の鉱物に関心を持っている」「アメリカがリードしなければ他の国がその隙間を埋める」と発言している。
Phrona:ウクライナとの協定も、似たような構図がありますよね。軍事支援の見返りに鉱物とウランへの優先アクセスを得るという。
富良野:そうなんです。で、イランに対しては制裁と軍事的威嚇で石油収入を断とうとしている。「イランから石油を買う国や個人には即座に二次制裁を課す」と。
Phrona:全部バラバラに見えて、実は一つのロジックで繋がっているということですか。
富良野:ある研究者は「部屋の中の象」、つまり誰もが気づいているけど言いにくいことは、中国との緊張の高まりだと言っていました。米中対立が、エネルギーや産業のサプライチェーン全体を支配しようとする動きを後押ししている、と。
Phrona:資源へのアクセスが、地政学的な力の源泉として再び前景化してきている。
富良野:ええ。で、これは太陽光と風力を除いた「ほぼ全ての」エネルギー源を活用するという戦略と結びついている。再生可能エネルギーへの転換よりも、化石燃料の支配を優先している。
Phrona:ある専門家が「これは本質的に資源ナショナリズムだ」と言っていましたね。化石燃料の優位性が国家の力の鍵だと見なしていて、国際規範や気候科学がどう言おうと気にしない、と。
「グリーン詐欺」と呼ばれるもの
富良野:国連での演説で「グリーン詐欺から離れなければ、あなたの国は失敗する」と各国に警告したんですよね。
Phrona:詐欺、という言葉を使うのは強烈ですね。気候変動対策そのものを否定しているわけで。
富良野:「強固な国境と伝統的なエネルギー源が必要だ」という発言もあった。国境管理と化石燃料が、国家の偉大さの条件として並置されている。
Phrona:でも皮肉なのは、気候変動の影響を最も受ける地域の一つが、まさにカリブ海やベネズエラ周辺なんですよね。ハリケーンの激化とか、海面上昇とか。
富良野:そこは重要な点です。ある元政権高官は「急速な脱炭素化の明確な必要性を考えると、これは非常に残念なことだ」と言っていた。「これは短期的な賭けであり、みんなに大きな代償を払わせることになる。現在と将来の世代にとって、壊滅的な過ちだ」と。
Phrona:短期的な賭け、という表現が印象的です。資源を手に入れても、その資源を使い続けることの帰結は……。
富良野:ええ、長期的には自分たちの首を絞めることになりかねない。ただ、政策の時間軸と気候変動の時間軸が全然違うんですよね。選挙サイクルは四年、気候変動の影響は数十年から百年単位で現れる。
Phrona:政治家にとっては、今ここにある資源の価値の方が、将来の気候リスクより重く見えてしまう。
富良野:合理的といえば合理的なんです、短期的には。ただその「合理性」が集積すると、集合的には破滅的な結果を招く。
拘束されたマドゥロ、残された問い
Phrona:マドゥロ大統領自身についても少し話しておきたいんですが……彼の統治が民主的だったかというと、それはまた別の問題ですよね。
富良野:そうですね。国連の推計では2019年時点で2万人以上が超法規的処刑で殺害されたとされています。司法の独立も侵食されていて、法の支配は悪化している。2024年の大統領選でも、野党が勝利したという証拠があるにもかかわらず、権力に固執した。
Phrona:つまり、独裁的な指導者であることと、外国に拘束されることの是非は、別々の問いとして考える必要がある。
富良野:まさにそこなんです。マドゥロ政権の正統性の問題と、外国による武力介入の正当性の問題は、分けて考えないといけない。
Phrona:国内で選挙を盗んだ人を、外国が力で排除していいのか。それは誰が決めるのか。
富良野:国際法的には、たとえ相手が独裁者であっても、主権国家の指導者を他国が武力で拘束することは認められていない。ただ、「人道的介入」の議論は常にあって、その線引きは曖昧なままなんですよね。
Phrona:今回は「人道」よりも「麻薬」と「安全保障」が前面に出ていますね。人道を名目にしていないところが、ある意味正直というか……。
富良野:皮肉な見方をすれば、そうかもしれない。ただ、麻薬密売の主張自体、専門家は証拠が乏しいと言っている。名目と実態の乖離は、イラク戦争の大量破壊兵器と似た構図です。
「混乱が長引く」というシナリオ
Phrona:これからどうなるんでしょう。マドゥロは拘束されたけど、ベネズエラの軍や制度はまだ残っている。
富良野:国防大臣は抵抗を呼びかけていますね。「自由のための戦い」だと。ただ、アメリカがどこまで関与を続けるのかは不明です。今回の作戦が始まりなのか、一回限りなのか。
Phrona:以前行われた戦争シミュレーションでは、ベネズエラの指導部が「斬首」された場合、長期的な混乱が予測されていたんですよね。
富良野:難民が流出し、国内で複数のグループが権力を争う。「明確な出口のない長期的な混乱」という予測でした。
Phrona:イラクやリビアの後を思い出しますね。指導者を排除しても、その後の安定をどう作るかという問題は残る。
富良野:むしろ、その問題こそが本質かもしれない。資源を手に入れることと、その地域に秩序を維持することは、全く別の課題です。
Phrona:資源帝国主義の論理は、「取る」ところまでは説明できても、「その後」については沈黙している。
富良野:そこが一番怖いところかもしれませんね。
国際秩序の「覆い」が剥がれる時
Phrona:最初の話に戻るんですが、過去の政権との違いはスタイルだという指摘がありましたよね。でも、スタイルの違いって、本当に「だけ」の問題なんでしょうか。
富良野:僕もそこは引っかかっていて。多国間主義や市場の安定という「覆い」があったからこそ、曲がりなりにも国際秩序が維持されていた面がある。その覆いが取れると、他の国も同じ論理で動き始める可能性がある。
Phrona:力があれば資源を取っていい、という論理が正面から肯定されると、それを抑制する規範がなくなる。
富良野:その通りです。で、そうなると、軍事力で劣る国は非常に脆弱な立場に置かれる。資源を持っていることが、逆にリスクになる。
Phrona:資源の呪い(resource curse)という言葉がありますけど、それとはまた違う意味での「呪い」ですね。
富良野:外から見て価値があるがゆえに、介入や支配の対象になる。これは冷戦期にも見られた構図ではあるんですが……。
Phrona:今回違うのは、それを「正当化する言葉」すら省略されているということ。
富良野:ええ。「窃盗じゃない、払い戻しだ」という言い方は、法的・倫理的な正当化を放棄している。力があるから取る、以上。
Phrona:そういう世界観が支配的になったとき、小さな国や資源国はどう振る舞えばいいんでしょうね。
富良野:それは……正直、わからない。ただ、歴史的に見れば、露骨な力の行使に対しては必ず反発や抵抗が生まれてきた。その形がどうなるかは、これから見ていくしかないんでしょうね。
ポイント整理
資源帝国主義の顕在化
トランプ政権の一連の行動は、専門家によって「資源帝国主義」と呼ばれている。これは国家の力によって他国の資源を支配・抽出する権利があるという信念に基づく政策であり、ベネズエラの石油だけでなく、グリーンランドの希少鉱物、ウクライナの資源、イランの石油収入遮断など、複数の地域で一貫して現れている。
イラク戦争との類似性
批評家たちは今回のベネズエラへの軍事行動をイラク戦争と比較している。体制転換のレトリック、安全保障上の口実(今回は麻薬密売とフェンタニルの「大量破壊兵器」指定)、そして石油への関心という三点セットは、2003年の構図と酷似している。
過去の政権との連続性と断絶
ある専門家は、トランプ政権と過去の政権の違いは「主にスタイルの問題」だと指摘。以前の政権もエネルギーや鉱物の戦略的支配を追求していたが、多国間主義や市場の安定という言葉で覆い隠していた。現政権はその抽出の論理を直接口にしている点が異なる。
中国との競争が背景に
専門家によれば、米中対立が資源支配への動きを加速させている。エネルギーや産業のサプライチェーン全体を支配しようとする戦略は、中国の台頭への対抗措置として位置づけられている。
気候変動政策との矛盾
現政権は太陽光と風力を除いた「ほぼ全ての」エネルギー源を活用する戦略を採用。国連で各国に「グリーン詐欺から離れよ」と警告するなど、脱炭素化に逆行する姿勢を示している。ある元政権高官はこれを「現在と将来の世代にとって壊滅的な過ち」と評した。
マドゥロ政権の問題と介入の正当性は別問題
ベネズエラのマドゥロ政権は独裁的であり、人権侵害の記録がある。しかし、国際法的には主権国家の指導者を他国が武力で拘束することは認められておらず、政権の正統性の問題と外国による武力介入の正当性は分けて考える必要がある。
介入後の不確実性
過去の戦争シミュレーションでは、ベネズエラ指導部の排除後に「明確な出口のない長期的な混乱」が予測されていた。難民の流出や国内の権力闘争など、イラクやリビアの事例が想起される状況である。
国際秩序への影響
「力があれば資源を取っていい」という論理が正面から肯定されることで、それを抑制する国際規範が弱体化する可能性がある。資源を持つことが外部からの介入リスクになるという新たな形の脆弱性が生まれている。
キーワード解説
【資源帝国主義(resource imperialism)】
国家の軍事力や経済力を用いて他国の天然資源を支配・抽出しようとする政策や信念。植民地主義時代の資源収奪と類似した構図を現代的な文脈で再現するもの。
【体制転換(regime change)】
外国の政府を武力や政治的圧力によって転覆させ、新たな政権に置き換えること。イラク戦争やリビア介入の際にも用いられた概念。
【二次制裁(secondary sanctions)】
制裁対象国と取引する第三国の企業や個人に対して課される制裁。イランへの圧力強化の文脈で、石油購入者に対して適用すると警告された。
【希少鉱物(rare earth minerals / critical minerals)】
バッテリー、電子機器、電気自動車、兵器システムなどに不可欠な鉱物資源。コバルト、ニッケル、リチウム、銅などを含み、グリーンランドやウクライナとの交渉の焦点となっている。
【資源ナショナリズム(resource nationalism)】
自国の天然資源を国家の力と富の源泉と見なし、その支配を外交・経済政策の中心に据える考え方。
【トランプ系論(Trump corollary)】
2025年12月に発表された政策で、西半球は政治的・経済的・商業的・軍事的にアメリカが支配すべきであり、エネルギーや鉱物資源へのアクセスのために軍事力を使用できるとする方針。モンロー主義の現代版とも評される。
【斬首作戦(decapitation)】
敵国の指導部を排除することで、政権や組織の機能を麻痺させることを目的とした軍事作戦。マドゥロ拘束はこの概念に該当する。
【資源の呪い(resource curse)】
豊富な天然資源を持つ国が、かえって経済発展や民主化に失敗しやすいという逆説的な現象。今回の文脈では、資源を持つことが外部からの介入を招くリスクという新たな意味が加わる。