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アニメ制作会社が次々と消えていく──「利益なき繁忙」の正体

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:株式会社帝国データバンク "アニメ制作の倒産・廃業、3年連続で増加へ" (PR Times, 2025年11月5日)

  • 概要:2025年1-9月にアニメ制作会社8社(倒産2件、休廃業・解散6件)が市場から退出。市場規模は拡大しているが、制作コストの高騰や人件費増加により「利益なき繁忙」状態が続き、元請制作の約6割が業績悪化。適正な取引環境の構築と人材育成が急務とされている。



アニメ産業の市場規模は拡大を続け、海外での評価も高まっている。それなのに、なぜアニメ制作会社の倒産や廃業が3年連続で増加しているのか。2025年1月から9月だけで8社が市場から退出し、秋アニメの放映延期が相次ぐなど、現場の苦境が表面化している。


問題の核心にあるのは「利益なき繁忙」という矛盾だ。受注は増えても、制作コストの高騰や人件費の増加を価格に転嫁できない構造が、制作現場を追い詰めている。特に版権収入などの安定した収益基盤を持たない中小制作会社ほど、この矛盾に苦しんでいる。


富良野とPhronaが、この業界構造の歪みと、人材育成や取引環境の改善という課題について語り合う。繁忙なのに利益が出ない、作品がヒットしても恩恵が届かない——そんな不条理な状況から、持続可能な制作環境への道筋を探っていく。




繁忙なのに利益が出ない矛盾


富良野:このデータ、見れば見るほど不思議なんだよね。市場規模は過去最高を更新し続けているのに、制作会社は次々と倒れていく。元請制作の6割が業績悪化って、普通じゃありえない数字だよ。


Phrona:そうなんですよ。しかも倒産している企業の中に、下請けだけじゃなくて「元請・グロス請」って呼ばれる、ある程度力のある制作会社が含まれているのが気になって。過去5年間で退出した会社の約半数がそうだったって。


富良野:そこが核心だと思う。グロス請っていうのは、ある話数を丸ごと請け負って完成させる仕事だから、それなりに体力のある会社じゃないとできないはずなんだ。それが潰れるということは、単に小規模零細が淘汰されているんじゃない。


Phrona:構造的に何かがおかしいってことですよね。記事には「利益なき繁忙」って言葉が出てきますけど、まさにそれ。忙しいのに儲からないって、どういう状況なんでしょう。


富良野:コロナ禍で一度受注が減って、その後急激に需要が戻ってきた。でも現場の供給能力は簡単には戻せない。だから海外への外注を増やすしかなかったんだけど、そこに円安が直撃した。


Phrona:ああ、なるほど。外注費が跳ね上がっても、すでに契約している制作費は変えられないから、その差額を会社が被るしかないわけですね。


富良野:そう。しかも制作費自体の交渉力が弱い。製作委員会方式で、複数の出資企業が集まってプロジェクトを組むから、制作会社は立場が弱くなりがちなんだよ。


Phrona:待ってください。市場は大きくなっているのに、作っている人たちにお金が回らない構造があるってことですか。それって、豊かな食卓の下で料理人が飢えているようなものじゃないですか。


版権を持たない者の不利


富良野:もう一つ重要な問題がある。IP、つまり版権を持っているかどうかで、天と地ほどの差がつくんだ。作品がヒットしても、制作会社が版権を持っていなければ、その恩恵はほとんど届かない。


Phrona:制作費をもらって終わり、ってことですか。


富良野:基本的にはね。グッズが売れようが、海外配信で大ヒットしようが、制作会社には追加の収入がない。一方で、製作委員会に出資している企業は、その利益を受け取れる。


Phrona:でも、制作会社が製作委員会に出資すればいいんじゃないですか。


富良野:それができるのは、資金力のある大手だけなんだよ。中小の制作会社は、そもそも運転資金も厳しい状態で、出資に回すお金なんてない。だから、どれだけいい作品を作っても、次の仕事をまた請け負うしかない。


Phrona:それ、すごく不公平ですよね。作品を実際に作っている人たちが、その作品の成功から最も遠いところにいる。


富良野:逆説的だけど、だからこそ中小制作会社は仕事を受け続けるしかないんだ。次の制作費を得るために。それが「利益なき繁忙」の本質でもある。


Phrona:回転し続けないと倒れる自転車みたいですね。でも、スピードを上げれば上げるほど、どこかで転倒する。


人材が育たない、定着しない構造


富良野:ここに人材の問題が重なってくる。2025年の秋アニメで放映延期が相次いだのは、単なる偶然じゃない。業界全体でアニメーターが足りていないんだ。


Phrona:でも、アニメーターになりたい人はたくさんいますよね。毎年、専門学校や美大から人が出てきているはずなのに。


富良野:入ってくる人はいるんだよ。問題は、続けられないこと。新人アニメーターの初任給が信じられないくらい低い。動画マンと呼ばれる見習いの段階では、月収10万円台なんてザラにある。


Phrona:それ、生活できないじゃないですか。


富良野:だから実家から通えるか、パートナーに養ってもらえるか、貯金を切り崩すか。そういう人じゃないと、この業界で修行を積むことができない。


Phrona:つまり、経済的に余裕のある人しか夢を追えないってことですね。それって、才能のある人が入ってこられないってことでもある。


富良野:その通り。しかも、やっと技術が身についてきたころには、もう体力的にも経済的にも限界が来ている。だから、せっかく育った人材が業界を離れていく。


Phrona:人材育成のサイクルが回っていないんですね。投資しても、それが次の世代に繋がらない。


富良野:そう。だからベテランのアニメーターはますます貴重になり、取り合いになる。スケジュールは過密になり、品質管理も難しくなる。そして放映延期が起こる。


Phrona:悪循環ですね。市場は大きくなっているのに、それを支える基盤が脆くなっていく。


価格転嫁できない理由


富良野:記事では「製作委員会に出資する企業を中心に制作費の値上げには柔軟に応じる姿勢もみられる」って書いてあるけど、これ、どこまで実効性があるのかな。


Phrona:言葉としては前向きに聞こえますけど、何か引っかかりますよね。


富良野:製作委員会方式って、リスク分散のためのシステムなんだ。複数の企業が少額ずつ出資して、失敗しても傷を浅くする。でも逆に言えば、誰も大きな責任を取りたがらない。


Phrona:みんなでちょっとずつ出すから、誰か一人が「もっと出そう」とは言いにくい。


富良野:そう。しかも制作会社は、発注側との力関係で弱い立場にある。値上げを強く要求すれば、次の仕事が来なくなるかもしれない。だから、苦しくても受け入れてしまう。


Phrona:それって、個々の企業の問題というより、業界全体の力学の問題ですよね。誰か一人が改善しようとしても、システム全体が変わらなければ意味がない。


富良野:まさに。だから「適正な取引環境の構築」が必要だって記事は言っているんだけど、これは個別企業の努力では解決できない。業界団体や、場合によっては公的な関与も必要かもしれない。


Phrona:下請法みたいな枠組みを、もっと実効性のある形で機能させるとか。


富良野:それも一つの方法だね。あるいは、制作費の標準化とか、最低価格の設定とか。ただ、そうすると今度は柔軟性が失われるというジレンマもある。


Phrona:難しいですね。市場メカニズムに任せると弱い立場の人が搾取されるけど、規制を強めると創造性や多様性が損なわれるかもしれない。


持続可能性という視点


富良野:結局のところ、この業界は短期的な効率を追求しすぎたんじゃないかな。安く早く大量に作る、というモデルに傾きすぎた。


Phrona:でも、それって需要側の要求でもあるんじゃないですか。配信プラットフォームは常に新しいコンテンツを求めているし、視聴者も次々と新作を見たいって思っている。


富良野:その通り。だから、制作会社だけの問題じゃない。配信側、製作委員会、そして僕たち視聴者も含めて、何を大切にするかを考え直す必要がある。


Phrona:持続可能性、ですね。環境問題と同じで、今この瞬間に最大限搾取すれば、未来には何も残らない。


富良野:アニメ産業が持続可能であるためには、作り手が生活できて、次の世代が育つ環境が必要なんだ。それは、今よりもコストがかかるかもしれない。


Phrona:でも、それを負担するのは誰なんでしょう。製作委員会の出資企業?配信プラットフォーム?それとも、視聴者が高い配信料を払う?


富良野:多分、全員が少しずつ負担する形になると思う。配信料が上がるかもしれないし、広告が増えるかもしれない。でも、それが業界を支えるコストなら、仕方ないんじゃないかな。


Phrona:私たちが求める「豊かなコンテンツ」の対価として、適正な負担をする。そういう文化が育たないと、この問題は解決しないかもしれませんね。


富良野:そうだね。安くて質の高いものを求める文化は、どこかで限界が来る。


変化の兆しはあるのか


Phrona:でも、変わろうとしている動きもあるんですよね。記事にもあったように、制作費の値上げに応じる姿勢とか。


富良野:少しずつだけどね。あと、クラウドファンディングで制作資金を集める動きとか、Netflixみたいなプラットフォームが制作費を全額出す「買い切り」方式とか、新しいモデルも出てきている。


Phrona:買い切りだと、製作委員会を通さずに済むから、制作会社の取り分が増える可能性がありますね。


富良野:その代わり、版権も全部プラットフォーム側に行くことが多いから、一長一短ではあるんだけど。少なくとも、安定した制作費は確保できる。


Phrona:完璧な解決策はないけれど、多様なモデルが共存することで、業界全体が少しずつ健全になっていくかもしれない。


富良野:そう思う。あと、人材育成への投資も、ようやく意識され始めている。若手アニメーターの待遇改善とか、育成プログラムの充実とか。


Phrona:それは重要ですよね。結局、どんな仕組みを作っても、人が育たなければ何も回らない。


富良野:ただ、育成には時間がかかる。今すぐ効果が出るわけじゃない。だからこそ、今から始めないといけない。


Phrona:長期的な視点が必要なんですね。四半期決算の数字だけを見ていたら、人材育成への投資なんて無駄に見えるかもしれないけれど。


富良野:そう。だから、業界全体で共有されるビジョンが必要なんだ。10年後、20年後も、この業界が豊かであるために、今何をすべきか。


文化を支えるということ


Phrona:この問題を考えていると、アニメって単なる商品じゃないんだなって改めて思います。文化なんですよね。


富良野:そうだね。日本のソフトパワーとしても重要だし、多くの人の心を動かす表現でもある。


Phrona:でも、文化を支えるって、簡単じゃない。効率や収益だけで測れない価値がある一方で、作り手が食べていけなければ続かない。


富良野:その両立が難しいんだよね。芸術性と経済性のバランス。


Phrona:昔は、パトロンがいたり、国が支援したりしていましたよね。今は市場原理に任せることが多いけれど、それだけでは守れないものもあるんじゃないかって。


富良野:文化政策としてのアニメ産業支援、という視点は確かにあり得るね。ただ、それが過度な介入にならないようにするバランスも大事だけど。


Phrona:誰が、どうやって、この文化を支えていくのか。それを考えるタイミングに来ているのかもしれません。


富良野:秋アニメの放映延期は、ある意味でアラームだったのかもしれないね。このままでは持続できないっていう。


Phrona:でも、アラームが鳴っているうちに気づけたなら、まだ間に合うかもしれない。


富良野:そうだといいね。この業界を愛している人たちが、もっと報われる仕組みになってほしいと思う。



 

ポイント整理


  • 市場拡大と倒産増加の矛盾

    • アニメ産業の市場規模は過去最高を更新し続けているが、2025年1-9月だけで8社の制作会社が倒産・廃業。3年連続での増加が見込まれており、元請・グロス請など比較的力のある制作会社の退出が目立つ。

  • 「利益なき繁忙」の構造

    • 制作現場は受注増で多忙を極めているが、制作コストの高騰や人件費増加を価格に転嫁できず、元請制作の約6割が業績悪化。コロナ後の受注急増で海外外注が増えたところに円安が重なり、外注費高騰が収益を圧迫。

  • 版権の有無による格差

    • 版権を持たない中小制作会社は、作品がヒットしても追加収入を得られない構造。製作委員会に出資できる大手企業との格差が固定化し、中小は次の制作費を得るために仕事を受け続けるしかない悪循環に陥っている。

  • 人材育成サイクルの崩壊

    • 新人アニメーターの低賃金(月収10万円台も珍しくない)により、経済的余裕のある人しか修行期間を乗り越えられない。せっかく育った人材も、体力的・経済的限界で業界を離れ、ベテラン不足とスケジュール過密を招いている。

  • 価格転嫁の困難さ

    • 製作委員会方式はリスク分散のシステムだが、誰も大きな責任を取りたがらない構造でもある。制作会社は発注側との力関係で弱い立場にあり、値上げ要求が次の受注に響く可能性があるため、苦しくても受け入れてしまう。

  • 持続可能性への警鐘

    • 2025年秋アニメの放映延期続発は、業界全体のキャパシティ限界を示すアラーム。短期的効率追求から脱却し、作り手が生活でき次世代が育つ環境整備が急務。適正な取引環境構築には、個別企業の努力を超えた業界全体の構造改革が必要。

  • 新しいモデルの萌芽

    • クラウドファンディングやNetflixなどによる買い切り方式など、従来の製作委員会方式以外の資金調達モデルも登場。多様なモデルの共存により、業界全体の健全化が進む可能性がある。

  • 文化としてのアニメ

    • アニメは単なる商品ではなく日本の重要な文化であり、芸術性と経済性のバランスをどう取るかが課題。市場原理だけでは守れない価値をどう支えるか、文化政策としての視点も含めた議論が必要。



キーワード解説


元請・グロス請】

元請はアニメ制作全体を統括する制作会社。グロス請は特定の話数を丸ごと請け負って完成させる制作形態。いずれも下請けの専門スタジオより上位に位置し、作品完成の責任を持つ。


製作委員会方式】

複数の企業(テレビ局、広告代理店、出版社など)が出資してアニメ制作のリスクを分散する仕組み。出資企業は版権収入を得られるが、制作会社が出資しない場合は制作費のみの収入となる。


IP(版権)】

Intellectual Property(知的財産)の略。キャラクターやストーリーなどの権利を指し、グッズ販売や配信、二次利用などの収益源となる。版権を持つかどうかで、作品のヒット時の恩恵が大きく変わる。


動画マン】

アニメーターの見習い段階。原画と原画の間を埋める中割り作業を担当する。単価が非常に低く、月収10万円台という低賃金が問題視されている。


利益なき繁忙】

受注が増えて現場は多忙を極めているが、コスト増を価格転嫁できず利益が出ない状態。増収しても制作コストや人件費の増加がそれを上回り、経営が悪化する矛盾した状況を指す。


放映延期】

予定されていた放送日に作品が完成せず、放送開始を遅らせること。2025年秋アニメで相次ぎ発生し、業界全体の制作キャパシティ不足が顕在化した。


買い切り方式】

Netflixなどのプラットフォームがアニメの版権を含めて全額買い取る制作方式。製作委員会方式と異なり、制作費は安定するが版権収入は得られない。


適正な取引環境】

発注側と制作側の力関係が対等で、制作コストに見合った価格設定ができる環境。下請法の実効性向上や、業界標準の制作費設定などが課題とされる。



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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