カラカス爆撃とマドゥロ拘束──「モンロー主義2.0」の衝撃と中国の沈黙が意味するもの
- Seo Seungchul

- 1月3日
- 読了時間: 14分

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:
Alfredo Toro Hardy, "China, Trump, and Regime Change in Venezuela" (Global Policy Journal, 2025年11月5日)
Christian Schulz et al., "Venezuela instability: market implications" (Allianz Global Investors, 2025年12月8日)
Yang Xiaotong, "Will China come to Venezuela's rescue?" (Al Jazeera, 2025年12月26日)
Igor Patrick, "Trump confirms US captured Maduro, bombed Caracas, hours after China meeting" (South China Morning Post, 2026年1月3日)
2026年1月3日未明、ベネズエラの首都カラカスの空が炎に包まれました。トランプ大統領は自身のSNSで、マドゥロ大統領とその妻を拘束したと発表。中南米最大の石油埋蔵量を持つ国に対する、21世紀型の政権交代作戦が幕を開けたのです。
この出来事は単なる麻薬戦争の延長線上にはありません。背景には、西半球における覇権をめぐる米中の静かな綱引きがあります。ベネズエラは中南米における対外債務の約半分を占める中国からの融資を抱え、石油輸出の大部分を中国に依存してきました。にもかかわらず、中国は軍事的支援どころか、具体的な行動を何一つ示していません。
なぜベネズエラだったのか。なぜ中国は動かないのか。そしてこの事態は、世界の石油市場と地域秩序にどのような波紋を広げるのか。富良野とPhronaが、この複雑な地政学的パズルを読み解いていきます。
なぜベネズエラだったのか
富良野:カラカスへの大規模空爆、マドゥロ夫妻の拘束。いろんな意味で、これは予想されていた展開ではあるんですが、実際に起きてみると、やはり重い。
Phrona:トランプ政権はずっと麻薬戦争という名目でベネズエラへの圧力を強めてきましたよね。
富良野:ブリュッセルに本部を置く国際危機グループの分析によると、アメリカに流入するフェンタニルは100%メキシコ産で、税関で押収される麻薬の94%は南部国境経由。でもベネズエラは南米産コカインの中継地ではあるけど、その大部分はヨーロッパに向かう。アメリカへの流入量はごくわずかなんです。
Phrona:つまり、麻薬対策としては、ベネズエラを攻撃する必然性はそこまで高くない。
富良野:そう。だから多くの分析者は、本当の理由は別にあると見ている。いわゆるモンロー主義2.0です。
Phrona:モンロー主義って、19世紀にアメリカが「西半球にはヨーロッパの干渉を許さない」と宣言したあれですよね。
富良野:ええ。1823年のモンロー・ドクトリン。当時はヨーロッパの植民地主義に対抗するものだったけど、その後アメリカは西半球を自分の裏庭として扱うようになった。ところが21世紀に入って、その裏庭に中国が入り込んできた。
Phrona:経済的な結びつきを通じて。
富良野:2000年から2010年にかけて、中南米から中国への輸出は370%増加した。今や中国は南米最大の貿易相手国で、中南米全体でも2位。1990年には中南米の輸入のわずか0.6%だった中国製品が、今では存在感を無視できないレベルになっている。
Phrona:でも、中国と経済的に結びついている国は中南米に山ほどある。ブラジル、アルゼンチン、チリ、ペルー。なぜベネズエラだけが標的に?
富良野:そこがポイントなんです。ベネズエラは他の国と違って、単なる経済パートナーじゃない。地政学的な同盟国なんですよ。
中国にとってのベネズエラという特異点
Phrona:経済パートナーと地政学的同盟国の違い、もう少し具体的に説明してもらえますか。
富良野:たとえばブラジルは中国と活発に貿易していますが、台湾問題や南シナ海の領有権問題で中国の立場を全面的に支持したりはしない。あくまでビジネスはビジネス、政治は政治という姿勢。
Phrona:でもベネズエラは違う。
富良野:マドゥロ政権は中国の世界観そのものを受け入れてきた。台湾統一への支持、南シナ海における中国の主張への同調、香港の国家安全法への賛同。いわば中国が掲げる国際秩序像を丸ごと支持している。
Phrona:それに加えて、ロシアやイランとも関係が深い。
富良野:ワシントン・ポストの報道によると、米国の圧力が高まる中で、マドゥロ政権は中国、ロシア、イランに軍事支援を求めたという話もある。つまりベネズエラは、アメリカから見れば、中南米における対抗勢力の橋頭堡になっていた。
Phrona:ある種の象徴的な存在だったということですね。
富良野:象徴であり、かつ実質的な利害もある。ベネズエラに対する中国の融資は約623億ドル。これは中南米全体に対する中国の融資のほぼ半分に相当する。しかもその返済は将来の石油生産で賄われる。
Phrona:世界最大の石油埋蔵量を持つ国が、その資源を担保に中国に借金をしている。
富良野:そう。ベネズエラの確認埋蔵量は約3030億バレル、世界全体の17%。にもかかわらず、制裁と慢性的な投資不足で、今の生産量は1990年代のピーク時の3分の1程度まで落ち込んでいる。
Phrona:でも潜在的には、巨大な産油国として復活する可能性がある。
富良野:だからこそ、誰がその国を支配するかが重要になる。トランプ政権から見れば、ベネズエラは単なる麻薬国家ではなく、中国の西半球進出の象徴であり、かつ戦略資源へのアクセスをめぐる競争の最前線なんです。
中国はなぜ動かないのか
Phrona:これだけ重要な同盟国なら、中国はもっと積極的に動いてもよさそうなものですが。
富良野:そこが興味深いところで、今回の事態は中国の中南米における影響力の限界をはっきりと示しているんです。
Phrona:限界というのは?
富良野:王毅外相は12月17日にベネズエラの外相と電話会談して、アメリカの一方的な強権行為に反対し、主権防衛の権利を支持すると表明した。でも、それだけ。具体的な支援策は何も出てこなかった。
Phrona:言葉だけの支持。
富良野:中国にとって、ベネズエラは地理的に遠すぎるんです。自国から1万キロ以上離れた場所で軍事的なコミットメントをするリスクと、得られる利益を天秤にかけている。
Phrona:それに、ベネズエラの経済的価値も以前ほどではないのかもしれませんね。
富良野:アンドレス・ベロ財団の研究者の指摘によると、ベネズエラはここしばらく中国の融資の優先対象ではなくなっていると。経済崩壊と制裁の影響で、中国はすでに融資も投資も縮小していた。
Phrona:皮肉ですね。味方としての価値が下がったからこそ、見捨てやすくなった。
富良野:もうひとつ、中国には罠にはまりたくないという警戒心がある。
Phrona:罠というのは?
富良野:トランプ政権の最新の国家安全保障戦略では、「世界の警察官の時代は終わった」と宣言しつつ、西半球での覇権を再確立するモンロー主義への回帰を謳っている。一方で、台湾に対する中国の野心を抑止する軍事力は維持するとも言っている。
Phrona:アジアでの緊張を維持しながら、中南米では攻勢に出る。
富良野:中国から見ると、アメリカが中南米で行動を起こしている間に、自分たちをアジアから目をそらさせる誘導をしているんじゃないか、という疑念がある。だから慎重になる。
Phrona:ベネズエラを助けに行ったら、それこそアメリカの思うつぼかもしれない、と。
富良野:そういうこと。結局のところ、中国はレトリックでは多極世界や国連憲章の尊重を掲げるけど、実際に遠く離れた同盟国のために軍事力を行使する意思はない。少なくとも今のところは。
石油市場と地域秩序への波紋
Phrona:政権交代が実現した場合、石油市場にはどんな影響があるんでしょう。
富良野:投資会社の分析では、短期と中長期で真逆の効果が予想されている。短期的には、不安定化によって原油価格が上昇する。でも中長期的には、親欧米政権が誕生して制裁が解除されれば、ベネズエラの産油量が回復して価格は下がる可能性がある。
Phrona:回復にはどのくらいの投資が必要なんですか。
富良野:ある試算では、生産量を日量100万〜200万バレル増やすのに800億〜1000億ドルの投資が必要とされている。時間もかかるし、OPEC+の割当交渉次第でもある。
Phrona:今のベネズエラの石油、どこに輸出されているんですか。
富良野:生産量の約85%、日量80万〜100万バレルは中国向け。政権交代が起きれば、中国は調達先を多様化せざるを得なくなる。まあ、コストは若干上がるかもしれないけど、供給の安全保障が根本的に脅かされるわけではない。
Phrona:中国にとっては、ベネズエラがトップ10の原油供給国にも入っていないんですよね。
富良野:そう。だから経済的な打撃は限定的。むしろ、投資家の観点からは、安定した親欧米政権の方がリスクが下がるという見方もある。経済を安定させ、基本的な制度を回復する政権なら、中国企業だって再参入に関心を持つだろうという指摘もある。
Phrona:野党側も、既存の債務や契約は尊重する姿勢を示していたそうですね。
富良野:ええ。だから中国にとっては、マドゥロ政権の政治的遺産を守ることよりも、エネルギー供給網と既存契約の保護を優先する方が合理的という計算が働く。
Phrona:でも、それって周辺国にとってはどういうメッセージになるんでしょう。
富良野:ブラジル陸軍の退役大佐の指摘が的を射ている。「中国はベネズエラでも、地域全体でも、はるかに慎重に動かざるを得なくなる。ワシントンからのメッセージは、西半球での戦略的空間が狭まっているということだ」と。
世界の反応と問われる国際秩序
Phrona:各国の反応はどうでしたか。
富良野:真っ二つに分かれましたね。アルゼンチンのミレイ大統領は「自由が前進する、自由万歳」とSNSで祝福。一方でイランは、攻撃は違法であり「地域と国際の安定を脅かす」と非難した。
Phrona:中南米諸国の反応は?
富良野:チリは「深い懸念」を表明、コロンビアは国境の警戒を強化しつつ外交的解決を呼びかけた。ブラジルは緊急の高官会議を招集して、ベネズエラ当局に状況の説明を求めている。
Phrona:ブラジルの保健大臣が難民受け入れの準備を強化していると言っていましたね。
富良野:ベネズエラの危機はすでに700万人の難民を生み出している。軍事介入でさらに増える可能性がある。それは周辺国にとって、安全保障だけでなく公衆衛生や社会サービスの問題でもある。
Phrona:国連憲章の観点からはどうなんでしょう。
富良野:ベネズエラのパドリーノ・ロペス国防相は、攻撃が国連憲章第1条と第2条——主権の尊重、国家の法的平等、武力行使の禁止——に対する明白な違反だと述べている。
Phrona:アメリカ側の法的根拠は?
富良野:麻薬対策と制裁の執行という名目。でも、それを国際法上の正当化として受け入れる国は限られる。国連安保理では12月に中国が、アメリカのタンカー拿捕や軍事的圧力を「他国の主権を侵害し、地域の安定を脅かす」と批判していた。
Phrona:結局、力の論理が勝つのでしょうか。
富良野:少なくとも短期的には、アメリカは軍事力で目的を達成できることを示した。でも、長期的には複雑です。強引な政権交代は、中南米全体でのアメリカの評判を傷つける可能性もある。
Phrona:実際、トランプ政権の他の政策——ブラジルへの高関税、パナマ運河への言及、移民への厳しい姿勢——は、むしろ中南米を中国に押しやっているという指摘もありますよね。
富良野:皮肉なことに、中国の影響力を排除しようとする行動が、逆に中国の魅力を高めてしまうかもしれない。少なくとも、アメリカよりも強引でないパートナーとして。
問いを残して
Phrona:結局のところ、今回の出来事は何を示しているんでしょうか。
富良野:僕はいくつかのことを考えています。ひとつは、大国間競争の時代において、中小国が「どちらの陣営にも属さない」という選択肢がどこまで可能なのか、という問題。
Phrona:ベネズエラは明確に中国・ロシア側についた。でも、いざという時に守ってもらえなかった。
富良野:かといって、経済的に中国と結びつきながら政治的には中立を保とうとしている国々——ブラジルやチリやペルー——が安全かというと、それもわからない。アメリカが「中南米は我々の領域だ」という姿勢を明確にした以上、そういう中間的な立場を維持できるのか。
Phrona:もうひとつ、私が気になるのは正当性の問題です。マドゥロ政権は確かに独裁的で、経済を破綻させ、多くの国民を難民にした。でも、だからといって外国が軍事力で政権を倒すことは正当化されるのか。
富良野:国際法の原則に従えば、答えはノーですよね。でも現実には、そういうことが起きる。そして起きた後に、新しい秩序がどう形成されるかは、また別の問題になる。
Phrona:ベネズエラの人々にとって、これが良い結果になるのかどうか。
富良野:それは本当にわからない。短期的には混乱は避けられない。でも、長期的に安定した政権ができて、石油収入が国民生活の向上に使われるようになれば、結果的には良かったということになるかもしれない。
Phrona:でも、そうなる保証はどこにもない。
富良野:ない。イラク戦争の後を見ればわかるように、政権を倒すことと、その後に安定した国家を築くことは全く別の問題です。
Phrona:中国の沈黙が、今後の中南米諸国の選択にどう影響するかも興味深いですね。
富良野:そう。「中国についても、いざという時は助けてもらえない」という教訓を読み取る国もあるでしょう。一方で、「だからこそ、どちらにも依存しない道を探るべきだ」と考える国もあるかもしれない。
ポイント整理
トランプ政権によるベネズエラ攻撃の表向きの理由は麻薬対策だが、専門家の多くは本当の目的は西半球における米国覇権の再確立(モンロー主義2.0)にあると分析している。 国際危機グループによれば、米国に流入するフェンタニルは100%メキシコ産であり、ベネズエラからの麻薬流入は極めて限定的。
ベネズエラは他の中南米諸国と異なり、中国の単なる経済パートナーではなく地政学的同盟国として位置づけられてきた。 台湾統一、南シナ海問題、香港国家安全法など主要な国際問題で中国の立場を全面的に支持。ロシア、イランとも関係を深め、米国が「修正主義陣営」と呼ぶグループの中南米における拠点となっていた。
中国の対ベネズエラ融資は約623億ドルで、中南米全体への融資の約半分を占める。 返済は将来の石油生産で賄われる構造。ベネズエラは世界最大の確認石油埋蔵量(約3030億バレル、世界の17%)を持つが、制裁と投資不足により生産量は1990年代ピークの約3分の1まで低下。
中国はベネズエラに対し言葉による支持は表明したものの、具体的な軍事支援や経済援助は提供していない。 地理的距離(1万キロ以上)、ベネズエラの経済的価値の低下、米国の「罠」にはまることへの警戒が背景にある。
石油市場への影響は短期と中長期で異なる可能性がある。 短期的には不安定化による価格上昇、中長期的には親欧米政権誕生による制裁解除と生産回復で価格下落の可能性。生産量を日量100〜200万バレル増加させるには800〜1000億ドルの投資が必要との試算。
現在のベネズエラ産原油の約85%は中国向けだが、中国にとってベネズエラはトップ10の原油供給国にも入っていない。 政権交代により調達先の多様化を迫られても、供給安全保障への根本的影響は限定的。
国際社会の反応は二分された。 アルゼンチンは支持を表明、イランは非難。チリは懸念表明、コロンビアは外交的解決を呼びかけ、ブラジルは緊急会議を招集。ベネズエラ危機はすでに700万人の難民を生み出しており、軍事介入によりさらなる増加の可能性。
ベネズエラ国防相は、攻撃が国連憲章第1条・第2条(主権尊重、国家の法的平等、武力行使禁止)への明白な違反と主張。 米国は麻薬対策・制裁執行を法的根拠としているが、国際法上の正当性については議論が分かれる。
今回の事態は中国の中南米における影響力の限界を明確に示した。 経済的関与は深めても、地理的に離れた同盟国を軍事的に守る能力・意思がないことが露呈。周辺国への「西半球での戦略的空間が狭まっている」というメッセージとなった。
逆説的に、トランプ政権の強硬姿勢は中南米諸国を中国に押しやる可能性もある。 ブラジルへの高関税、パナマ運河への言及、移民政策の厳格化などが、より強引でないパートナーとしての中国の相対的魅力を高めうる。
キーワード解説
【モンロー主義(Monroe Doctrine)】
1823年に米国が宣言した外交政策で、欧州諸国による西半球への干渉を拒否するもの。現代では「モンロー主義2.0」として、西半球における米国の覇権再確立を指す文脈で用いられる。
【OPEC+: 石油輸出国機構(OPEC)】
加盟国と非加盟の主要産油国で構成される協調体制。原油生産量の調整を通じて国際原油価格の安定を図る。
【国家安全保障戦略(National Security Strategy, NSS)】
米国大統領が議会に提出する戦略文書で、国家安全保障上の目標と優先事項を示す。トランプ政権のNSSはモンロー主義への回帰を謳う。
【フェンタニル: 合成オピオイド系鎮痛剤で、医療用途以外での乱用が米国で深刻な社会問題となっている。米国に流入するフェンタニルの大部分はメキシコ経由とされる。
【確認埋蔵量(Proven Reserves)】
現在の技術と経済条件で商業的に採掘可能と確認された資源量。ベネズエラは世界最大の石油確認埋蔵量を持つ。
【国連憲章第2条】
加盟国の主権平等、領土保全、武力行使・威嚇の禁止などを定めた国際法の基本原則。
【修正主義(Revisionism)】
国際関係論において、既存の国際秩序の変更を求める姿勢や政策を指す。米国は中国、ロシアなどを「修正主義勢力」と位置づけることがある。
【タンカー拿捕(Tanker Seizure)】
制裁違反や密輸の疑いを理由に船舶を差し押さえる行為。米国はベネズエラ産原油を運搬するタンカーの拿捕を行ってきた。
【一帯一路(Belt and Road Initiative)】
中国が推進する広域経済圏構想。中南米でも複数国が参加していたが、パナマは2025年2月に離脱を表明。
【ソブリン債務再編(Sovereign Debt Restructuring)】
国家が対外債務の返済条件を債権者と再交渉すること。ベネズエラのソブリン債は2017年以降デフォルト状態にある。