ブータンが示す「国民ID×ブロックチェーン」の可能性――幸福度を測る国が選んだデジタル主権
- Seo Seungchul

- 2025年11月18日
- 読了時間: 20分

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:Brayden Lindrea "Bhutan migrates its national ID system to Ethereum" (Cointelegraph, 2025年10月13日)
概要:ブータンが国民ID管理システムを、ポリゴンからイーサリアムへ移行。約80万人の国民が自己主権型アイデンティティ(SSI)によって、自分の個人情報を管理し、政府サービスにアクセスできるようになる。2026年第1四半期に移行完了予定。イーサリアム共同創設者のヴィタリック・ブテリンも式典に参加し、Ethereum Foundation代表の宮口あや氏は「世界初の快挙」と評価。ブータンは以前からビットコインのマイニングにも力を入れており、国家レベルの暗号資産活用の先駆者となっている。
GDPではなくGNH——国民総幸福量という独自の指標で国の豊かさを測ってきた小さな王国、ブータンが、また新しい挑戦を始めています。約80万人の国民の身分証明システムを、ブロックチェーン技術の代表格であるイーサリアムへと移行させたのです。
単なる技術の乗り換えではありません。これは、国民一人ひとりが自分の個人情報を自律的に管理できる「自己主権型アイデンティティ」という新しい考え方の実装です。過去にはハイパーレッジャーやポリゴンといった別のブロックチェーン基盤を使い、試行錯誤を重ねてきたブータン。なぜ今、イーサリアムなのか。そして、デジタルIDをブロックチェーンで管理することに、どんな意味があるのか。
水力発電で得た再生可能エネルギーでビットコインをマイニングし、世界5位の保有国となっているこの国の選択には、技術と制度、そして国家のあり方をめぐる深い問いが潜んでいます。富良野とPhronaの対話を通じて、その輪郭を探っていきましょう。
小さな国の、大きな実験
富良野: ブータンがイーサリアムで国民IDを管理するって話、面白いですよね。人口80万人という規模感が、実はちょうどいいのかもしれない。
Phrona: 80万人って、日本でいうと政令指定都市くらいですか。小さいからこそ実験しやすい、っていうのはありますよね。でも私、ブータンって聞くと、どうしてもあの「GNH」——国民総幸福量っていう言葉が頭に浮かんできちゃって。経済成長じゃなくて幸福度で国を測るって宣言してた国が、なんでブロックチェーンなんだろう、と。
富良野: ああ、たしかに。でも、実はそこに一本の線が引けるんじゃないかな。GNHって、単なるスローガンじゃなくて、国家運営の根っこに「国民一人ひとりの主体性」を置く発想でしょ。それと、自己主権型アイデンティティっていう考え方が、意外と重なるんですよ。
Phrona: 自己主権型って何ですか?
富良野: SSI、Self-Sovereign Identityって呼ばれてるやつです。簡単に言うと、自分の個人情報を自分で管理して、必要なときに必要な相手にだけ見せる、っていう仕組み。従来みたいに、政府や企業が個人情報を一括管理するんじゃなくて、情報の主導権を個人に戻す。そういう思想が根っこにある。
Phrona: ああ、なるほど。幸福を国が決めるんじゃなくて、個人が感じるものだっていう発想と、情報も国が預かるんじゃなくて個人が持つっていう発想が、似てるってことですか。
富良野: そう、まさにそれ。ブータンの場合、たぶん単に技術が好きだから導入したわけじゃなくて、国のあり方とテクノロジーの思想がたまたま噛み合った、っていう感じなんじゃないかな。
ブロックチェーンで何が変わるのか
Phrona: でも、素朴な疑問なんですけど、IDってそもそも政府が発行して管理するものですよね?それをブロックチェーンに乗せるって、どういうことなんでしょう。
富良野: いい質問ですね。ブロックチェーンって、ざっくり言えば、誰もが書き込める公開帳簿みたいなものです。ただし、書き込んだ内容は後から書き換えられない。そして、その記録は世界中のコンピュータに分散されてるから、どこか一カ所のサーバーが壊れてもデータは残る。
Phrona: ああ、改ざんされにくいってことですか。
富良野: そう。それと、もうひとつ重要なのが、個人情報そのものは公開されないってこと。ブロックチェーンに記録されるのは、その人が「本人である」っていう証明だけ。具体的な名前や住所は、本人だけが管理してる別の場所にある。
Phrona: なんだか不思議な感じですね。公開されてるのに見えない、みたいな。
富良野: ゼロ知識証明っていう技術があって、それを使うと「情報の中身を明かさずに、その情報が正しいことだけを証明する」っていう、ちょっと魔法みたいなことができるんです。たとえば、自分が20歳以上だって証明するのに、生年月日を見せなくていい。
Phrona: へえ……。でも、それって本当に安全なんですか?ハッキングとか。
富良野: もちろん完璧じゃないけど、従来の中央集権型のシステムよりは、ある意味で安全かもしれない。だって、攻撃する側からすると、狙うべき「ハニーポット」——つまり情報が集まってる大きなサーバーがないわけですから。
Phrona: たしかに。一カ所に集めちゃうから、狙われたときのダメージが大きいんですもんね。
なぜ今、イーサリアムなのか
富良野: ブータンの面白いところは、これが最初のブロックチェーンじゃないってことなんですよ。最初はハイパーレッジャー・インディっていうプライベート型のブロックチェーンを使って、その後2024年8月からはポリゴンに移行してた。で、今回イーサリアムに乗り換えた。
Phrona: ずいぶん渡り歩いてますね。なんでそんなに変えるんでしょう。
富良野: たぶん、実際に運用してみないと分からないことがあるんだと思う。ハイパーレッジャーはプライベート型だから、管理しやすいけど透明性には限界がある。ポリゴンは処理が速くて安いけど、イーサリアムのサイドチェーンだから、やっぱり本家に移行したくなったのかもしれない。
Phrona: イーサリアムって、ビットコインの次に有名なやつですよね。でも、なんでそっちの方がいいんですか?
富良野: 規模と実績、かな。イーサリアムは世界中の開発者が関わってて、エコシステムが一番充実してる。ブロックチェーン上で動くアプリケーション、いわゆるdAppsの数も圧倒的。だから、将来的に他のサービスと連携するときに、選択肢が広がるんです。
Phrona: 他のサービスって、たとえば?
富良野: わかんないですけどね、まだ。でも、たとえば他の国が同じような仕組みを導入したときに、相互に認証し合えるとか。あるいは、民間企業が提供するサービスにそのままログインできるとか。そういう拡張性を考えると、一番大きなプラットフォームにいる方が有利なんです。
Phrona: なるほど。でも、移行のたびにコストもかかるし、国民も混乱しませんか?
富良野: それはそうです。だからこそ、今回の移行が2026年の第1四半期までかかるって発表されてるんでしょうね。慎重にやってるんだと思います。ただ、ブータンくらいの規模だからこそ、こういう大胆な実験ができる、っていう面もある。
ビットコインマイニングという文脈
Phrona: そういえば、ブータンってビットコインのマイニングもやってるんですよね。それ、すごく意外だったんですけど。
富良野: ああ、それもまた面白い話で。ブータンはヒマラヤ山脈にあるから、水力発電がものすごく豊富なんですよ。で、その余剰電力を使ってビットコインをマイニングしてる。今や国家レベルでのビットコイン保有量が世界5位。
Phrona: 5位!すごい。1位はどこなんですか?
富良野: アメリカ、中国、イギリス、ウクライナに次いで5位。保有額は約1兆3000億円相当。人口80万人の国としては、破格の資産ですよ。
Phrona: でも、なんでマイニングなんでしょう。普通に電気を売った方がよくないですか?
富良野: それが、地理的な問題もあって、電力をそのまま輸出するのは簡単じゃないんです。送電線をどこまで引くかっていう問題もあるし、周辺国との関係もある。だったら、電力をビットコインっていう資産に変換して、デジタル空間で持っておく方が効率的だ、っていう判断なんでしょうね。
Phrona: 電気をお金に変える、か。なんだか錬金術みたいですね。
富良野: 言い得て妙かもしれない。でも、これって、ブータンが単に技術好きなわけじゃなくて、国家戦略として暗号資産やブロックチェーンを見てるってことですよね。国民IDの話も、そういう大きな文脈の中にある。
Phrona: 国家戦略としての暗号資産……なんだか、ちょっと怖い気もしますけど。
富良野: どうして?
Phrona: だって、ビットコインって値動きが激しいじゃないですか。国の資産をそんな不安定なものに変えちゃって、大丈夫なのかなって。
富良野: それは僕も思います。ただ、ブータンからすると、自国通貨だって完全に安定してるわけじゃないし、むしろビットコインの方が国際的な流動性があって、使い道が広いかもしれない。リスクはあるけど、選択肢のひとつとして持っておく、っていう考え方なんじゃないかな。
世界初という言葉の重み
Phrona: イーサリアム財団の宮口あやさんっていう方が、これは世界初の快挙だって言ってるんですよね。でも、ブラジルやベトナムも似たような取り組みをしてるって書いてありましたけど。
富良野: ああ、それはたぶん、国民ID全体をイーサリアムに統合したっていうところが世界初、っていう意味だと思います。ブラジルもベトナムも、部分的な導入だったり、別のブロックチェーンを使ってたりするので。
Phrona: 全体と部分って、どう違うんですか?
富良野: たとえばブラジルの場合、運転免許証をブロックチェーンで発行する、みたいな特定のサービスに限定されてるんです。でもブータンの場合は、国民全員のIDそのものがブロックチェーンベースになる。つまり、これがあればあらゆる政府サービスにアクセスできるようになる。インフラとしての位置づけが違うんです。
Phrona: ああ、なるほど。土台そのものを変えてるってことですね。
富良野: そう。だからこそ、リスクも大きいけど、うまくいったときのインパクトも大きい。これが成功すれば、他の国も追随する可能性がある。
Phrona: でも、大きな国でやるのは難しいですよね。日本で1億人のIDをいきなりブロックチェーンに、なんて言い出したら、大変なことになりそう。
富良野: 間違いなく大混乱です。だから、ブータンみたいな規模の国が先行して実験してくれるのは、世界にとってもありがたいことなんですよ。成功すれば前例になるし、失敗しても学びがある。
幸福と技術の間で
Phrona: それにしても、不思議な組み合わせですよね。GNHっていう、ものすごく人間的で、精神的な指標を掲げてる国が、ブロックチェーンっていう、ものすごく無機質で技術的なものを使うって。
富良野: 矛盾してるように見えるけど、案外そうでもないのかもしれない。ブロックチェーンって、根っこには反権威主義みたいな思想があるんです。中央集権的な管理から逃れて、個人が自律的に動けるようにする。それって、実は仏教的な自己への信頼とか、個人の尊重っていう考え方と、どこか通じてる気がする。
Phrona: ああ、そういう見方もあるんですね。でも、技術ってどうしても、効率とか、合理性とか、そういう方向に行っちゃいませんか?幸福って、もっと曖昧で、測れないものだと思うんです。
富良野: それはそうです。でも、逆に言えば、技術が幸福に奉仕するのか、幸福が技術に従属するのか、っていう問いが、ここで試されてるんじゃないかな。ブータンは、技術を使うけど、技術に支配されない、っていう姿勢を保とうとしてるように見える。
Phrona: うーん……それって、すごく難しいことですよね。一度便利さに慣れちゃうと、戻れなくなるし。
富良野: たしかに。ただ、ブータンには、GNHっていう物差しがある。だから、もし技術の導入が幸福度を下げるようなら、立ち止まる判断もできるかもしれない。少なくとも、その選択肢は持ってる。
Phrona: そうか。物差しがあるから、迷わないで済むってことですね。
富良野: 迷わないわけじゃないと思うけど、少なくとも判断の軸はある。それが、他の国にはない強みなのかもしれないですね。
これからの課題
Phrona: でも、実際のところ、イーサリアムへの移行がうまくいくかどうかって、まだわからないですよね。
富良野: もちろんです。2026年の第1四半期までに全住民の認証情報を移行させるって言ってるけど、技術的なトラブルもあるだろうし、国民の側がちゃんと使いこなせるかどうかも未知数。
Phrona: お年寄りとか、デジタルに慣れてない人はどうするんでしょう。
富良野: そこは、たぶんサポート体制を作るしかないですよね。窓口で対応するとか、代理操作を認めるとか。ただ、それをやりすぎると、せっかくの自己主権型アイデンティティの意味が薄れちゃう。だから、バランスが難しい。
Phrona: 自分で管理するっていうのは、裏を返せば、自己責任が重くなるってことですもんね。パスワード忘れたら、誰も助けてくれないとか。
富良野: そう、それが一番の問題かもしれない。秘密鍵を失くしたら、もうアクセスできなくなる。そのリスクをどう管理するかは、まだ答えが出てない。
Phrona: じゃあ、結局、何か別の仕組みで補完する必要があるってことですか?
富良野: たぶんね。たとえば、家族の誰かが代理で管理できるようにするとか、信頼できる第三者機関にバックアップを預けるとか。でも、それをやるとまた、中央集権化の方向に戻っちゃう。だから、このジレンマをどう解決するかが、今後の課題になると思います。
式典に立ち会った人々
Phrona: ヴィタリック・ブテリンも、式典に来てたんですよね。
富良野: イーサリアムの共同創設者で、暗号資産の世界では、ビットコインを作ったサトシ・ナカモトの次くらいに有名な人。まだ30代ですけど、もう10年以上この業界を引っ張ってる。
Phrona: 彼みたいな有名な人が、わざわざブータンまで来たんですね。
富良野: それだけ、この取り組みが注目されてるってことでしょうね。技術者にとって、自分が作ったプラットフォームが国家のインフラになるって、ものすごく意味のあることだと思います。
Phrona: ブータンの首相や皇太子も出席してたって書いてありますけど、国としても本気なんでしょうね。
富良野: 国のトップが出席するってことは、これが単なる技術プロジェクトじゃなくて、国家の方向性を示すシンボルでもあるってことです。ブータンは、世界に対して、こういう国になるんだ、っていうメッセージを発信してる。
Phrona: そのメッセージが、どう受け取られるかですよね。
富良野: そう。成功すれば、小さくても先進的な国として評価されるし、失敗すれば、無謀な実験だったって言われる。でも、どっちにしても、挑戦したこと自体は記憶されると思いますよ。
デジタル主権という問い
Phrona: さっきから思ってたんですけど、デジタル主権って何なんでしょう。主権って、国の独立性とか、そういう意味ですよね。
富良野: そう。デジタル主権っていうのは、デジタル空間における自己決定権のことです。自分たちのデータを自分たちで管理して、外部の力に左右されない、っていう考え方。
Phrona: でも、イーサリアムって、アメリカの技術じゃないんですか?それを使うのに、主権って言えるのかな。
富良野: いい指摘です。たしかに、イーサリアム自体はアメリカで生まれた技術だし、開発の中心もアメリカやヨーロッパにある。でも、ブロックチェーンの面白いところは、誰かが所有してるわけじゃない、っていうところなんです。
Phrona: どういうことですか?
富良野: イーサリアムは、オープンソースで、誰でも使えるし、誰でも改良できる。だから、特定の国や企業に依存してるわけじゃない。もちろん、開発者コミュニティの影響力はあるけど、少なくとも法的には、誰かの支配下にあるわけじゃない。
Phrona: でも、それって本当に自由なんですか?たとえば、アメリカ政府が規制を強めたら、どうなるんでしょう。
富良野: それは確かにリスクです。たとえば、イーサリアムのノードがアメリカに集中してたら、アメリカの法律の影響を受ける。だから、本当の意味でデジタル主権を持つには、ブロックチェーンのノードを自国内にも分散させるとか、そういう工夫が必要になる。
Phrona: なんだか、結局、どこまで行っても完全に自由にはなれないんですね。
富良野: そうかもしれない。でも、少なくとも従来のシステムよりは、選択肢が広がる。たとえば、GoogleやAmazonのクラウドに全部預けてたら、完全にその企業に依存することになる。でも、ブロックチェーンなら、少なくとも分散されてる分、リスクが下がる。
Phrona: 分散って、安全と引き換えに、効率を犠牲にしてますよね。
富良野: そう、それがトレードオフです。効率を取るか、安全を取るか。ブータンは、少なくとも今は、安全の方を選んでるってことでしょうね。
未来への賭け
Phrona: こうやって話してると、ブータンってすごく実験的な国だなって思います。でも、それって怖くないんでしょうか。国民は。
富良野: それは、国民にどれだけ説明されてるか、理解されてるか、によりますよね。もし、ちゃんと情報が共有されて、国民が納得した上でやってるなら、それは民主的なプロセスです。でも、もしトップダウンで決められて、国民が置いてけぼりなら、それは問題。
Phrona: 記事には、国民がどう感じてるかまでは書いてないですもんね。
富良野: そう。だから、本当のところはわからない。ただ、ブータンって人口が少ない分、政府と国民の距離が近いはずなんです。日本みたいに何千万人もいたら、政府の顔なんて見えないけど、80万人なら、まだ見える。
Phrona: 見えるからこそ、信頼もあるってことですか。
富良野: 信頼があるのか、それとも諦めなのか、それは外からじゃわからない。でも、少なくとも、この実験が続いてるってことは、大きな反発はないんでしょうね。
Phrona: じゃあ、私たちは、ブータンのこの挑戦を、外から見守るしかないってことですか。
富良野: 見守るっていうか、学ぶ、かな。ブータンが成功しても失敗しても、そこから得られる知見は、他の国にとっても貴重なものになる。だから、これは単にブータンの話じゃなくて、これからのデジタル社会をどう作るかっていう、みんなの問いなんだと思いますよ。
Phrona: みんなの問い、か。重いですね。
富良野: 重いけど、避けられない。だから、ブータンの選択を、ただ遠い国の話として片付けないで、自分たちの未来の話として考える価値があると思うんです。
ポイント整理
ブータンが国民ID管理システムをイーサリアムに移行
約80万人の国民が自己主権型アイデンティティ(SSI)によって、自分の個人情報を自律的に管理し、政府サービスにアクセスできるようになる。これは2026年第1四半期に完全移行予定で、国家全体のIDインフラをイーサリアムに統合する世界初の試みとされる。
過去にはハイパーレッジャー、ポリゴンを使用
ブータンは最初にハイパーレッジャー・インディというプライベート型ブロックチェーンを採用し、2024年8月にポリゴンへ移行。そして今回、イーサリアムへと再移行した。この繰り返しは、実際の運用を通じて最適なプラットフォームを模索してきた結果と考えられる。
自己主権型アイデンティティ(SSI)の思想
従来の中央集権型のID管理では、政府や企業が個人情報を一括して管理していた。SSIでは、個人が自分の情報を管理し、必要な相手に必要な情報だけを開示できる。ゼロ知識証明などの技術により、情報の中身を明かさずに正当性だけを証明することも可能になる。
ブロックチェーンの特性:改ざん困難性と分散性
ブロックチェーンは、一度記録された情報を後から書き換えることが極めて困難な公開台帳。記録は世界中のコンピュータに分散保存されるため、単一障害点がなく、特定のサーバーが攻撃されてもシステム全体は維持される。この特性が、国民ID管理において透明性と耐障害性をもたらす。
イーサリアムを選んだ理由
イーサリアムは世界最大級の開発者コミュニティを持ち、分散型アプリケーション(dApps)のエコシステムが最も充実している。将来的に他国や民間サービスとの相互運用性を確保するうえで、最も大きなプラットフォームに参加することは戦略的に有利。規模と実績が、長期的なインフラとしての信頼性を担保する。
ビットコインマイニングとの関連
ブータンはヒマラヤの水力発電による豊富な再生可能エネルギーを活用してビットコインをマイニングしており、現在11,286BTCを保有。これは約1兆3100億円相当で、国家としては米国、中国、英国、ウクライナに次ぐ世界5位。暗号資産への取り組みは単発ではなく、国家戦略の一環として位置づけられている。
GNH(国民総幸福量)との哲学的整合性
ブータンはGDP(国内総生産)ではなくGNH(国民総幸福量)で国の豊かさを測る独自の指標を掲げてきた。個人の主体性と幸福を重視するこの思想は、情報の主導権を個人に戻すSSIの考え方と根底で共鳴している可能性がある。技術導入が国家の価値観と整合しているかどうかは、今後の展開を見守る必要がある。
他国の動向
ブラジルやベトナムも部分的にブロックチェーン基盤のID管理を導入しているが、ブータンのように国民ID全体を統合的にイーサリアム上で運用するのは世界初とされる。規模の小ささが実験的取り組みを可能にしており、その成否は他国にとっての重要な前例となる。
デジタル主権の課題
デジタル主権とは、デジタル空間における自己決定権のこと。イーサリアムはオープンソースで特定国家や企業に所有されていないが、開発者コミュニティや規制の影響は受ける。真の意味でのデジタル主権を確立するには、ブロックチェーンノードの国内分散配置など、さらなる工夫が求められる。
実装上のリスクと課題
秘密鍵の紛失、デジタルリテラシーの格差、高齢者や技術に不慣れな層へのサポート体制など、実装には多くの課題が残る。自己主権型の仕組みは個人の自律性を高める一方で、自己責任の範囲も拡大させる。このジレンマをどう解決するかが、SSI普及の鍵となる。
式典への著名人参加が示す象徴性
イーサリアム共同創設者ヴィタリック・ブテリン、Ethereum Foundation代表の宮口あや氏、ブータンのトシェリン・トブゲイ首相、ジグメ・ナムゲル・ワンチュク皇太子らが式典に参加。国家のトップと技術コミュニティのリーダーが揃うことで、この取り組みが単なる技術導入ではなく、国家の方向性を示すシンボルであることが示された。
効率と安全のトレードオフ
分散型システムは中央集権型に比べて処理速度や運用効率で劣る場合が多い。しかし、単一障害点の排除、改ざん耐性、検閲耐性といった安全性の面で優位性を持つ。ブータンは現時点で、効率よりも安全性と自律性を優先する選択をしていると解釈できる。
キーワード解説
【自己主権型アイデンティティ(SSI / Self-Sovereign Identity)】
個人が自分の個人情報を自律的に管理し、必要な相手に必要な範囲だけを開示できる仕組み。従来の中央集権型のID管理から、個人への情報主権の移転を目指す概念。
【イーサリアム(Ethereum)】
ビットコインに次ぐ規模を持つブロックチェーンプラットフォーム。スマートコントラクトと呼ばれるプログラム実行機能を持ち、分散型アプリケーション(dApps)の基盤として広く利用されている。
【ブロックチェーン(Blockchain)】
取引記録を時系列に連鎖させたデータ構造を持つ分散型台帳技術。改ざんが極めて困難で、透明性と信頼性を担保する。中央管理者を必要としない点が特徴。
【ゼロ知識証明(Zero-Knowledge Proof)】
情報の内容自体を明かすことなく、その情報が正しいことだけを証明する暗号技術。たとえば、生年月日を開示せずに成人であることだけを証明できる。
【ポリゴン(Polygon)】
イーサリアムのスケーラビリティ問題を解決するために開発されたレイヤー2ソリューション。イーサリアムのサイドチェーンとして機能し、高速かつ低コストな取引を実現する。
【ハイパーレッジャー・インディ(Hyperledger Indy)】
分散型ID管理に特化したプライベート型ブロックチェーン。Linux Foundationが主導するハイパーレッジャープロジェクトの一部で、企業や組織向けに設計されている。
【GNH(国民総幸福量 / Gross National Happiness)】
ブータンが提唱する、経済成長だけでなく精神的・文化的な豊かさを含めた国家の発展を測る指標。GDP(国内総生産)に代わる価値基準として国際的にも注目されている。
【ビットコインマイニング(Bitcoin Mining)】
ビットコインの取引を検証し、ブロックチェーンに記録する作業。この作業の報酬として新規発行されるビットコインを得ることができる。大量の計算能力と電力を必要とする。
【dApps(分散型アプリケーション / Decentralized Applications)】
中央管理者を持たず、ブロックチェーン上で動作するアプリケーション。従来のアプリとは異なり、特定の企業やサーバーに依存しない。
【秘密鍵(Private Key)】
暗号資産やブロックチェーン上の資産にアクセスするための固有のパスワード。紛失すると資産やデータへのアクセス権を永久に失う可能性がある。
【デジタル主権(Digital Sovereignty)】
国家や個人がデジタル空間における自己のデータや情報システムを、外部の力に左右されることなく自律的に管理・運用できる権利と能力。
【スマートコントラクト(Smart Contract)】
ブロックチェーン上で自動実行されるプログラム。契約条件が満たされると自動的に履行されるため、第三者の介入なしに取引が成立する。
【ノード(Node)】
ブロックチェーンネットワークを構成する個々のコンピュータ。各ノードがブロックチェーンのコピーを保持し、取引の検証に参加することで、システム全体の分散性と耐障害性が維持される。
【オープンソース(Open Source)】
ソフトウェアのソースコードが公開され、誰でも自由に利用・改変・再配布できる開発形態。イーサリアムもオープンソースプロジェクトとして運営されている。