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ワンピースの海賊旗が世界を変える?――ミームが「指導者なき革命」を可能にした理由

更新日:1月24日

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Nobel Rimal, "Meme movements" (Nepali Times, 2025年11月22日)

  • 概要:2025年9月のネパールにおけるGenZ運動を起点に、世界各地で同時多発的に起きている若者主導の抗議活動を分析。これらの運動に共通するのは、特定のリーダーの不在と、『ワンピース』の麦わら海賊旗に代表されるインターネット・ミームの存在である。筆者は、ミームがかつてのパンフレットや政党組織に代わる「組織化の道具」として機能していると論じ、デジタルネイティブ世代が共有するグローバルな視覚文化の政治的意味を考察している。



2024年から2025年にかけて、ネパール、インドネシア、フィリピン、メキシコ、マダガスカルと、世界各地で若者主導の抗議運動が相次ぎました。不思議なことに、これらの国々は歴史も宗教も政治体制もまったく異なるのに、デモ参加者たちは同じシンボルを掲げ、同じ旗を振り、同じキャラクターをプラカードに描いていたのです。その代表格が、人気アニメ『ワンピース』の麦わら海賊団のロゴでした。


「リーダーは誰だ?」とメディアや政治家が問うと、答えはいつも同じ。「リーダーはいない」。けれど、よく見ると「リーダー」は隠れていました。それは人間ではなく、インターネット・ミームだったのです。


今回の記事では、デジタルネイティブ世代がいかにして国境を越えた「共通言語」を獲得し、それが政治運動の形をどう変えているのかを、富良野とPhronaの対話を通じて掘り下げていきます。アルゴリズムに育てられた世代の可能性と危うさ、そして「ミームを読む」という新しいリテラシーの意味を、一緒に考えてみましょう。




「リーダーは誰だ?」という問いの空振り


富良野:この記事、面白いですね。ネパールで起きたGenZ運動の話なんですけど、記者や政治家が「リーダーは誰だ」と聞くと、毎回「いない」という答えが返ってくる。でも筆者は、リーダーは「いない」んじゃなくて、「人間じゃない」んだと言っている。


Phrona:ミームがリーダーだ、という話ですよね。最初に読んだとき、ちょっと詩的な比喩かなと思ったんですけど、読み進めると、かなり具体的な意味で言っているんだなと。


富良野:そう、比喩じゃないんですよね。かつてのパンフレットや党の細胞組織がやっていた「静かな組織化の仕事」を、今はミームがやっている、と。アイデンティティを提供し、行動を調整し、権力の差を平準化する。しかも中央司令部なしに。


Phrona:その「中央司令部なしに」というところが、従来の社会運動論だと説明しにくい部分ですよね。普通、組織には誰かが方針を決める中心があって、情報が上から下に流れる。でもミームは、誰かが作って、誰かがリミックスして、勝手に広がっていく。


富良野:しかもそれが、ネパールとメキシコとフィリピンで同時に起きている。宗教も言語も政治体制も違うのに、同じ麦わら海賊団の旗を振っている。僕が子供の頃には、こんなこと想像もできなかった。


Phrona:記事に書いてあった「上の世代は同じ文化的シンボルを共有していなかった」という指摘、すごく腑に落ちました。どの漫画を読んだか、どのアニメを見たかは、階級や宗教や住んでいる地域に依存していた。でも今の若い世代は、同じYouTuberを見て、同じTikTokのジョークで笑って、同じアニメのストーリーを知っている。



なぜ『ワンピース』なのか


富良野:それにしても、なぜ『ワンピース』なんでしょうね。他にもグローバルに人気のあるコンテンツはいくらでもあるのに。


Phrona:記事では、物語の構造が共鳴しているからだと説明していますね。ルフィという主人公が、腐敗した古いエリートに支配された世界を旅する。彼らは権力を独占して、異議を抑え込んでいる。既存の政治システムから締め出されていると感じている若者にとって、自分たちの状況と重ね合わせやすい。


富良野:「選ばれた家族」という概念も面白い。血縁じゃなくて、自分で選んだ仲間との絆。既存の権威構造への反抗。これって、伝統的な社会構造に対する異議申し立てとも読める。


Phrona:しかも『ワンピース』のいいところは、宗教やカースト、言語、国籍に関係なくアクセスできることですよね。古い神話だと、どうしても特定の文化圏に閉じてしまう。でもアニメは、インターネットさえあれば誰でも見られる。


富良野:筆者はそれを「現代版の神話」と呼んでいる。意味が凝縮されていて、理解する人には一瞬で伝わる。ロイヤリティ、反逆、選ばれた家族、不公正な構造への抵抗。全部が一つのロゴに詰まっている。


Phrona:それって、ある意味で宗教的なシュローカ、つまり短い詩句みたいなものだと言っていましたね。消費する人によって、何層もの意味が読み取れる。その文化の中で何年も過ごしてきた人には瞬時に分かるけど、外の人にはノイズにしか見えない。



「リテラシーの分断」という問題


富良野:そこが興味深いポイントで、これは「リテラシーの分断」だと筆者は言っている。ただしそれは、学歴の問題じゃなくて、文化的な露出の問題だと。


Phrona:GenZのオンライン文化に浸かってきた人と、そうでない人とで、同じ画像を見ても見えているものが全然違う。上の世代が「子供っぽい」と切り捨てるものが、実は新しい政治的階層のリテラシー・マーカーになっている。


富良野:記事の中で、筆者の隣人が「GenZって新しい政党?」と聞いたというエピソードがありましたね。世代間の認識ギャップがよく表れている。


Phrona:私たちも、気をつけないとそっち側に行きかねないですよね。新しい表現形式を「くだらない」「軽薄だ」と片付けてしまうと、実際に起きていることの意味を見逃す。


富良野:15秒の動画が2時間のスピーチより政治的な重みを持つことがある、と筆者は言っている。段ボールに描かれたシンボルが、10年分のデジタル・ストーリーテリングを代表していることがある。これを真剣に受け止めないと、分析が的外れになる。



アルゴリズムという「選ばれざる政治的アクター」


Phrona:ただ、記事の後半で指摘されている問題も見過ごせないですよね。これらのミームを配信しているプラットフォームは中立じゃない。エンゲージメントを最大化するように設計されている。なぜなら、エンゲージメントが広告収入につながるから。


富良野:「怒りがビジネスモデルになるとき、そのシステムの中で構築された運動は、パワフルだけど不安定に感じられる」という一文、印象的でした。プラットフォームは注意を民主化するけど、感情を中央集権化する。


Phrona:誰でも発信できるようになった。でも、何がバイラルになるかの感情的なトーンは、アルゴリズムが形作っている。喜びのこともあるし、嫉妬のこともある。でも多くの場合、怒り。


富良野:で、そのアルゴリズムは選挙で選ばれたわけでもないし、誰にも説明責任を負っていない。でも何百万人もの人に影響を与えている。これを「意図せざる政治的アクター」と呼んでいる。


Phrona:GenZはこの緊張の中に座っている、という表現がありましたね。ゲートキーパーなしに発言できる力を与えられている。でも同時に、自分の注意力をマネタイズし、フラストレーションを増幅するシステムの中に閉じ込められている。


富良野:これ、かなり両義的な状況ですよね。エンパワーメントとエクスプロイテーション、力を与えられることと搾取されることが、同時に起きている。



「許可なく組織する」ということ


Phrona:でも、最後のところで筆者が言っていることには、ある種の希望も感じました。若者たちはこれらのプラットフォームを作ったわけじゃない。継承したんだと。でもミームを通じて、新しい言語を見つけた。許可なく組織できる言語を。


富良野:会議もマニフェストも必要なく、連帯を築ける言語を。古すぎて改革できないと感じられるシステムに抵抗できる言語を。


Phrona:それって、ある意味で、既存の制度が提供してくれなかったものを、自分たちで作り出しているということですよね。正式なチャンネルが機能しないから、非公式なチャンネルを発明した。


富良野:ただ、ここで難しいのは、その「非公式なチャンネル」が、シリコンバレーの企業が作ったインフラの上に乗っかっているということ。完全に自律的というわけじゃない。


Phrona:そう、だからこそ「緊張」なんですよね。純粋な解放でもないし、純粋な抑圧でもない。その間のどこかで、若い世代は泳いでいる。


富良野:記事の最後の一文、「これを真剣に受け止める時だ」というの、シンプルだけど重いですね。


Phrona:上の世代へのメッセージでもあるし、研究者や政策立案者へのメッセージでもあると思います。「子供っぽい」で片付けてしまうと、実際に起きている政治的な変化を理解できなくなる。



ミームを読む、という新しいリテラシー


富良野:筆者は「過去の世代がパンフレットやマニフェストを読むことを学んだように、私たちはミームを読むことを学ばなければならない」と言っていますね。


Phrona:これ、面白い転倒ですよね。普通、リテラシーというと、テキストを読む能力、活字を理解する能力を指す。でもここでは、画像やシンボルや15秒の動画を「読む」能力が問われている。


富良野:それも、単に表面的な意味じゃなくて、その背後にある文化的文脈、どのコミュニティでどう使われてきたか、何を引用しているか、といった層を読み取る能力。


Phrona:で、それは学校で教えてもらえるものじゃない。何年もかけてそのコミュニティに浸かることで身につくもの。


富良野:だから「文化的露出」の問題なんですね。フォーマルな教育じゃなくて、どれだけその世界に触れてきたか。


Phrona:考えてみると、これって昔から宗教や伝統文化がやってきたことと似ているかもしれない。特定の物語やシンボルを共有することで、コミュニティのアイデンティティを形成する。外部の人には意味不明でも、内部の人には深い意味がある。


富良野:ただ、違いは、従来の宗教や文化は地理的・血縁的な境界と結びついていた。でもミーム文化は、インターネットを通じてグローバルに広がっている。ネパールとメキシコとフィリピンの若者が、同じ「内部の人」になれる。


Phrona:それが「グローバル・ビレッジ」の実現だと筆者は言っていますね。マクルーハンが予言したものが、ミームを通じて現実になっていると。



運動の「前史」としてのミーム


富良野:もう一つ印象的だったのは、運動が「どこからともなく現れたわけじゃない」という指摘です。壊れた道路、遅延するパスポート、政治的な世襲ネットワーク、官僚的な不条理についてのミームが、何ヶ月も前から出回っていた。人々が街頭に出た時点で、ナラティブの下地はすでに完成していた。


Phrona:何千もの投稿が、プライベートな空間でいいねされ、シェアされることで。抗議運動の「前史」がデジタル空間で静かに進行していた。


富良野:だから2025年9月5日に政府が26のデジタルプラットフォームを禁止したことが、かえって運動の結集点になった、と。自分たちのコミュニケーション手段を奪われたという怒りが、街頭での行動につながった。


Phrona:プラットフォームを禁止することが、逆にその重要性を証明してしまった、という皮肉ですね。


富良野:これ、統治する側にとっては難しい問題ですよね。ソーシャルメディアを放置すれば抗議が組織される。禁止すれば、それ自体が抗議の理由になる。


Phrona:どちらにしても、若い世代がすでに共有しているナラティブ、「正義とはどういうものか」「悪役は誰か」「権力が乱用されたときどう対応すべきか」、これらは消えないわけですから。



問いを残して


富良野:結局、この記事が提起しているのは、「政治」というものの形が変わりつつあるということなのかもしれませんね。代表制民主主義とか、政党政治とか、そういう枠組みで捉えきれないものが出てきている。


Phrona:でも、それが「良いこと」なのか「悪いこと」なのかは、まだ分からない気がします。リーダーがいない運動は、柔軟で抑え込みにくい。でも同時に、一貫した要求を出したり、交渉したり、妥協点を見つけたりすることが難しいかもしれない。


富良野:アルゴリズムに増幅された怒りは、瞬間的なエネルギーを生むけど、持続的な変化につながるかどうかは別問題ですしね。


Phrona:記事の筆者は、自分でもMinecraftのビジュアルを使ったフライヤーを配って、麦わら海賊団のロゴがついたTelegramグループにリンクを貼っていたそうですね。研究者でありながら参加者でもある。その両義性も、この現象の複雑さを表している気がします。


富良野:「これを真剣に受け止める時だ」という結論に異論はないですけど、真剣に受け止めた上で、何をどうすればいいのかは、まだ誰にも分かっていない。


Phrona:でも、分からないなりに、まず「ミームを読む」ことから始めるしかないのかもしれませんね。15秒の動画の中に、10年分のストーリーが詰まっているかもしれないのだから。


富良野:そうですね。少なくとも、「子供っぽい」で片付けないことが、第一歩なのかもしれない。


 

 

ポイント整理


  • 世界同時多発的なGenZ運動の共通性

    • 2025年、ネパール、インドネシア、フィリピン、メキシコ、マダガスカルなど、歴史・宗教・政治体制の異なる国々で、若者主導の反腐敗・反ネポティズム運動が同時発生した。これらの運動に共通していたのは、同じシンボル(特に『ワンピース』の麦わら海賊団のロゴ)の使用と、明確なリーダーの不在であった。

  • ミームの政治的機能

    • インターネット・ミームは、かつてパンフレットや政党組織が担っていた「静かな組織化の仕事」を担っている。具体的には、アイデンティティの提供、行動の調整、権力差の平準化を、中央司令部なしに実現している。ミームは政治的立場を明示的に述べることなく、価値観をシグナルする手段となっている。

  • デジタルネイティブ世代の共有文化

    • 上の世代と異なり、現代の若者はグローバルに同じ視覚メディア(YouTube、TikTok、アニメなど)に触れて育っている。これにより、国境や文化を超えた「共通の視覚言語」が形成され、階級・宗教・カースト・国籍を問わず、同じ文化的参照点を持つようになった。

  • 『ワンピース』の象徴性

    • 『ワンピース』の麦わら海賊団のロゴが特に選ばれた理由は、物語の構造にある。腐敗した古いエリートに支配された世界で、正義を求めて旅する主人公という設定が、既存の政治システムから締め出されていると感じる若者の状況と共鳴している。また、宗教・カースト・言語に依存しない「現代版神話」として機能している。

  • リテラシーの分断

    • ミームを理解できるかどうかは、学歴ではなく「文化的露出」の問題である。GenZのオンライン文化に長年浸かってきた人には瞬時に意味が伝わるシンボルも、外部の人にはノイズにしか見えない。これは新しい形の「リテラシーの分断」を生んでいる。

  • プラットフォームの両義性

    • ミームを配信するプラットフォームは中立ではなく、エンゲージメント(=広告収入)を最大化するよう設計されている。アルゴリズムは感情、特に怒りを増幅する傾向があり、「選挙で選ばれていないが何百万人に影響を与える政治的アクター」として機能している。

  • エンパワーメントと搾取の同時性

    • GenZはゲートキーパーなしに発言できる力を得た一方で、自分たちの注意力がマネタイズされ、フラストレーションが増幅されるシステムの中に置かれている。この緊張関係が、運動の「パワフルだが不安定」な性質を生んでいる。

  • 運動の「前史」

    • 街頭での抗議運動は突然現れたわけではなく、何ヶ月も前から社会問題についてのミームが出回り、プライベートな空間で共有されることで、ナラティブの下地が形成されていた。2025年9月5日のデジタルプラットフォーム禁止措置は、かえって運動の結集点となった。

  • 新しい政治リテラシーの必要性

    • 過去の世代がパンフレットやマニフェストを読むことを学んだように、現代では「ミームを読む」能力が求められている。15秒の動画や段ボールに描かれたシンボルが、10年分のデジタル・ストーリーテリングを代表していることを認識し、これを真剣に受け止める必要がある。



キーワード解説


GenZ運動】

1990年代後半から2010年代前半に生まれた世代による社会運動。従来の政治運動と異なり、明確なリーダーを持たず、ソーシャルメディアとミームを通じて組織される特徴がある。


ミーム(Meme)】

インターネット上で広がる画像、動画、シンボルなどの文化的単位。政治的文脈では、価値観や立場を明示的に述べずにシグナルする手段として機能する。


麦わら海賊団(Straw Hat Pirates)】

漫画・アニメ『ワンピース』に登場する主人公グループ。その旗(ドクロと麦わら帽子)が、世界各地のGenZ運動で反権威・反腐敗のシンボルとして使用されている。


グローバル・ビレッジ(Global Village)】

メディア理論家マーシャル・マクルーハンが提唱した概念。電子メディアの発達により、世界中の人々が一つの村のように結びつくという予言で、現代のミーム文化がその実現形態の一つとされる。


リテラシーの分断】

ここでは、学歴ではなく文化的露出によって生じる理解力の格差を指す。GenZのオンライン文化に浸かってきた人とそうでない人との間で、同じシンボルを見ても読み取れる意味が異なる状況。


アルゴリズム】

ソーシャルメディアプラットフォームがコンテンツを選別・表示する際に使用する自動化された計算手順。エンゲージメントを最大化するよう設計されており、感情的なコンテンツを増幅する傾向がある。


ネポティズム(Nepotism)】

血縁者や知人を能力に関係なく優遇する行為。世界各地のGenZ運動で批判の対象となっている政治的慣行の一つ。


リーダーレス運動】

特定の指導者を持たない社会運動の形態。ミームやソーシャルメディアを通じて分散的に組織され、柔軟で抑え込みにくい反面、一貫した要求の提示や交渉が難しいという特徴がある。



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
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