不安定な時代に固まれなかった思想家――バウマンが見た「液状化する近代」
- Seo Seungchul

- 2025年12月30日
- 読了時間: 14分

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:Artur Banaszewski "Zygmunt Bauman’s Century" (Jacobin, 2025年11月19日)
概要:ポーランド出身の社会学者ジグムント・バウマンの生誕100年を記念した記事。彼が提唱した「液状化する近代(liquid modernity)」の概念と、その背景にある波乱に満ちた人生経験、そして現代社会への警鐘について論じている。
SNSを開けば溢れる情報、数ヶ月で変わる仕事の環境、確信を持てない将来設計。私たちの暮らしには、どこか落ち着かない感覚が染み込んでいます。社会学者ジグムント・バウマンは、こうした時代を「液状化する近代」と名付けました。それは、かつて人々が信じた安定や確実さが溶けていく時代――でもそれは、単なる不安の話ではありません。
バウマンの人生そのものが、思想の正統性に抗い続ける軌跡でした。ナチスの侵攻、共産主義体制からの追放、冷戦の両側での孤独。幾度も世界が崩れる経験をしながら、彼は「人々こそが歴史を動かす」という信念を手放さなかった。生誕100年を迎えた彼の思想は、今もなお、私たちに問いを投げかけています。安定を失った世界で、私たちは何を頼りに生きていけばいいのか、と。
固体から液体へ――時代の変わり目
富良野:バウマンの「液状化する近代」って、言葉としてはかなり広まったけど、実際のところ何を言おうとしてたんだろうね。
Phrona:固体が液体になる、っていう比喩そのものがすごく象徴的ですよね。固体って形が決まってるけど、液体はどんな容器にも入り込んでいく。
富良野:そう。バウマンが注目したのは、冷戦が終わった後の世界なんだよ。彼の言う「固体の近代」っていうのは、社会主義にしろ資本主義にしろ、みんなが集団的な進歩を信じてた時代。安定とか確実さとか合理性を、社会全体で追い求めてた。
Phrona:でもそれが溶けちゃった。
富良野:溶けたっていうか、信じられなくなった。2000年に出版された『液状化する近代』で、バウマンは新しい段階に入った近代社会の特徴を、まさにその不安定さに見出したんだ。個人は自由になった。昔の社会規範や制約から解放されて、自分のアイデンティティを追求できるようになった。
Phrona:でもその自由って、同時に不安でもあるんですよね。
富良野:そこがバウマンの洞察の鋭いところで。彼は「固体の近代」が抑圧的だったことも認めてる。でも、それが溶けたからといって良いことばかりじゃない。むしろ前の時代からの不正義が、不安定さによってさらに悪化してると。
Phrona:両面を見ようとしてたんですね。希望も不安も、どっちか一方じゃなくて。
富良野:うん。だから彼の文章には、単純な楽観主義も悲観主義もない。冷戦後の世界の独自性を認めながら、その矛盾を暴いていく。そういうバランス感覚が、世界中の読者に響いたんだと思う。
正統性への抵抗――バウマンの原点
Phrona:でもバウマンって、もともとはイギリスの労働運動の研究者だったんですよね。どうして社会学の大御所みたいな位置に?
富良野:それがね、彼のキャリアそのものが抵抗の歴史なんだよ。1950年代のポーランドは、大学がマルクス・レーニン主義の教化機関みたいになってた時期で。社会学は「ブルジョワ的」だって排斥されて、学問はすべて政治体制を支持するものじゃなきゃいけないと。
Phrona:それは息苦しい。
富良野:バウマンはその中で、西側の社会科学者たちがマルクス・レーニン主義に合致してないことを指摘する、いわば体制側の論客として訓練された。冷戦のイデオロギー戦争の最前線にいたわけ。
Phrona:でもそれに疑問を持ったんですね。
富良野:持たざるを得なかった。だってその正統性を守ろうとすればするほど、自分たちの側の欠陥が見えてきちゃうから。バウマンが一番問題だと感じたのは、社会主義を名乗る国家なのに、その世界観に「社会」が存在しないことだった。
Phrona:社会がない社会主義。
富良野:そう。公式の学説では、大衆は共産党指導部の決定に従うだけでいい。人々に相談する必要もなく、受け身でいてくれれば明るい共産主義の未来が来る、と。でもバウマンは、イギリスの労働運動を研究する中で気づいてたんだ。進歩的な変化は、人々の自律性と主体性を育てることなしには成功しないって。
Phrona:労働運動の力って、多様な社会勢力を動員できたことにあったんですもんね。
富良野:まさに。だから東欧の共産主義指導部が民主的な約束を脇に置いたことは、自分たちの政治的・知的停滞を招く自滅行為だったとバウマンは見てた。実際、後の崩壊はその予測を裏付けた。
Phrona:結局、彼は「修正主義者」のレッテルを貼られて国外追放されるんですよね。
富良野:1968年の反ユダヤ主義的な粛清でね。でも面白いのは、西側に渡っても彼はアウトサイダーであり続けたこと。多くの亡命者と違って、バウマンは共産主義体制での暴力や絶望を経験したからこそ、残虐行為でさえ構造的な検証に値すると考えてた。
Phrona:反共産主義の旗手にはならなかった。
富良野:ならなかった。彼はレーニンの社会主義が「人間の自由への死刑判決」だったことは認めた。でもそれと、急進的な思想や運動が生まれた歴史的動機を無視することは別だと。反共産主義って、東側陣営への反対だけじゃなかったから。
Phrona:どういうこと?
富良野:冷戦期の西側でも、反共産主義は体制の正統性を守る道具として使われた面があるってこと。バウマンは自分の形成過程もあって、そういう知的な正統性への同調を拒み続けたんだ。社会学は彼にとって政治的な選択だった。時代の正統性がいかに現代の現実を捉え損ねているかを暴くこと。
液状化の中で失われるもの
Phrona:バウマンは冷戦終結を歓迎したけど、楽観的にはなれなかったんですよね。
富良野:そう、そこが彼らしいところ。2000年代に入っても、みんなが新しいミレニアムに浮かれてる時に、彼は警鐘を鳴らしてた。
Phrona:何を危惧してたんでしょう。
富良野:社会的な絆の喪失。「液状化する近代」の核心はそこにある。個人は確かに自由になった。でもその自由と引き換えに、安定した人間関係やコミュニティから切り離されていく。
Phrona:不安定さが自由の代償なんですね。
富良野:しかもその不安定さは、市場メカニズムでは補えないとバウマンは繰り返し言ってた。面白いことに、彼の著作には「新自由主義」って言葉がほとんど出てこないんだけど。
Phrona:でも実質的には新自由主義批判ですよね。
富良野:完全にそう。1990年代から2000年代って、自由市場資本主義とグローバリゼーションへの信仰が頂点に達してた時期で。「歴史の終わり」なんて言われてた。バウマンはその真っ只中で、「液状化する近代」の中心的な約束に反論したんだ。
Phrona:どんな約束?
富良野:社会が生み出した問題を、個人の解決策で対処できるっていう約束。孤独も不安定も、自己責任で何とかしろと。でもバウマンは言うわけ、社会的な絆が失われたことは市場では補えないし、社会の主体性を無視する政治的世界観は失敗するって。
Phrona:「他に選択肢はない」って言われてた時代に。
富良野:まさに。だから彼はまた反体制派の役回りを引き受けたんだよ。支配的な知的ファッションを批判的に検証する。彼の本が突然売れ始めたのは、そういう左派的で社会主義に触発された視点が求められてたからだと思う。
Phrona:個人化と孤立化を、時代の必然じゃなくて批判すべき問題として見る視点。
富良野:そう。消費主義についても、彼は鋭い指摘をしてる。物を買うことで自分のアイデンティティを表現できるっていう幻想。でもそれは結局、際限のない欲望の追求になって、満たされることのない不安を生む。
Phrona:世界中の読者に響いたのは、日常の経験と結びついてたからでもありますよね。増大する不安定さとか孤独とか。
富良野:そうなんだよ。バウマンは哲学者でも歴史家でもなかったけど、時代を超えた理論家たちと対話しながら、同時代の人々の生きた経験に寄り添えた。学術的なスタイルを捨てたのも意識的な選択だったらしい。世界中の幅広い読者に届けるために。
ポピュリズムと民主主義の危機
Phrona:バウマンの晩年の著作に、ポピュリズムへの警告があるって聞きました。
富良野:2017年に亡くなる直前の論文でね。でもそれは単純なポピュリズム批判じゃないんだ。
Phrona:というと?
富良野:彼が警告したのは、「強いリーダー」たちが提案する安易な解決策に対してなんだけど、同時に認めてるんだよ。そういう提案への支持は、誤った考えや欺瞞のせいじゃなくて、世界中で増え続ける人々が感じてる本物の安全と統制の喪失の結果だって。
Phrona:その現実を無視することこそが問題なんですね。
富良野:そう。バウマンにとって、ポピュリズムを非難しながら民主政治の無力化を認識しないのは、解決策にならない。むしろ「完璧な政治秩序の間違いや歪み」について語ることこそが、現実の問題の根源に取り組むことから私たちを遠ざける偽りの慰めだと。
Phrona:聞いたことがある気がする、その構図。
富良野:バウマンはそれを以前にも見てたから。共産主義体制の停滞とまさに同じパターンだって。エリートたちが「これが最良のシステムだ、問題は部分的な欠陥だけだ」って言い続けて、民衆の経験を軽視する。
Phrona:でも彼は民主主義への信頼を失わなかったんですよね。
富良野:それがバウマンの思想の核心かもしれない。歴史やエリートや市場じゃなくて、人々自身が変化の方向を決めるっていう確信。だからナチスの侵攻も共産主義の粛清も経験したのに、民主主義の理念への信頼を手放さなかった。
Phrona:1939年に13歳でナチスのポーランド侵攻を目の当たりにして、1968年には反ユダヤ主義で追放されて。それでもなお。
富良野:そう。誰よりも政治的破局の現実的な可能性を理解してたはずなのに、それが民主主義と、それを創る人々への信念を打ち砕くことはなかった。
Phrona:そこまで人間を信じられるのって、どこから来るんでしょうね。
富良野: 彼の研究姿勢と結びついてると思う。常に変わり続ける人間の経験に好奇心を持ち続け、それを自分の経験よりも良いものにしたいと願い続けた。それは選択だったんだよ。批判的な学者であり続けるという意識的な決断。
未来は誰のものか
Phrona:バウマンの遺産って、結局何なんでしょう。
富良野:歴史の捉え方に選択肢を示したこと、かな。「歴史の終わり」みたいなリベラルな物語以外にも、現在の時代について考える方法があるって。
Phrona:液状化する近代論そのものが、ある種のカウンター・ナラティブだったんですね。
富良野:そう。支配的な言説が「これ以外に道はない」って言ってる時に、別の見方を提示した。でも同時に、その見方は単なる理論じゃなかった。バウマンの人生そのものが、正統性への抵抗の記録だったから。
Phrona:マルクス・レーニン主義にも、西側の反共産主義にも、新自由主義の楽観論にも、同調しなかった。
富良野:一貫してアウトサイダーだったんだよ。でもそのアウトサイダー性こそが、彼に時代を見る独自の目を与えた。両陣営の正統性を内側から知ってたから、どちらにも安易に乗らなかった。
Phrona:液状化する世界で、何も固まらないまま生きることを選んだ。
富良野:いい表現だね。でもバウマンが手放さなかったものもある。人々が文化と政治に意識的に集団参加することが、より良い社会を作るには不可欠だという信念。
Phrona:それって今も有効な視点なんでしょうか。
富良野:僕は有効だと思うよ。今の時代、不安定さはさらに加速してる気がする。雇用も人間関係も情報環境も。バウマンの言う「液体」は、もっと速く流れてるかもしれない。
Phrona:でも社会的な絆が必要だっていう指摘は、むしろ切実さを増してる気がします。
富良野:そうなんだよ。だからこそ彼の警告は今も響く。市場メカニズムだけでは、人間が必要とする安定や繋がりは提供できない。個人化された不安を、個人の努力だけで解決しようとするのは無理がある。
Phrona:でもじゃあどうすればいいのか、っていう問いは残りますよね。
富良野:それがバウマンの姿勢の面白いところで。彼は政策提案を書くことが目的じゃなかった。むしろ物語を通じて、私たちが自分たちの状況をどう理解するかに影響を与えようとした。
Phrona:処方箋よりも診断、みたいな。
富良野:そう。でもその診断が、私たちに行動の余地を示すんだ。歴史が決まってるわけじゃない、人々が作るものだっていう前提がある限り。
Phrona:過去を繰り返さないための唯一の方法は、現在を改善することだと。
富良野:最後の論文でそう書いてるね。未来は私たちが作るものだってことを、彼は生涯言い続けた。生誕100年を迎えた今、その言葉の重みを改めて感じるよ。
Phrona:不安定な時代だからこそ、ですね。
富良野:うん。液状化が進んでも、私たち自身が歴史を動かす主体だっていう認識は、固体のまま保っていたいよね。バウマンならそう言うと思う。
ポイント整理
液状化する近代の概念
バウマンは2000年に『液状化する近代』を出版し、冷戦後の世界を特徴づける個人的・集団的な不確実性の増大を指摘した。「固体の近代」では集団的進歩、安定、確実性が重視されたが、新しい段階では個人の自由が拡大する一方で、前例のない不安定さが生まれ、不正義が悪化した。
思想形成の背景
1950年代のポーランドでマルクス・レーニン主義の正統性を守る論客として訓練されたバウマンは、その過程で正統派イデオロギーの欠陥に気づく。特に、社会主義国家なのに「社会」が存在しないという矛盾を批判し、イギリス労働運動研究を通じて、人々の自律性と主体性なしに進歩的変化はあり得ないと確信した。
二重のアウトサイダー性
1968年に反ユダヤ主義的粛清で国外追放されたバウマンは、西側でもアウトサイダーであり続けた。共産主義体制の暴力を経験しながらも、単純な反共産主義には与せず、残虐行為の構造的検証の必要性を主張。東西両陣営の知的正統性を拒否し、批判的学者としての立場を貫いた。
新自由主義への暗黙の批判
「新自由主義」という言葉を直接使わなかったが、バウマンの著作は1990年代・2000年代の自由市場資本主義とグローバリゼーションへの強力な反論となった。「社会が生み出した問題を個人的解決策で対処できる」という「液体の近代」の中心的約束を批判し、社会的絆の喪失は市場メカニズムでは補えないと指摘した。
日常経験との共鳴
哲学者でも歴史家でもなかったバウマンは、学術的な厳密さよりも広い読者層への到達を重視し、堅苦しい学術スタイルを意識的に捨てた。増大する不安定さや孤独といった現代人の日常的経験に寄り添う文章が、世界中の読者の共感を呼んだ。
ポピュリズムと民主主義
晩年の論文で、バウマンは「強いリーダー」の安易な解決策に警告を発しつつも、その支持は誤った考えではなく、人々が感じる本物の安全と統制の喪失の結果だと認めた。ポピュリズムを非難しながら民主政治の無力化を無視することは、かつて共産主義体制で見た知的停滞と同じパターンだと指摘した。
人間への信頼
ナチスの侵攻(1939年)や共産主義体制からの追放(1968年)といった破局を経験しながらも、バウマンは民主主義と人々への信念を失わなかった。歴史を動かすのはエリートや市場ではなく人々自身であるという確信が、彼の思想の核心だった。
現代への遺産
「歴史の終わり」というリベラルな物語に対して、現在の歴史的時代を考えるための左派的な代替視点を提供。過去を繰り返さないための唯一の方法は現在を改善することであり、未来は人々が作るものだというメッセージは、生誕100年を迎えた今も重要性を保っている。
キーワード解説
【液状化する近代(Liquid Modernity)】
バウマンが提唱した概念で、現代社会の流動性と不確実性を特徴づける。固定的な社会構造や関係性が溶解し、個人が常に変化する環境に適応を強いられる状態を指す。
【固体の近代(Solid Modernity)】
液状化する近代以前の段階。集団的進歩、社会的安定、確実性、合理性を追求した時代。社会主義も資本主義も、この「固体性」を共有していた。
【マルクス・レーニン主義】
ソ連と東欧諸国の公式イデオロギー。マルクスの思想にレーニンの革命理論を加えたもので、共産党指導部の決定に従うことが大衆に求められた。
【修正主義(Revisionism)】
共産主義体制下で、マルクス・レーニン主義の正統性を疑問視する立場を指す蔑称。バウマンはこのレッテルを貼られて追放された。
【反ユダヤ主義的粛清】
1968年にポーランド共産党政権が行った知識人への弾圧。多くのユダヤ系知識人が職を失い、国外追放された。バウマンもその犠牲者の一人。
【新自由主義(Neoliberalism)】
市場メカニズムを重視し、国家の介入を最小限にする経済・政治思想。バウマンは直接この言葉を使わなかったが、実質的にその問題点を批判した。
【歴史の終わり】
冷戦終結後、フランシス・フクヤマが提唱した概念。リベラル民主主義と市場経済が最終的な統治形態として勝利したという主張。バウマンはこれに異を唱えた。
【個人化(Individualization)】
伝統的な社会的絆やコミュニティから個人が切り離され、自己責任で人生を設計しなければならない状態。自由の拡大と不安定さの増大を同時にもたらす。
【消費主義(Consumerism)】
物質的な消費を通じてアイデンティティや幸福を追求する社会的傾向。バウマンは、これが際限のない欲望と慢性的な不満足を生むと批判した。
【ポピュリズム】
大衆の不満に訴え、エリートへの対立を煽る政治手法。バウマンは晩年、その台頭を人々の本物の不安の表れとして理解する必要性を説いた。
【社会的絆(Social Bonds)】
人々を結びつける関係性やコミュニティの繋がり。バウマンは、その喪失が現代社会の中心的問題だと考えた。
【民主主義の主体性】
人々が政治的・文化的決定に能動的に参加すること。バウマンは生涯、これが社会変革の不可欠な条件だと信じ続けた。