企業の脱炭素宣言と実態のギャップ──なぜ"LED交換"が主流なのか
- Seo Seungchul

- 2025年11月10日
- 読了時間: 11分

シリーズ: 知新察来
◆今回のピックアップ記事:Catrina Achilles et al. "Big Goals, Small Steps—Why Most Corporate Green Initiatives Fall Short" (Kellogg Insight, 2025年9月1日)
概要:米国大手企業455社が2011年から2021年に報告した9,937件の排出削減プロジェクトを分析。企業の脱炭素施策の63%が3年以内に回収できる短期プロジェクトで、LED交換などの小規模な省エネ対策が中心。長期的な技術革新への投資は10%にとどまり、ネットゼロ目標達成には不十分であることが明らかになった。
多くの企業が「2050年までにネットゼロ」と高らかに宣言している。しかし、その裏側で実際に進められているプロジェクトの中身を見ると、期待とはかけ離れた現実が浮かび上がってくる。大規模な技術投資や長期的な脱炭素プロジェクトではなく、LED電球への交換や空調の効率化といった小規模な省エネ施策が大半を占めているのだ。
ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院のアーロン・ユーン准教授らの研究チームは、大手企業が報告した約1万件の排出削減プロジェクトを分析し、その投資額の中央値がわずか1270万円程度であることを明らかにした。企業は本当に気候変動に真剣なのか。それとも、株主や社会の期待と、実務の現実の間で板挟みになっているのか。
富良野とPhronaは、企業の脱炭素化が抱える構造的ジレンマを手がかりに、短期的な利益追求と長期的な社会責任のあいだで揺れる現代企業の姿を探っていく。
高らかな宣言、地味な実態
富良野:この記事、読んだんですけど、正直言って、やっぱりそうかって感じでしたね。企業が掲げるネットゼロ目標って華々しいじゃないですか。でも実際にやってることを見ると、LED電球の交換とか空気漏れの修理とか……。
Phrona:うんうん。なんというか、拍子抜けするような地味さですよね。でも、これって企業がサボってるっていうより、もっと構造的な問題じゃないかなって思うんです。富良野さんはどう見ますか?
富良野:構造的、たしかにそう思います。この研究で面白いのは、投資額の中央値が127,000ドル、日本円で1270万円程度っていう数字なんですよ。平均は900万ドルなんですけど、中央値で見るとそんなものなんですよね。つまり、ごく一部の大きなプロジェクトが平均を引き上げてるだけで、典型的なプロジェクトは本当に小さいんです。
Phrona:中央値と平均のギャップって、いつも何かを隠してますよね。一部の企業だけが本気で、大半は……形だけ、みたいな。
富良野:そうなんです。しかも63%のプロジェクトが3年以内に投資回収できるものばかり。10年以上かかるプロジェクトはたった10%。これじゃあ変革なんて起きないですよね。
Phrona:でも、そこに企業の正直さも感じるんですよ。つまり、本当に実行可能なことだけをやってるっていう。
短期と長期のジレンマ
富良野:実行可能って言い方、面白いですね。でも、僕が引っかかるのは、これって結局、CEOが来年の業績を気にしてるからだってことなんです。研究者もそう指摘してますよ。短期プロジェクトは財務的に魅力的で、すぐにキャッシュフローを生むんです。
Phrona:ああ、そうか。株主は四半期ごとに結果を求めてきますもんね。10年先の排出削減より、来年の利益率。
富良野:そうです。で、興味深いのは、この研究が示した「最適な組み合わせ」なんですよ。短期プロジェクト48%、長期プロジェクト52%っていうバランスが、生涯排出削減量を最大化するらしいんです。でも実際の企業の平均は61%対39%で、短期に偏ってるんですよね。
Phrona:ほんの少しのズレに見えるけど、積み重なると大きいんでしょうね。でも、そもそもなぜ長期プロジェクトの方が生涯排出削減量が大きくなるんでしょう?
富良野:それはね、短期プロジェクトって基本的に既存の枠組みの中での最適化なんですよ。LED電球に変える、空調を効率化する。それはそれで意味があるんですけど、限界がありますよね。でも長期プロジェクトっていうのは、たとえば水素エネルギーへの転換とか、風力発電施設の建設とか、根本的にエネルギー源を変えるようなことなんです。
Phrona:なるほど。建物の断熱を良くするのと、建物全体の設計思想を変えるくらいの違いですね。
富良野:そうそう。でも、そういう根本的な変革には時間がかかるし、リスクも高いんですよ。だから株主も経営者も及び腰になるんです。
誰が犠牲を払うのか
Phrona:この記事の終わりの方で出てくる問いかけ、すごく刺さったんですよ。ハンバーガーチェーンがベジバーガーに切り替えることを、消費者や投資家は本当に受け入れられるのかって。
富良野:ああ、あそこはシビアですよね。牛肉は気候に悪影響が大きいから、本気で脱炭素するならメニューを変えなきゃいけない。でも、それを消費者が許すかっていう話なんです。
Phrona:ChatGPTみたいな生成AIもそうですよね。データセンターを冷却するのに大量の水を使うって。私たちが便利さを手放せないから、企業も思い切った転換ができない。
富良野:そうなんです。つまりこれって、企業だけの問題じゃないんですよ。社会全体が短期的な快適さと長期的な持続可能性のあいだで揺れてる。企業はその矛盾の最前線にいるだけなんです。
Phrona:でも、企業には主導する力もあるはずですよね。消費者の選択肢を作るのは企業なんだから。
富良野:それはそうなんですけど、上場企業の場合、株主がそれを許すかどうか。短期的にリターンが下がることを、投資家が受け入れられるかっていう話になるんですよ。
透明性という武器
Phrona:ところで、この研究のデータ自体がCDPっていう組織に企業が自主的に報告したものなんですよね。監査も受けてない。
富良野:そうです、そこも重要なポイントなんですよ。財務諸表は監査を受けるんですけど、排出削減の取り組みは基本的に企業の自己申告なんです。研究者も「企業の言葉をそのまま信じるしかない」って言ってますよね。つまり、炭素会計はまだまだ未成熟なんです。
Phrona:ということは、もしかして、この1270万円っていう数字すら、実際より良く見せてる可能性もあるってことですか?
富良野:可能性としてはありますね。報告するプロジェクトを選べるわけですから。逆に言えば、この数字はむしろ控えめに見た方がいいかもしれないです。
Phrona:でも、透明性が高まれば、もっとプレッシャーになりますよね。こういう研究が出ることで、「ああ、この会社はLED交換しかやってないんだ」って分かるようになる。
富良野:それは期待したいところなんですけど、同時に、透明性だけでは動かないものもあると思うんですよ。結局、企業にとって長期投資が合理的になるような制度設計が必要なんじゃないでしょうか。
インセンティブの再設計
Phrona:制度設計って、たとえばどんなことですか?
富良野:たとえば、炭素税を段階的に上げていくとか、長期的な排出削減に投資した企業に税制優遇を与えるとか。あるいは、年金基金みたいな長期投資家が、もっと積極的に企業の気候戦略に関与するとかですね。
Phrona:短期的なリターンを求める投資家と、長期的な視点を持つ投資家のバランスが変わらないと、企業の行動も変わらないってことですね。
富良野:そうなんです。いまは短期志向の資本が強すぎるんですよ。でも、気候変動のリスクって、長期的には企業価値そのものを脅かすわけで、本来は長期投資家こそ真剣に考えるべきなんですけどね。
Phrona:皮肉なのは、みんな気候変動は大事だって言うけど、実際に何かを諦める段階になると尻込みしちゃうってことですよね。企業も投資家も消費者も。
富良野:そうなんですよ。この記事の最後の問いかけがまさにそれで、「私たちはどれだけのものを手放す覚悟があるのか」って。それに答えないまま、企業にだけネットゼロを求めてもフェアじゃないですよね。
小さな一歩の意味
Phrona:でも、LED交換みたいな小さなプロジェクトにも意味はあるんですよね。何もしないよりはマシっていうか。
富良野:もちろんです。年間の排出削減量を投資額で割った効率で見ると、短期プロジェクトの方が優れてる場合もあるって研究は示してますよ。つまり、コスパは良いんです。
Phrona:ああ、でも生涯で見ると長期プロジェクトの方が総削減量は大きいんですよね。難しいなあ。
富良野:バランスなんですよね、結局。短期プロジェクトで即効性のある削減を進めつつ、長期プロジェクトで構造転換を図る。両方必要なんですけど、いまは短期に偏りすぎてるっていうのがこの研究の指摘なんです。
Phrona:でも、それって個々の企業にはすごく難しい判断ですよね。特に株主からのプレッシャーがある中で。
富良野:だから、社会全体でその判断を支えるような環境を作らないといけないんですよ。規制とか、市場のルールとか、投資家の評価基準とかですね。
問いを残して
Phrona:結局、この問題って、資本主義と長期的思考の相性の悪さに行き着く気がします。四半期ごとの業績報告と、50年後の地球環境って、時間軸が違いすぎる。
富良野:そうですね。でも、面白いのは、その矛盾を前に企業が完全に立ち止まってるわけじゃないってことなんです。小さくても、動いてはいる。問題は、そのスピードと規模が目標に見合ってないってことなんですよ。
Phrona:じゃあ、私たち一人ひとりにできることって何なんでしょう。企業の報告を見る目を養うとか?
富良野:それもありますし、自分が投資してる年金基金がどういう基準で企業を選んでるか関心を持つとか。あるいは、多少不便でも持続可能な選択肢を選ぶとか。まあ、簡単じゃないですけどね。
Phrona:簡単じゃないですね。でも、この研究みたいに実態を明らかにすることが、変化の第一歩なのかもしれません。きれいごとじゃなくて、現実を見るっていう。
富良野:そうですね。希望的観測じゃなくて、データに基づいた議論が必要ですよね。企業がどれだけ本気か、そのギャップをちゃんと測る。そこから始まる気がします。
ポイント整理
大半の施策は短期的
米国大手企業455社が報告した約1万件の排出削減プロジェクトのうち、63%が3年以内に投資回収できる短期プロジェクト。10年以上かかる長期プロジェクトはわずか10%にとどまる。
投資規模は予想外に小さい
プロジェクトあたりの投資額の中央値は約127,000ドル(約1,270万円)。平均は約900万ドルだが、これは一部の大型プロジェクトが引き上げているため。企業の年間総投資額は前年度利益の1%未満。
主な取り組みはLED交換や省エネ
全プロジェクトの約4分の3が、建物や生産施設のエネルギー効率化。具体的にはLED照明への交換、空気漏れの検知、製造プロセスの最適化など、比較的容易で即効性のある対策。
長期プロジェクトの方が生涯削減量は大きい
短期プロジェクトは年間の削減効率(投資額あたりの削減量)では優れているが、生涯にわたる総削減量では長期プロジェクトが上回る。
最適な組み合わせは半々
研究によれば、短期プロジェクト48%、長期プロジェクト52%という配分が排出削減を最大化する。しかし実際の企業平均は61%対39%で短期に偏っている。
財務的魅力が判断を歪める
短期プロジェクトは正味現在価値が高く、すぐにキャッシュフローを生むため、来年の業績を気にするCEOにとって魅力的。長期プロジェクトは財務的リスクが高く、株主の理解も得にくい。
炭素会計は未成熟
企業の排出削減活動は財務諸表と異なり、監査や第三者保証を受けていない。CDP(旧カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)への報告は自主的で、企業の自己申告に依存している。
社会全体のトレードオフが必要
ファストフード企業が気候に配慮してベジバーガーに切り替えることや、生成AIの利用を控えることなど、消費者や投資家も短期的な利便性を手放す覚悟が求められる。
制度設計の重要性
企業が長期投資を合理的に選択できるようなインセンティブ設計(炭素税、税制優遇、長期投資家の関与強化など)が必要。透明性の向上だけでは行動変容には不十分。
ネットゼロ達成への懸念
現在の取り組み規模とペースでは、多くの企業が掲げるネットゼロ目標の達成は困難。より大胆で長期的な投資への転換が急務。
キーワード解説
【ネットゼロ(Net Zero)】
温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させ、実質的な排出をゼロにすること。多くの企業が2050年までの達成を宣言している。
【ペイバック期間(Payback Period)】
投資した資金を回収するまでにかかる期間。3年以内なら短期、10年以上なら長期プロジェクトとされる。
【CDP(Carbon Disclosure Project)】
企業や自治体の環境影響に関する情報開示を促進する国際的な非営利組織。企業が自主的に排出削減活動を報告するプラットフォームを提供。
【中央値と平均値】
中央値はデータを小さい順に並べた時の真ん中の値。平均値は全データの合計を個数で割ったもの。極端な値に引っ張られやすい平均値より、中央値の方が典型的な実態を示す。
【正味現在価値(Net Present Value, NPV)】
将来のキャッシュフローを現在の価値に割り引いた合計。NPVが高いプロジェクトほど財務的に魅力的とされる。
【生涯排出削減量(Lifetime Carbon Savings)】
プロジェクトが稼働期間全体を通じて削減するCO2の総量。短期的な年間削減量とは異なる長期的指標。
【炭素会計(Carbon Accounting)】
企業や組織の温室効果ガス排出量を測定・報告・管理する会計手法。財務会計と異なり、まだ標準化や監査体制が整っていない。
【エネルギー効率化(Energy Efficiency)】
同じ成果を得るために必要なエネルギー消費を減らすこと。LED照明や高効率空調などが代表例。
【変革的技術(Transformative Technologies)】
根本的な仕組みを変える技術。水素エネルギー、風力発電、カーボンキャプチャーなど、既存インフラからの大転換を伴う。
【四半期業績(Quarterly Performance)】
上場企業が3か月ごとに報告する財務実績。株主や市場がこれを重視するため、経営者は短期的な成果を優先しがち。