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新自由主義の終わりに見える、資本主義の孤独な未来

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Branko Milanovic "As Neoliberalism Crumbles, It Becomes More Destructive" (Jacobin, 2025年11月6日)

  • 概要:グローバル不平等研究の第一人者ミラノヴィッチへのインタビュー。新自由主義的グローバル化の終焉と、それに代わる「国家的市場自由主義」の台頭、そして資本主義の本質的な問題について論じる。



グローバル化がもたらした恩恵は確かにあった。世界のGDPは3倍になり、中国やインドの台頭によって国家間の所得格差は縮小した。しかし、その成功が皮肉にも、新自由主義的グローバル化そのものの終焉を招いている。経済学者ブランコ・ミラノヴィッチは、この矛盾に満ちた転換期を「大いなるグローバル変容」と呼ぶ。


彼が描き出すのは、単なる経済システムの変化ではない。中国の台頭が地政学的緊張を生み、国内では資本と学歴を兼ね備えた新しいエリート層が台頭し、取り残された人々がポピュリズムに傾倒していく。そして新自由主義が崩れる中で、その最も破壊的な側面だけが強化されていく逆説。


富良野とPhronaは、この複雑な構造転換を読み解きながら、資本主義の本質的な問題にたどり着く。それは、すべてを商品化し、孤独を生み出すシステムの暴力性だ。希望の見えにくい時代に、二人は何を語り合うのだろうか。




グローバル化の成功が、なぜ自らの終わりを招いたのか


富良野:ミラノヴィッチのインタビューを読んでて、すごく皮肉だなって思ったんですよ。グローバル化って、客観的に見れば成功なんですよね。世界のGDPは3倍になって、中国やインドが豊かになって、国家間の所得格差は縮小した。でも、その成功が新自由主義的グローバル化の終わりを招いているっていう。


Phrona:成功が崩壊の種を蒔いてたってこと?


富良野:そう、まさにそれ。彼の言い方を借りれば、中国の台頭を可能にしたのがグローバル新自由主義で、その中国の台頭がグローバル新自由主義の終わりを必然にしたっていう。すごく逆説的でしょ。


Phrona:でも考えてみれば、アメリカが世界の覇権を簡単に手放すわけないもんね。中国が経済規模で追いついてきたら、地政学的な緊張が生まれるのは当然かも。


富良野:そうなんです。ミラノヴィッチは、善意の観察者がいたとして、その人に過去50年の変化を説明するなら、全体としてはポジティブに見えるはずだって言ってるんですよ。でも、それを国家レベル、国内の政治レベルに落とし込むと、問題だらけになる。


Phrona:グローバルな視点と、ローカルな視点のズレってことね。


富良野:まさに。先進国では製造業の仕事がアウトソーシングされて、中間層の賃金が下がった。それで不満を抱えた人たちがポピュリストに投票する。これだけ大きな変化なんだから、痛みなく吸収されるなんて期待できないって、彼は言うわけです。


Phrona:うーん、でもそれって、誰の責任なんだろう。中国のせいじゃないよね、本当は。


富良野:そこなんですよ。ミラノヴィッチも、中国をスケープゴートにするのは間違いだって認めてる。むしろ国内のエリート層の問題だって。


資本家であり労働者でもある、新しいエリートの誕生


Phrona:そのエリートの話、すごく興味深かったな。資本も持ってるし、高い給料ももらってるっていう、新しいタイプのエリート。


富良野:彼が「ホモプルティック・エリート」って呼んでるやつですね。資本と労働の両方で富を持ってる人たち。これ、歴史的には新しい現象なんですよ。


Phrona:昔は、資本家は資本家、労働者は労働者って、もうちょっと分かれてたもんね。


富良野:そう。で、面白いのは、このエリートがアメリカにも中国にも存在してるってことなんです。アメリカでは、金融業界で1日10時間も12時間も働く人たちが、自分たちは努力したから成功したんだって思ってる。


Phrona:メリトクラシーの罠ってやつか。


富良野:ダニエル・マーコヴィッツの本からの引用なんですけど、今日のスタハノフ主義者は資本家だって。めちゃくちゃ働いて、自分たちは努力してるから報酬に値するって思ってる。そして、うまくいかなかった人たちを軽蔑してるんです。頭が悪いとか、勉強が足りないとか、そういう風に。


Phrona:それって、ちょっと怖いよね。カルヴァン主義的な誇りと軽蔑って表現してたけど、まさにそれ。自分の成功を神の恩寵みたいに捉えてて、他者への共感がない感じ。


富良野:で、中国のエリートも同じように豊かになってるんだけど、彼らの場合は共産党の党員資格が重要になる。資本家として成功するには、政府とのコネクションが必要だからって。


Phrona:つまり、アメリカでは学歴が通行証で、中国では党員証が通行証ってこと?


富良野:そういうことです。形は違うけど、両方とも特権的な資格によって守られたエリート層が形成されてる。そして、この層が一般の人々から乖離していく。


新自由主義は死んだのか、それとも変異したのか


Phrona:で、ミラノヴィッチは、新自由主義的グローバル化が終わったって言ってるわけだけど、完全になくなったわけじゃないんでしょ?


富良野:そこが重要なポイントなんです。彼は「国家的市場自由主義」って呼んでるんですけど、これは新自由主義が変異したものなんですよ。


Phrona:変異?


富良野:ええ。彼の整理がすごく分かりやすいんですけど、自由主義って4つの象限に分けられるって言うんです。国内の経済面では、自由競争、低税率、規制緩和。社会面では、消極的自由、多様性の受容。国際面でも経済と社会があって、経済では自由貿易、社会ではコスモポリタニズム、つまり人の移動の自由。


Phrona:なるほど、4つの領域ね。


富良野:で、トランプを見てください。国際面の2つは完全に消えた。保護主義で、移民も制限する。社会的な多様性の受容も攻撃されてる。残ってるのは、国内の市場自由主義だけなんですよ。


Phrona:むしろ、そこは強化されてるんだ。


富良野:そう、減税、規制緩和、資本への優遇税制、全部倍増してる。だから、これを新自由主義の終わりと呼ぶべきか、それとも新自由主義の最も破壊的な部分だけが残った変異と呼ぶべきか。


Phrona:タイトルの「崩れながら、より破壊的になる」って、そういうことなのね。


富良野:まさに。国際協調も、社会的包摂も捨てて、ひたすら国内の富裕層に有利な政策だけが残る。それが「国家的市場自由主義」の正体です。


ポピュリズムは、エリートへの復讐になり得るか


Phrona:でもさ、トランプとか、ヨーロッパの極右政党とか、ああいうポピュリストって、一応エリート批判をしてるわけじゃない?それって、何か変化をもたらせないのかな。


富良野:ミラノヴィッチは、そこには懐疑的なんですよ。トランプの政策を見れば、不平等は悪化するだろうって。


Phrona:じゃあ、なんで支持されるの?


富良野:それが面白いところで、エリートが嫌いだからって理由だけで、自分たちの状況が改善しなくてもいいって思ってる人たちがいるんじゃないかって。


Phrona:それって、すごく虚しくない?自分が損してもいいから、あいつらを引きずり下ろしたいみたいな。


富良野:虚しいですよね。でも、それだけエリートへの不信が深いってことなんでしょう。フランスで国民連合が台頭してるとか、イギリスで改革党が伸びてるとか、ドイツでAfDが支持されてるとか、これは偶然じゃないって。


Phrona:構造的な問題だと。


富良野:そう。で、ミラノヴィッチが言うには、ポランニの「二重の運動」に戻るんじゃないかって。市場が社会を破壊しようとすると、社会が反撃するっていう。グローバル化の敗者は、この新自由主義の後退から何も得るものがない。むしろ、福祉国家が削られて、軍備拡張の名目で社会的セーフティネットが民営化されて、不平等はさらに悪化する。


Phrona:それって、いつか爆発するんじゃない?


富良野:社会がいつか反撃するかって質問に、彼ははっきり答えてないんですけどね。ただ、このシステムが非常に脆弱で爆発的だとは認めてる。


すべてを商品化する資本主義の暴力性


Phrona:インタビューの最後、すごく暗い話になるよね。資本主義は本質的に不道徳なシステムだって。


富良野:ああ、あそこは読んでて重かったですね。彼は方法論的にはマルクス主義者だって言いながら、資本主義に代わるシステムの青写真は持ってないって。


Phrona:でも、資本主義の批判は容赦ないよね。自己利益と利潤によって動くシステムで、本質的に非道徳的だって。


富良野:彼、面白いことを言ってるんですよ。ステークホルダーだの株主価値だのっていう議論は全部ナンセンスで、ミルトン・フリードマンが正しいって。資本家の社会的な役割は、環境とか他人のことを気にすることじゃなくて、株主と自分の金のことを考えることだって。


Phrona:それって、開き直りみたいに聞こえるけど、誠実な認識でもあるよね。きれいごとを言わないっていう。


富良野:そう。で、彼が指摘してるのは、今まで商品化されなかった活動がどんどん商品化されてるってことなんです。家事、料理、犬の世話、高齢者の介護、死ぬことさえ。


Phrona:家族の消滅ってことだよね、それって。


富良野:まさに。家族っていうのは、本来商品化されない活動で定義されるものだから。すべてを商品化すると、残るのは孤独な世界だって。


Phrona:ギー・ドゥボールの『スペクタクルの社会』を引用してたね。1968年の本なのに、こんな未来が見えてたって。


富良野:原子化された社会、バラバラの個人だけが残る世界。ミラノヴィッチの言葉を借りれば、厳しいペシミズムってことなんでしょう。


Phrona:気候変動について楽観的なのは、ちょっと意外だったけど。


富良野:ああ、あそこは議論が分かれるところでしょうね。技術的解決を信じてるし、資源の限界っていう発想自体が技術によって変わるものだって考えてる。


Phrona:でも、資本主義の商品化の暴力性については、もう解決策がないように見える。


富良野:そうなんですよ。彼自身、代替システムの青写真は持ってないって認めてる。だから、このペシミズムは、単なる悲観論じゃなくて、現実を見据えた上での絶望に近いのかもしれない。


崩壊の後に何が来るのか


Phrona:戦争になる可能性についても聞かれてたけど、はっきりとは答えてなかったね。


富良野:今すぐにでも起こり得るって言ってましたけど、確信はないみたいですね。ただ、資本主義っていうシステムそのものが、拡張を求め続けるから、地政学的な緊張は避けられないって構造はある。


Phrona:ポランニの時代と似てるっていうのは、その点なのかな。19世紀の市場自由主義が崩壊して、ファシズムが台頭した。今回は新自由主義が崩壊して、何が来るのか。


富良野:彼のタイトルは「大いなるグローバル変容」ですけど、ポランニみたいに次の時代が何かを明示してるわけじゃない。ただ、崩壊のプロセスは見えてるっていう。


Phrona:希望がないようにも聞こえるけど、でも、現実を直視するって、それ自体が何かの始まりなのかもね。


富良野:どういうこと?


Phrona:だって、きれいごとを言わずに、資本主義は不道徳で、商品化は孤独を生み出すって認めるところから、何か違う思考が始まるかもしれないじゃない。すぐに答えは出ないけど。


富良野:うーん、それはそうかもしれない。ミラノヴィッチ自身、マルクス主義的な方法論を持ちながら、資本主義を自然な生産様式だとは思ってない。乗り越えられる可能性は残してるんですよね。


Phrona:ただ、青写真がないって。


富良野:そう。でも、考えてみれば、青写真を持たないまま変容に向き合うっていうのも、ひとつの誠実さなのかもしれない。20世紀の壮大な実験が失敗したあとで、簡単に次のシステムを描くのは傲慢なのかも。


Phrona:孤独で、商品化された世界。その中で、私たちがどう生きるかっていうのは、システムの問題であると同時に、一人ひとりの選択の問題でもあるのかもね。



 

ポイント整理


  • 新自由主義的グローバル化の逆説

    • 過去50年間、世界のGDPは3倍になり、中国やインドの台頭により国家間の所得格差は縮小した。しかし、この成功自体が地政学的緊張と国内の政治的反発を生み、新自由主義的グローバル化の終焉を招いている。中国の台頭を可能にしたのがグローバル新自由主義であり、その台頭がグローバル新自由主義の終わりを必然にしたという皮肉な構造。

  • ホモプルティック・エリートの台頭

    • 資本と高い労働所得の両方を持つ新しいタイプのエリート層が、アメリカと中国の両方で形成された。アメリカでは有名大学の学歴が通行証となり、中国では共産党の党員資格が重要な役割を果たす。このエリート層は、自分たちの成功を努力の結果と捉え、カルヴァン主義的な誇りと、他者への軽蔑を併せ持つ。

  • 国家的市場自由主義への変異

    • 新自由主義は完全に消えたわけではなく、最も破壊的な部分だけが残る形で変異している。自由主義の4つの象限(国内経済、国内社会、国際経済、国際社会)のうち、国際面と社会的多様性の受容は捨てられ、国内の市場自由主義(減税、規制緩和、資本優遇)だけが強化されている。これが「国家的市場自由主義」の正体。

  • ポピュリズムの虚しい反乱

    • トランプをはじめとするポピュリスト政治家は、エリート批判を掲げるが、実際の政策は不平等を悪化させる。しかし、エリートへの不信が深いため、自分たちの状況が改善しなくても、エリートが権力を持たないならそれでいいと考える有権者が存在する。福祉国家は削減され、不平等はさらに拡大するという脆弱で爆発的な状況。

  • 商品化の暴力性と孤独

    • 資本主義は本質的に自己利益と利潤によって動く非道徳的なシステムである。家事、料理、介護、死に至るまで、かつて商品化されなかった活動がすべて商品化されている。家族は本来商品化されない活動で定義されるため、すべての商品化は家族の準消滅を意味する。結果として残るのは、原子化された孤独な世界。

  • 代替案なき批判

    • ミラノヴィッチは方法論的にはマルクス主義者で、資本主義を自然な生産様式とは考えず、乗り越えられる可能性を認めている。しかし、代替システムの具体的な青写真は持っていない。20世紀の壮大な実験が失敗した後、簡単に次のシステムを描くことの危険性を認識しつつ、厳しいペシミズムを表明している。



キーワード解説


新自由主義的グローバル化(globalization II)】

1989年の東側陣営崩壊以降、アメリカ主導で進められた世界秩序。自由貿易、規制緩和、民営化を特徴とし、中国やインドの台頭を可能にした一方で、先進国内の不平等拡大と中間層の没落を招いた


ホモプルティック・エリート(homoplutic elite)】

資本と高い労働所得の両方を持つ新しいタイプのエリート層。金融業界で長時間労働をする高給取りが典型例で、自分たちの成功を努力の結果と捉え、他者への軽蔑を併せ持つ


国家的市場自由主義(national market liberalism)】

新自由主義が変異した新しい形態。国際協調や社会的包摂を放棄し、国内の市場自由主義(減税、規制緩和、資本優遇)だけが残った状態。トランプ政権に典型的に見られる


エレファント・カーブ(Elephant Curve)】

ミラノヴィッチが2013年に発表したグローバル所得分布のグラフ。グローバル化の勝者(新興国の中間層と先進国の超富裕層)と敗者(先進国の中間層)を視覚化したもの


二重の運動(double movement)】

ポランニが『大転換』で提示した概念。市場が社会を破壊しようとすると、社会が自己防衛のために反撃するという動態。現在、グローバル化への反発として再び現れている


メリトクラシーの罠(The Meritocracy Trap)】

ダニエル・マーコヴィッツの著書のタイトルで概念。能力主義が新しいエリート層を生み出し、彼らが特権を正当化する装置になっている状況を指す


商品化(commodification)】

本来、市場取引の対象ではなかった活動や関係が、貨幣を媒介とした商品・サービスに変換されていくプロセス。家事、介護、死に至るまで拡大している


スペクタクルの社会(The Society of the Spectacle)】

ギー・ドゥボールが1968年に著した本。すべてが表象と消費の対象になり、人間関係が商品関係に置き換えられる社会を予見的に描いた



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
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