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気候レジリエンスが投資の新潮流に──自然災害から利益を生む時代の倫理

更新日:2025年11月25日

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Alexis Trittipo et al. "Climate resilience technology: An inflection point for new investment" (McKinsey Insights, 2025年9月29日)

  • 概要:気候変動による自然災害の激化を背景に、企業や投資家が気候レジリエンス技術への投資を本格化させている。マッキンゼーは、建物の強靭化、送電網の強化、水インフラ、農業技術など10分野49技術を分析し、2030年までに6000億ドルから1兆ドル規模の市場になると予測。従来は公的資金が中心だったこの分野に、民間資本が流入し始めている。



2024年、アメリカでは10億ドル規模の気候災害が27件発生しました。過去44年間の年平均の3倍です。2025年前半だけで、世界の経済損失は1620億ドルに達しています。こうした中、企業や投資家の間で気候レジリエンス──つまり気候変動への適応技術への関心が急速に高まっています。防災や適応への投資が、実は新しい資産クラスとして浮上しつつあるのです。


マッキンゼーの最新レポートは、この分野が2030年までに6000億ドルから1兆ドル規模の市場になると予測しています。しかし、災害が増えるほど投資機会が広がるという構図には、複雑な問いが潜んでいます。富良野とPhronaの対話を通じて、この新しい投資領域が持つ可能性と矛盾、そして私たちが向き合うべき問いを探ります。




災害が増えるほど広がる市場


富良野:このレポートを読んで、まず驚いたのが数字の重みですね。2024年だけで、アメリカ国内で10億ドル規模の気候災害が27件。過去40年以上の平均の3倍って、異常事態というよりもう構造的な変化じゃないですか。


Phrona:そうですね。しかも2025年の前半だけで、世界全体の経済損失が1620億ドル。半年でこれって、災害が日常に組み込まれていく感じがします。


富良野:そう、災害が例外じゃなくて前提になりつつある。で、このレポートが面白いのは、その前提の変化を投資機会として捉え直しているところなんです。気候レジリエンス技術の市場が、2030年までに6000億ドルから1兆ドル規模になるって。


Phrona:レジリエンスって、回復力とか適応力みたいな意味ですよね。具体的にはどんな技術なんですか?


富良野:幅広いんですよ。建物を強化する素材やシステム、送電網を気候災害から守る技術、水不足に対応するインフラ、極端な天候でも収穫を守る農業技術、災害予測や早期警報のソフトウェア、山火事の管理サービス、洪水対策……。レポートでは10の技術カテゴリーに分類されてます。


Phrona:なるほど。でも、これって考えてみると不思議な話ですよね。災害が増えれば増えるほど、市場が拡大する。その構図って、どこか違和感がありませんか?


富良野:ああ、それは僕も感じました。災害の深刻化が前提条件になっている投資市場って、ある意味で倒錯してる。


予防か、それとも利益か


Phrona:でも実際、災害が起きてから復興にお金を使うよりは、事前に備える方が理にかなってるとも言えますよね。保険料が上がり続けるより、建物を強化しておく方が長期的には経済的だし。


富良野:それはそうなんです。レポートでも、フロリダの保険料が2020年から2023年の間に約55%上昇して、年間3500ドルになったって書いてある。保険会社が気候リスクを価格に反映させ始めてるんですよ。これって、市場が災害の現実を正直に映し出してる証拠でもある。


Phrona:うーん、でもその価格シグナルって、誰にとってのメッセージなんでしょうね。保険料が払える人は備えられるけど、払えない人はリスクをそのまま背負う。その格差が広がるだけのような気もします。


富良野:鋭い指摘だと思います。実際、このレポートが焦点を当ててるのは、主に企業や投資家、富裕層向けの市場なんですよね。公共セクターや慈善団体の役割も重要だって一応触れてはいるけど、基本的には民間資本の投資機会としてフレーミングされてる。


Phrona:つまり、レジリエンスが商品化されていく過程ってことですね。


公共財が資産クラスになるとき


富良野:もうひとつ興味深いのが、これまで気候レジリエンスへの投資の85%以上は開発金融機関や公的機関が担ってきたって話です。民間資本はわずか11%。


Phrona:ああ、なるほど。もともとは公共の仕事だったわけですね。


富良野:ええ。でも今、その構図が変わろうとしてる。レポートでは、TPGやインベスコみたいな大手資産運用会社が、専用のファンドを立ち上げ始めたって紹介されてます。気候レジリエンスが、新しい資産クラスとして認識され始めてるんです。


Phrona:資産クラスって、株式とか債券とか不動産みたいな、投資対象のカテゴリーってことですよね。防災がそういう枠組みに入っていくって、なんだか奇妙な感覚があります。


富良野:奇妙だけど、現実的でもあるんですよ。公的資金だけじゃ全然足りないから。災害が増えれば必要な投資額も膨らむ一方で、それを全部税金で賄うのは無理がある。だったら民間資本を動員しようっていう発想自体は、まあ理解できる。


Phrona:でも、その論理って突き詰めると、公共財の民営化みたいな話に繋がりませんか? 災害から身を守るっていう基本的な権利が、投資収益率に左右されるようになる。


富良野:そこが一番の矛盾ですよね。レポートは投資収益を強調してる。レジリエンスへの投資がどれだけのリターンを生むか、定量化することが重要だって。でも、すべての適応策が収益化できるわけじゃない。


収益化できない命を誰が守るのか


Phrona:収益化できないレジリエンスって、たとえばどんなものですか?


富良野:たとえば、経済価値が低いとされる地域のインフラ整備とか。あるいは、効果が出るまで何十年もかかるような生態系の保全とか。レポートが対象にしてるのは、2030年までに採算が取れそうな技術だけなんです。長期的、大規模なインフラ変更は除外されてる。


Phrona:つまり、すぐに利益が見込めるものしか投資されないってことですね。


富良野:そういうことになる。レポートにも書いてあるんですよ、この分析は気候レジリエンスの全体的な必要性を測るものじゃないって。あくまで民間投資家にとっての機会を示したものだって。


Phrona:正直ではあるけど、それって本末転倒じゃないですか。本当に必要なのは包括的な適応なのに、利益が出る部分だけ切り取られていく。


富良野:ええ。で、利益が出ない部分は結局、公共セクターに押し付けられる。あるいは放置される。


Phrona:災害弱者がますます弱者になるっていう……。


金融商品としての災害リスク


富良野:レポートではもうひとつ、金融の仕組み自体を変えようって話も出てくるんです。たとえばパラメトリック保険。これは、従来の保険みたいに実際の損害額を査定するんじゃなくて、特定の条件が満たされたら自動的に保険金が支払われる仕組みです。


Phrona:条件っていうのは?


富良野:たとえば、風速が一定以上になったらとか、降水量が閾値を超えたらとか。被害の大きさじゃなくて、災害の規模そのものをトリガーにする。


Phrona:それって、迅速に対応できそうですね。


富良野:そうなんです。査定に時間がかからないから、すぐに資金が動く。それから、レジリエンス連動債っていう商品もある。防災投資をして、その効果が実証されたら投資家にリターンが払われる仕組み。


Phrona:つまり、防災の成果を金融商品化するってことですね。


富良野:まさに。カリフォルニアの森林レジリエンス債は、山火事予防のために森林を整備して、その効果が確認されたら投資家に返済される。バージニア州ハンプトンの環境インパクト債は、グリーンインフラの整備で洪水や雨水の量をどれだけ減らせたかに応じて返済額が変わる。


Phrona:面白い仕組みだけど、ちょっと怖いですね。災害リスクそのものが取引される感じがします。


富良野:そうなんですよ。災害が金融市場に組み込まれていく。それが良いのか悪いのか、一概には言えない。


投機と適応の境界線


Phrona:でも、これってある種の投機にもなり得ますよね。災害が起きる確率が高い地域ほど、レジリエンス技術の需要が増える。投資家はそこに賭ける。


富良野:その通りです。レポートでも、2025年1月のロサンゼルス大規模山火事の後、山火事予防や管理のバリューチェーン全体に投資が集まったって書いてある。災害が起きると、投資が動く。


Phrona:それって、災害を待ち望んでるみたいにも見えちゃいます。倫理的にどうなんでしょう。


富良野:難しいところですよね。投資家の視点で言えば、災害のリスクが高まることは市場機会の拡大を意味する。でも、災害を受ける側の人間にとっては、生活や命がかかってる。その非対称性が、この投資領域の根本的な矛盾なんです。


Phrona:非対称性……。


富良野:ええ。リスクを負うのは災害に直面する人々で、リターンを得るのは投資家。もちろん、投資によって実際にレジリエンスが高まれば、被災する人も減るし損害も小さくなる。だから単純に悪だとは言えない。でも、その構図自体にひずみがある。


技術だけでは解決しない問題


Phrona:レポートを読んでて思ったんですけど、技術のリストはすごく充実してるんですよね。建物の強化材料、スマートグリッド、高度な灌漑システム、災害予測ソフト……。でも、技術があれば適応できるっていう前提が、なんだか楽観的すぎる気がします。


富良野:それはありますね。技術は確かに重要だけど、それだけじゃ適応は成立しない。社会の仕組みとか、文化とか、人々の行動パターンとか、もっと複雑な要素が絡んでくる。


Phrona:しかも、技術を導入できる人とできない人の格差が広がっていく。レジリエンスが、ある種の特権になっていく感じがします。


富良野:ええ。レポートにも、保険料の値上がりが価格シグナルとして機能してるって書いてあるけど、それって裏を返せば、保険に入れない人は市場から排除されるってことでもある。


Phrona:排除されるっていうか、見えなくなるんですよね。投資機会の話をするとき、その枠組みに入らない人たちの存在が、いつの間にか消えていく。


富良野:その通りです。


適応の不平等


Phrona:レポートって、アメリカやヨーロッパの企業や投資家の視点で書かれてますけど、気候変動の影響を一番受けてるのって、もっと脆弱な地域ですよね。


富良野:そうですね。小さな島国とか、低所得国とか。でも、そういう地域はこのレポートが想定する市場には入ってない。投資収益が見込めないから。


Phrona:うーん、それって本当におかしい話ですよね。気候変動を引き起こしたのは主に先進国なのに、適応の投資は収益が見込める地域にしか向かわない。


富良野:気候正義の問題ですね。適応にもお金がかかる。でも、最も適応が必要な人々には資金がない。で、民間資本は儲かるところにしか流れない。


Phrona:じゃあ、どうすればいいんでしょう。


富良野:レポートの最後に、公共、民間、慈善セクターの連携が必要だって書いてあるんです。それ自体は正しい。でも、具体的にどう連携するのかは曖昧なまま。


Phrona:結局、きれいごとで終わってる。


富良野:まあ、そうとも言える。


災害資本主義の影


Phrona:この話を聞いてると、災害資本主義っていう言葉を思い出します。災害が起きるたびに、それを利用して利益を上げる構造。


富良野:ナオミ・クラインが指摘してたやつですね。ショック・ドクトリン。災害や危機を利用して、新自由主義的な政策を押し通す。


Phrona:このレポートもある意味、その延長線上にあるんじゃないですか。気候災害の激化を、投資機会として捉え直す。


富良野:ただ、一方で僕が思うのは、この構造を全否定するのも難しいってことなんです。現実問題として、公的資金だけじゃ適応に必要な資金が足りない。だったら民間資本を動員するしかない。そのために市場メカニズムを使うっていう発想自体は、ある種の現実主義でもある。


Phrona:現実主義かもしれないけど、それに頼りすぎると、市場の論理だけで適応が決まっていく。利益が出ないレジリエンスは誰も投資しない。


富良野:そこなんですよね、問題は。市場メカニズムを使うのはいいけど、それだけに任せちゃいけない。公的資金や慈善資金が補完する必要がある。


Phrona:でも、その補完がちゃんと機能してる保証はないですよね。


富良野:ないですね。


問いとして残るもの


Phrona:結局、このレポートが提示してるのって、解決策っていうより、新しいジレンマですよね。気候レジリエンスは必要だけど、それを市場化することで生まれる矛盾。


富良野:そうですね。技術的には可能でも、倫理的に正当化できるかっていう問いが残る。災害リスクが投資機会になる世界で、私たちはどう生きるべきなのか。


Phrona:そして、そのリスクを負うのは誰で、リターンを得るのは誰なのか。


富良野:ええ。


Phrona:でも、このレポートを読んで思ったのは、少なくとも気候適応が本格的に議論され始めたってことは、一歩前進なのかもしれないってことです。以前は緩和──つまり温室効果ガスの削減ばかりが話題だったけど、今は適応も重要だって認識されてきた。


富良野:それは確かにそうですね。適応は長い間、二の次にされてきた。でも災害が激化する中で、もう無視できなくなった。


Phrona:ただ、その認識が市場化っていう形で現れてるのが、複雑な気持ちです。


富良野:複雑ですよね。でも、その複雑さを引き受けながら、どうバランスを取るかが問われてる気がします。市場メカニズムを使いつつ、公共性を守る。利益を追求しつつ、正義を実現する。矛盾してるけど、両立させなきゃいけない。


Phrona:矛盾を抱えたまま進むしかないってことですね。



 

ポイント整理


  • 気候災害の激化が市場機会を生み出している

    • 2024年にアメリカで発生した10億ドル規模の気候災害は27件に達し、過去44年平均の3倍となった。2025年前半だけで世界の経済損失は1620億ドルに達し、災害が例外ではなく構造的な現実として認識され始めている。この変化が、気候レジリエンス技術への投資機会を生み出している。

  • 気候レジリエンス市場は2030年までに最大1兆ドル規模に成長

    • マッキンゼーの分析によれば、建物の強靭化、送電網強化、水インフラ、レジリエント農業、災害予測・予防・復旧、山火事・植生管理、金融リスク移転、洪水管理など10分野49技術が、2030年までに6000億ドルから1兆ドルの市場を形成すると予測されている。

  • 民間資本の参入が本格化

    • 従来、気候レジリエンス投資の85%以上は開発金融機関や公的機関が担ってきたが、TPGやインベスコなどの大手資産運用会社が専用ファンドを立ち上げ始めている。気候レジリエンスが新しい資産クラスとして認識されつつあり、民間資本の役割が拡大している。

  • 保険市場が気候リスクを価格に反映

    • 保険業界は気候リスクの高まりを保険料に反映させており、フロリダでは2020年から2023年の間に平均保険料が約55%上昇し年間3500ドルに達した。これは市場が災害リスクを正直に映し出している証拠であり、同時に保険料を払えない層が排除されるリスクも示している。

  • 金融商品の革新が進む

    • パラメトリック保険は特定の気象条件が満たされた時点で自動的に保険金を支払う仕組みで、迅速な対応が可能。レジリエンス連動債は防災投資の効果に応じて投資家に返済する仕組みで、カリフォルニアの森林レジリエンス債やバージニア州ハンプトンの環境インパクト債などが実例として挙げられる。

  • 収益化できないレジリエンスは投資対象外

    • レポートが対象とするのは2030年までに採算が取れる技術のみで、長期的・大規模なインフラ変更や経済価値が低いとされる地域への投資は除外されている。これは、本当に必要な包括的適応ではなく、利益が見込める部分だけが切り取られていることを意味する。

  • 適応の不平等が拡大するリスク

    • 気候変動の影響を最も受けるのは脆弱な地域や低所得国だが、投資収益が見込めないためこれらの地域はレポートが想定する市場に含まれていない。技術を導入できる人とできない人の格差が広がり、レジリエンスが特権化する懸念がある。

  • 災害リスクが投資機会に変換される矛盾

    • 災害のリスクが高まることが市場機会の拡大を意味する一方、リスクを負うのは災害に直面する人々で、リターンを得るのは投資家という非対称性が存在する。投資によってレジリエンスが高まれば被災者も減るが、その構図自体に根本的なひずみがある。

  • 技術偏重の限界

    • レポートは多数の技術をリストアップしているが、技術があれば適応できるという前提は楽観的すぎる可能性がある。社会の仕組み、文化、人々の行動パターンなど、より複雑な要素が適応には必要で、技術だけでは解決しない問題が多い。

  • 公共・民間・慈善セクターの連携の必要性と課題

    • レポートは異なるセクター間の連携が必要だと指摘しているが、具体的な連携方法は曖昧なまま。市場メカニズムを活用しつつも、それだけに任せず公的資金や慈善資金が補完する必要があるが、その補完が機能する保証はない。

  • 気候適応が議論の中心に浮上

    • 以前は温室効果ガスの削減(緩和)ばかりが話題だったが、災害の激化により適応の重要性が認識されるようになった。ただし、その認識が市場化という形で現れている点が複雑な状況を生んでいる。



キーワード解説


気候レジリエンス(適応)】

気候変動による実際のあるいは予想される影響に対して調整するプロセス。緩和が温室効果ガス削減に焦点を当てるのに対し、レジリエンスは気候災害の悪影響を予防・軽減する行動を指す


資産クラス】

株式、債券、不動産など、投資対象として分類されるカテゴリー。気候レジリエンスが新しい資産クラスとして認識されつつある


パラメトリック保険】

実際の損害額ではなく、風速や降水量など特定の気象条件が満たされた時点で自動的に保険金を支払う保険商品。査定が不要で迅速な対応が可能


レジリエンス連動債】

防災投資を行い、その効果が実証された場合に投資家にリターンを支払う債券商品。成果に基づく返済の仕組み


グリッドハードニング(送電網強化)】

気候災害から電力網を保護し、レジリエンスを向上させるサービスや技術。エネルギー貯蔵やスマートグリッド技術が含まれる


建物ハードニング(建物強化)】

物理的な気候災害に対する建物の耐性を高める技術や素材。火災、物理的ストレス、衝撃に耐性のある材料など


災害資本主義】

災害や危機を利用して利益を上げたり、新自由主義的政策を推進したりする構造。ナオミ・クラインが『ショック・ドクトリン』で指摘した概念


気候正義】

気候変動の原因を主に作った先進国と、その影響を最も受ける脆弱な国や地域との間の不平等を問題視する概念。適応資金の配分にも関連


FORTIFIED基準】

建設や屋根の改修に関する自主的な仕様基準。気候災害への耐性を高めることを目的とし、採用件数が急増している


PACE(Property Assessed Clean Energy)プログラム】

固定資産税の評価を通じて、エネルギー効率化や気候レジリエンス向上のための改修費用を長期的に融資する仕組み。フロリダではハリケーン対策の改修に拡大されている



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
ご関心を持っていただけましたら、note上でご感想などお聞かせいただけると幸いです。
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