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真理を手放すことが、民主主義を救う?――リチャード・ローティの連帯の哲学

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:George Scialabba "Why giving up Truth could save democracy" (Institute of Art and Ideas, 2025年11月14日)

  • 概要:20世紀後半の代表的プラグマティスト哲学者リチャード・ローティ(1931-2007)の政治哲学を論じるエッセイ。哲学が真理を基礎とする役割を終え、価値や意味が「発見」ではなく「創造」されるものであることを示したローティの思想と、真理ではなく連帯に基づく民主主義のビジョンを解説している。



哲学は長い間、道徳的な真理を明らかにし、人間の生を理性や神の秩序に結びつけることを約束してきました。しかし20世紀後半を代表するプラグマティスト哲学者リチャード・ローティは、その約束はもう終わったと考えました。哲学や慎重な推論では、特定の社会秩序や道徳的理想を基礎づけることはできない。では、民主主義を支えるものは何なのか。


ローティが提示したのは、真理ではなく「連帯」に基づく政治のビジョンでした。人間には不変の本質などなく、私たちの自己も制度も、絶えず編み直される網のようなもの。そう考えるローティの思想は、一見すると不安定で危うく見えるかもしれません。しかし彼は、まさにその不安定さを受け入れることで、新しい民主主義の可能性が開けると考えたのです。


富良野とPhronaが、真理なき時代の政治思想について語り合います。オーウェルの『1984年』から見える人間の脆さ、マルクス主義を拒否しつつ描かれた階級なき社会の夢、そして友愛という原理が政治を変えうる可能性まで。哲学が降りた梯子の先に、私たちはどんな未来を思い描けるのでしょうか。




哲学が降りた梯子


富良野: 哲学って、もともとは人間の生き方の根本を支える何かだったわけですよね。真理を明らかにして、道徳の基礎を与えて。でもローティはそれを完全に終わったものとして扱ってる。


Phrona: そう、彼にとって哲学はもう「梯子」なんですよね。西洋の政治思想が登ってきて、今はもう蹴り倒してしまったような。


富良野: 17世紀以降、哲学が果たした役割は、政治思想を世俗化することだったって言ってますね。神の意志をどう実現するかという問いから、人間がどうやって幸せに生きられるかという問いへ。それは大きな転換だった。


Phrona: 宗教的な啓示を脇に置いて、人間が自分たちで法や制度を形作れるんだって気づくこと。自由に新しい始まりを作れるって。


富良野: でもローティが言うのは、その役割ももう終わったってことですよね。プラグマティズムっていうのは、価値や意味は発見されるんじゃなくて、作られるものだっていう認識だから。


Phrona: 作られる、ねえ。なんだか不安定な感じもするけど。


富良野: そう、受動的じゃなくて能動的なプロセスなんですよ。より高次の哲学的権威も科学的権威もなくて、あるのは有能な人たちの一時的な合意だけ。道徳的権威も、強制されない個人の選択以外にはない。


Phrona: つまり、社会や政治の制度って、普遍的に妥当な人間本性の命令に対応してるから正当化されるんじゃない、と。


富良野: そもそも、そんな不変の人間本性なんてないってことですね。僕たちにも制度にも本質なんかなくて、絶えず新しい経験を編み込んでいく、中心のない網みたいなものだって。


Phrona: 解放的でもあるし、不安でもある感じ。自由や民主主義や人権が人類の自然な賦与だっていう安心できる合理主義の命題に対して、ローティはそんな自然な賦与なんてないって言うわけだから。


富良野: 人間本性っていうのは形而上学的なフィクションだ、と。



オーウェルと人間の脆さ


Phrona: でも、このラディカルな偶然性っていうのが持つ両義性を、ローティはオーウェルの『1984年』を通して示してるんですよね。


富良野: そう、「ヨーロッパ最後の知識人——オーウェルと残酷さについて」っていう論文で。多くの読者は、ウィンストン・スミスの尋問シーンはちょっとやりすぎだと思ったらしいんですよ。あるいは、ウィンストンが「2足す2は4だ」という正気を保つ真理にしがみつく姿を称賛すべきだと。


Phrona: でもローティの読みは違う。


富良野: ええ。オーウェルの教訓は、人間には自由と尊厳の不滅の核なんてないってことだ、と。僕たちは徹頭徹尾、社会化されたものでしかない。


Phrona: 社会化が全てってことは、つまり環境次第でどんな風にでもなるってこと?


富良野: そうとも言えますね。民主主義が全体主義に必ず勝つなんて保証はない。西洋の感傷主義者たちが何を信じようと。


Phrona: オーウェルが時々使ってた題名「ヨーロッパ最後の人間」っていうのは、まともで敗北したウィンストンのことだった。ローティの「ヨーロッパ最後の知識人」は、冷酷なプラグマティストのオブライエンを指してるんですね。


富良野: そう、ポストモダンの懐疑主義——ローティ自身の信条——が導きうるニヒリズムの、恐ろしいほど説得力のある肖像として。


Phrona: 真理は人を自由にする、っていうのが啓蒙主義の合理主義のモットーだったけど。


富良野: でもローティが認めるように、そしてオブライエンが示すように、真理は僕たちをより効率的にするだけなんですよ。善のためにも悪のためにも。僕たちを善良にするには、真理以外の何かが必要だってことですね。


Phrona: それが、連帯なんでしょうね。



理論では変わらない世界


富良野: ローティの政治関係の著作集には「希望」っていう言葉がよく入ってるんですよ。『哲学と社会的希望』とか『私たちは何を望めるか』とか。


Phrona: 民主主義がいかに困難な達成で、一度達成してもいかに脆いか、よく分かってたんですね。


富良野: そして「理論」があまり役に立たないってことも。デリダやフーコーの著作を、西洋哲学と知的歴史への独創的な視点として評価はしてたんだけど。


Phrona: でも新しいアイデアが解放や革命につながるとは思ってなかった。


富良野: 政治的左派の人たちは彼の政治姿勢にがっかりすることが多かったらしいですね。現代社会の社会正義の欠如は、資本主義の終わりみたいな規模の巨大な構造変化でしか是正できないと見るから。でもローティは、それは一連の漸進的な改革によって是正できると考えてた。


Phrona: マルクス主義者が呼ぶところの「ブルジョワ自由主義者」だったわけですね。


富良野: ただ、不正義を具体的に指摘することに関しては、アメリカ左派の他の誰とも大差なかった。経済的、性的、人種的不平等の鋭く詳細な批判者で、理論的左派の多くよりも実践的だったとも言えます。


Phrona: でもウォーク思想がアメリカ左派に浸透してきたときは批判的だったんですよね。


富良野: ええ。新しい左派の貢献のひとつは、自分たちの快適で安全な生活についてのわずかな罪悪感がかつては学外の政治活動に向かわせていた教授たちが、「ごめん、もう職場で寄付したから」って言えるようにしたことだ、って皮肉を言ってる。


Phrona: 辛辣ですね。


富良野: 1998年の『わが国を達成すること』では、もっと鋭い予測をしてるんですよ。労働者階級が専門職階級は助けられないし助ける気もないって気づいた時点で、何かが壊れるだろうって。


Phrona: どういう?


富良野: 非郊外の有権者はシステムが失敗したと判断して、強権的なリーダーを探し始める。一度選ばれたら、独善的な官僚や、狡猾な弁護士や、過剰報酬の債券セールスマンや、ポストモダニストの教授たちがもはや采配を振れないと保証してくれるような。


Phrona: それって2016年の選挙日に有名になった予測ですよね。


富良野: そう、死後に有名になった予言みたいに。



連帯という根拠


Phrona: でも、神も人間本性も理論も希望の根拠にできないなら、何が根拠になるんでしょう。


富良野: ローティの答えは、たいてい連帯でした。どういうわけか——まだはっきりしないんだけど——僕たちは他人の苦痛や喜びを感じ取ることができる。


Phrona: それを道徳的想像力のせいにしても、あまり説明にはならないですよね。


富良野: でもその存在と重要性は否定できない。ヒュームやアダム・スミスはこれを「共感」と呼んで、道徳理論の基礎にした。ゴドウィンやシェリーも同じで。


Phrona: シェリーの『詩の弁護』での言葉がいいですよね。道徳的善の偉大な道具は想像力だって。自分自身の本性から出ていって、自分以外の思考や行動や人格に存在する美しいものと自分を同一化すること。


富良野: ローティはこれを少し調整するんです。僕たちが同一化するのは苦しみだって。感覚を持つ存在の特徴的な能力で、互いの共感を求める最も深い主張だと。


Phrona: 人間であるとは、屈辱を受ける可能性があるということ。


富良野: そう。民主主義は、伝統的な違い——部族、宗教、人種、習慣など——を、苦痛や屈辱に関する類似性と比べて重要でないと見なす能力にかかってる。自分たちとは全く違う人々を「私たち」の範囲に含まれると考える能力。


Phrona: でも、それって簡単なことじゃないですよね。


富良野: 民主的連帯の創造は大変な仕事だって、ローティは主張してます。「自分の家族や隣人があんな風に生きなくていいはずだ」っていう感情から始まって、それから、多くの場合は何世代もの国民形成の経験を経て、「アメリカ人なら誰もあんな風に生きなくていいはずだ」という感情に進む。


Phrona: そして最終的には普遍的連帯——「人間なら誰もあんな風に生きなくていいはずだ」に。


富良野: ただ、歴史が進むペースだと、それははるか先の未来ですけどね。


Phrona: でも、このプロセスは善とか正義の本性について新しい発見をすることではなくて、道徳的想像力を広げることだから。


富良野: だから進歩の担い手は、哲学者や政治理論家よりも、むしろ小説家や詩人や調査報道記者になるんですよ。



友愛という原理


Phrona: ローティって、革命についての安易な言葉には我慢できなくて、マルクス主義には興味がなかったんですよね。でも、それでもユートピアンだった。


富良野: そう、階級の制約を超えた社会を思い描くことができた。自分を自由主義者と呼ぶ人たちの多くにとって、それは乗り越えられない精神的限界みたいなんだけど。


Phrona: 「2096年から振り返る」っていうエッセイがあるんですよね。建国以来の3世紀——過去2世紀と未来1世紀——を見渡す。


富良野: エドワード・ベラミーの『顧みれば』っていう偉大なユートピア小説のタイトルをもじってるんです。冗談でもあり、真剣でもある。


Phrona: アメリカ史の悩みの種として何を挙げてるんですか?


富良野: 「資本主義と民主主義の明白な両立不可能性」です。そしていつの日かアメリカがそこから逃れる方法を推測してる。


Phrona: どんな風に?


富良野: 21世紀後半には、権利についての話が友愛と無私についての話に置き換わって、アメリカの政治的言説は政治理論家や社会科学者からの引用じゃなくて、聖書や文学からの引用に支配されるようになる、と。


Phrona: 友愛って、哲学者も法律家も扱い方が分からない概念だったんですね。


富良野: 正義や平等や自由の原理は定式化できるし、難しい道徳的・法的問題を考えるときにそれらを援用できる。でも「友愛の原理」をどう定式化するか。


Phrona: 友愛は心の傾きで、他人がほとんど持っていないときに自分が多く持っていることへの恥の感覚を生み出すもの。


富良野: そう、誰かが理論を作れるような種類のものじゃないし、議論によって人に持たせられるものでもない。


Phrona: でもその友愛が政治を動かすって。なんだか詩的ですね。



梯子の先の未来


富良野: 哲学の学問的営みについてローティは両義的だったんだけど、純粋に哲学的な著作は完璧にプロフェッショナルだったらしいですよ。


Phrona: 心の哲学や言語哲学の最新の学術研究に驚くほど精通してたって。有名人で、あらゆる話題についてあらゆる場所で発言するよう招かれる模範的な公共知識人だったのに。


富良野: でも政治的な著作は、ほとんど挑戦的なほどアマチュアの声で書かれてる。市民が市民に語りかけるような。ほとんど彼の平等主義的イデオロギーの実践みたいに。


Phrona: ジョン・デューイと並んで、ウォルト・ホイットマンがローティのお気に入りの人物だったんですよね。


富良野: そう、『民主主義の展望』でホイットマンが描いたアメリカの可能性の寛大なビジョンを、ローティは生かし続けようとした。連帯と友愛が悲しいほど欠けている時代だと認識しながら。


Phrona: 真理ではなく連帯に基づく政治って、ある意味で逆説的ですよね。真理を諦めることで民主主義を救うって。


富良野: でも、それがローティの核心なんですよ。普遍的な真理や不変の人間本性に頼るんじゃなくて、お互いの苦しみを感じ取る能力、想像力を広げていく能力に賭ける。


Phrona: 梯子を蹴り倒した後の世界で、私たちはどう立っていけるのか。


富良野: ローティの答えは、立つための土台を求めるのをやめて、互いに手を伸ばし合うことかもしれませんね。それが連帯ってことなんでしょう。


Phrona: 不安定だけど、人間的。


富良野: そう、そしてもしかしたら、それが最も現実的な希望なのかもしれない。


 

 

ポイント整理


  • 哲学の役割の変遷

    • かつて哲学は道徳的真理を明らかにし、人間の生を理性や神の秩序に結びつけることを約束していた。しかし17世紀以降、政治思想を世俗化する役割を果たした後、プラグマティズムの登場によってその基礎づけの役割自体が終わったとローティは考えた。

  • プラグマティズムの核心

    • 価値や意味は「発見される」のではなく「創造される」という認識。より高次の哲学的・科学的権威は存在せず、あるのは有能な人々の一時的な合意と、強制されない個人の選択のみ。人間にも制度にも本質はなく、絶えず経験を編み直す「中心のない網」として理解される。

  • オーウェルの教訓

    • 『1984年』の読解を通じて、ローティは「人間には自由と尊厳の不滅の核などない」ことを示す。人間は「徹頭徹尾社会化されたもの」であり、民主主義が全体主義に必ず勝つという保証はない。真理は人を善良にするのではなく、より効率的にするだけ——善のためにも悪のためにも。

  • 理論的左派への批判

    • ローティは経済的・性的・人種的不平等の鋭い批判者だったが、資本主義の終焉のような巨大な構造変化を求める理論的左派とは距離を置いた。彼は「ブルジョワ自由主義者」として漸進的改革を支持し、デリダやフーコーの思想は評価しつつも「解放」や「革命」につながるとは考えなかった。

  • 2016年への予言

    • 1998年の『わが国を達成すること』で、労働者階級が専門職階級に見捨てられたと感じたとき、システムの失敗を認識し、独善的なエリートに対抗する強権的リーダーを求めるようになると予測。この予言は2016年の選挙で的中したとされる。

  • 連帯の根拠

    • 神も人間本性も理論も希望の根拠にできない中で、ローティが提示したのは「連帯」。人間は他者の苦痛や喜びを感じ取る能力を持ち、この「共感」こそが道徳の基礎。人間であることは「屈辱を受ける可能性がある」ことであり、この共通性が民主主義を支える。

  • 連帯の創造プロセス

    • 民主的連帯は段階的に拡大する。「家族・隣人」→「同じ国民」→「全人類」という順序で「私たち」の範囲が広がっていく。このプロセスは多世代にわたる国民形成の経験を必要とし、善や正義についての新発見ではなく「道徳的想像力の拡大」として理解される。

  • 進歩の担い手

    • 連帯の拡大が道徳的想像力の問題である以上、進歩の主要な担い手は哲学者や政治理論家ではなく、小説家・詩人・調査報道記者となる。彼らが人々の共感能力を育て、「私たち」の範囲を広げていく。

  • 資本主義と民主主義の両立不可能性

    • ローティはアメリカ史の核心的問題として、この両立不可能性を指摘。2096年の未来を描くユートピア的ビジョンでは、「権利」の言説が「友愛と無私」の言説に置き換わり、政治的言説が理論家ではなく聖書や文学から引用されるようになると想像した。

  • 友愛という原理

    • 友愛は哲学者も法律家も扱えない概念。正義・平等・自由の「原理」とは異なり、友愛は「心の傾き」であり、他者がほとんど持たないときに自分が多く持つことへの恥の感覚。理論化も議論による説得も不可能だが、政治を変える力を持つ。

  • ホイットマン的ビジョン

    • ローティの政治思想の基盤には、ウォルト・ホイットマンの『民主主義の展望』が示すアメリカの可能性への寛大なビジョンがある。連帯と友愛が欠けている時代だと認識しつつも、その理想を生かし続けようとした。

  • アマチュアとしての語り口

    • 哲学の専門的著作では高度にプロフェッショナルだったローティだが、政治的著作は意図的に「市民が市民に語りかける」アマチュアの声で書かれた。これ自体が彼の平等主義的イデオロギーの実践であり、専門家による上からの啓蒙を拒否する姿勢の表れ。



キーワード解説


プラグマティズム(Pragmatism)】

ギリシャ語のpragma(行為)を語源とする哲学的立場。価値や意味は発見されるのではなく、人間の行為を通じて創造されると考える。真理や道徳の絶対的基礎を否定し、実践的効果や有用性を重視する。


リチャード・ローティ(Richard Rorty, 1931-2007)】

20世紀後半を代表するアメリカのプラグマティスト哲学者。形而上学や認識論の基礎づけ主義を批判し、哲学の役割を文化的対話の促進として再定義した。


連帯(Solidarity)】

ローティ哲学の核心概念。普遍的真理や不変の人間本性に代わって民主主義を支える原理。他者の苦痛や喜びを感じ取る能力に基づき、「私たち」の範囲を徐々に拡大していく実践。


社会化が全て(Socialization all the way down)】

人間には本質的な自己や不滅の自由の核などなく、完全に社会的・文化的環境によって形成されるという考え方。オーウェルの『1984年』解釈を通じてローティが示した人間理解。


中心のない網(Centerless web)】

ローティが用いる比喩。人間の自己も社会制度も固定的な本質を持たず、絶えず新しい経験を編み込みながら変化し続ける構造として理解される。


道徳的想像力(Moral imagination)】

自分とは異なる他者の立場や苦しみを想像し、共感する能力。ローティにとって、この能力の拡大こそが道徳的進歩の本質であり、哲学的真理の発見よりも重要。


ジョージ・オーウェル『1984年』】

全体主義社会を描いた小説。ローティは、主人公ウィンストンの敗北と拷問者オブライエンの勝利を通じて、真理だけでは人を善良にできないこと、人間の脆弱性を示す作品として読んだ。


ブルジョワ自由主義(Bourgeois liberalism)】

マルクス主義者が批判的に用いる用語だが、ローティは自らをこう呼ぶことを厭わなかった。革命ではなく漸進的改革を通じた社会変革を支持する立場。


ウォーク思想(Woke thinking)】

人種・性・階級などの抑圧構造への意識の高さを強調する現代的な進歩主義。ローティは晩年、これが学術的左派を実際の政治行動から遠ざけると批判した。


エドワード・ベラミー『顧みれば』(1888)】

2000年のユートピア社会を描いた小説。階級対立のない平等な社会を想像した古典的ユートピア文学。ローティはこれをもじって「2096年から振り返る」というエッセイを書いた。


友愛(Fraternity)】

自由・平等と並ぶフランス革命の理念だが、ローティにとって最も重要な概念。原理として定式化できない「心の傾き」であり、他者が少ないときに自分が多く持つことへの恥の感覚。


ウォルト・ホイットマン】

19世紀アメリカの詩人。『民主主義の展望』で平等主義的で包括的なアメリカのビジョンを描いた。ローティの政治思想の重要な源泉。


ジョン・デューイ】

20世紀前半のアメリカのプラグマティスト哲学者・教育思想家。ローティの思想的先駆者として、民主主義を単なる政治制度ではなく生活様式として理解した。


ヒュームとアダム・スミスの「共感(Sympathy)」】

18世紀スコットランド啓蒙思想の核心概念。道徳の基礎を理性ではなく、他者の感情を共有する能力に求めた。ローティの連帯概念の先駆。


シェリー『詩の弁護』】

ロマン派詩人パーシー・ビッシュ・シェリーの詩論。「道徳的善の偉大な道具は想像力」とし、自己を超えて他者と同一化する能力を強調。ローティの道徳的想像力概念に影響。



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
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