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精子の起源を600万年さかのぼる――生命史が揺さぶる「性」の常識

更新日:1月24日

シリーズ: 知新察来


◆今回のピックアップ記事:Christa Lesté-Lasserre, "Sperm's evolutionary origins go back before multicellular animals" (New Scientist, 2025年11月24日)

  • 概要: オーストラリアの研究チームが、精子の進化的起源が多細胞動物の誕生以前にさかのぼることを発見。単細胞藻類の遺伝子解析により、精子形成に関わる遺伝子が約6億年前から存在していたことが判明した。



単細胞生物の中に、すでに精子の原型が眠っていた。オーストラリアの研究チームが古代藻類の遺伝子解析から明らかにしたこの発見は、生殖という営みの始まりを大きく書き換えるものです。私たちがイメージする精子は、動物の世界に固有の発明品だと思われてきました。でも実際には、多細胞生物が誕生するはるか以前、地球がまだ単細胞の海だった時代に、性の基本装置はすでに準備されていたらしい。


今回は富良野とPhronaがこの静かな革命に迫ります。生殖とは何か。性とは何か。そして、単細胞から多細胞への移行期に、生命は何を選び取ったのか。古い常識が揺らぐとき、見えてくる景色があります。




生命の設計図は、いつ書かれたのか


富良野:この論文、かなり衝撃的でしたね。精子の起源が多細胞動物よりも前、単細胞生物の時代にまでさかのぼるって話なんですけど。


Phrona:600万年前じゃなくて、6億年前ですよね。桁が違う。


富良野:そうです。研究チームが注目したのは、単細胞の藻類の一種で、こいつらがすでに精子形成に関わる遺伝子のセットを持っていたらしいんです。つまり、動物が精子を作るための設計図は、動物が生まれる前からあったってこと。


Phrona:それって、生殖の仕組み自体が、もっと古い時代に準備されてたってことですよね。精子って、動物の専売特許だと思ってたんですけど。


富良野:僕もそう思ってました。でも、この研究が示してるのは、精子っていう形態そのものじゃなくて、精子を作るための遺伝子ツールキットが先に存在してたってことなんですよね。


Phrona:ツールキット、ですか。


富良野:ええ。遺伝子のモジュールみたいなもので、これが揃っていれば精子を作れる、っていう基本セットです。それが単細胞生物の段階で既に組み立てられていて、あとは多細胞化したときに使われるのを待っていた、みたいな。


Phrona:まるで、楽器が揃ってるけど、まだオーケストラが編成されてない状態みたいですね。音楽を奏でる準備はできてたけど、実際に演奏するのはもっと後、みたいな。


富良野:そう、その比喩いいですね。で、面白いのは、これが単に遺伝子の偶然の一致じゃなくて、進化の連続性を示してるってところなんですよ。単細胞から多細胞への移行って、僕らが思ってる以上になめらかだったのかもしれない。



性の発明は、いつ起きたのか


Phrona:でも、単細胞生物って、そもそも精子を使って生殖してたんですか?分裂とか、もっと単純な方法かと思ってたんですけど。


富良野:実際、多くの単細胞生物は分裂で増えますよね。でも、中には配偶子を作って融合するタイプもいる。藻類の一部なんかはそうです。オスとメスの区別がある種もいて、小さい方の配偶子が精子的な役割を果たす。


Phrona:じゃあ、性の区別自体も、もっと古いんですね。


富良野:そう。性の起源については諸説あるんですけど、少なくとも単細胞の段階で、遺伝子を交換するための仕組みは既にあったわけです。それが精子と卵子という形で洗練されていくのは、多細胞化の過程で起きたことなんでしょうね。


Phrona:でも、なんでわざわざ精子みたいな複雑なものを作る必要があったんでしょう。分裂のほうが効率的な気もするんですけど。


富良野:それは多様性の問題なんですよ。分裂だと、基本的に親のクローンができるだけで、遺伝的な変異が生まれにくい。でも、配偶子を使って遺伝子を混ぜ合わせると、新しい組み合わせができる。環境が変わったときに、生き残れる個体が出てくる確率が上がるんです。


Phrona:つまり、性っていうのは、変化に対応するための戦略なんですね。


富良野:まさに。で、その戦略を実現するための道具として、精子の原型が単細胞の時代から用意されてたってのが、今回の発見のポイントなんです。



遺伝子は、未来を見越していたのか


Phrona:でも、ちょっと不思議じゃないですか。単細胞生物が、まだ存在してない多細胞動物のための遺伝子を持ってるって。まるで未来を見越してたみたいで。


富良野:ああ、それはよく誤解されるんですけど、進化には目的がないんですよ。遺伝子が未来を見越して準備してたわけじゃなくて、単細胞生物の段階で、たまたまその遺伝子が別の機能で使われてたんです。それが後に、多細胞化したときに流用されたってだけで。


Phrona:流用、ですか。


富良野:そうです。進化ってよくそういうことをするんですよ。既にある部品を組み合わせて、新しい機能を作り出す。今回の場合だと、単細胞藻類が配偶子を作るために使ってた遺伝子セットが、動物の精子形成にも転用されたってことなんでしょうね。


Phrona:なるほど。じゃあ、精子っていうのは、ゼロから設計されたわけじゃなくて、もっと古い仕組みの焼き直しみたいなものなんですね。


富良野:焼き直し、っていうか、リミックスですかね。基本的な部品は昔からあって、それを新しい文脈で使い直した。進化ってそういう積み重ねなんですよ。


Phrona:でも、それって逆に言うと、生命の設計図って、思ってる以上に保守的なんですね。新しいものを作るんじゃなくて、古いものを再利用する。


富良野:そうなんです。実際、遺伝子のレベルで見ると、人間と単細胞生物の間にも、共通する部分がかなりある。僕らが持ってる遺伝子の多くは、何億年も前からあるものの変形なんです。


精子は、どれほど多様なのか


Phrona:精子って、動物によってかなり形が違うんですよね。哺乳類のは尾っぽがあって泳ぐけど、昆虫のはもっと複雑だったり。


富良野:そうなんです。精子の形態は驚くほど多様で、それぞれの生物の生殖戦略に合わせて進化してる。でも、その多様性の根っこには、共通の遺伝子ツールキットがあるってのが、今回の発見の面白いところなんですよ。


Phrona:共通のツールキットから、あれだけいろんな形が生まれるんですね。


富良野:ええ。遺伝子の使い方とか、発現のタイミングをちょっと変えるだけで、全然違う形ができる。進化って、そういう微調整の積み重ねなんです。


Phrona:じゃあ、精子の形を決めてるのは、環境とか、その生物の生き方なんですか。


富良野:大きくはそうですね。たとえば、体外受精をする魚類の精子は、大量に作られるけど小さくてシンプル。一方、体内受精をする哺乳類の精子は、長距離を泳ぐ必要があるから、運動能力が高くなってる。それぞれの環境に最適化されてるんです。


Phrona:でも、その最適化を支えてるのが、もともと単細胞生物が持ってた遺伝子セットっていうのが、なんだか不思議な感じですね。


富良野:そう、生命の歴史って、そういう連続性の上に成り立ってるんですよ。新しいものが突然現れるんじゃなくて、古いものが少しずつ変わっていく。



生殖の本質は、どこにあるのか


Phrona:この話を聞いてると、生殖っていう営み自体が、すごく古い歴史を持ってるんだなって思います。精子とか卵子とか、そういう形は後から付け足されたもので、本質はもっと前からあったんですね。


富良野:そうなんですよ。生殖の本質って、遺伝情報を混ぜ合わせるってことで、それは単細胞の時代から始まってた。精子っていうのは、その情報をどう運ぶかっていう方法論の一つに過ぎないんです。


Phrona:方法論、ですか。


富良野:ええ。生殖の目的は遺伝子の組み換えで、それを実現するための手段として、精子とか卵子とかいう形が生まれた。でも、その手段を作るための道具は、もっと昔から揃ってたってことです。


Phrona:じゃあ、精子っていうのは、生殖という大きな物語の中の一章みたいなものなんですね。


富良野:まさに。で、その物語の始まりが、僕らが思ってたよりもずっと古かったってのが、今回の発見なんです。


Phrona:でも、それって、生命の創造性を示してる気もします。限られた道具を使い回しながら、どんどん新しいやり方を編み出していく。


富良野:そうですね。進化って、そういう意味ではすごくクリエイティブなんですよ。ゼロから作るんじゃなくて、既にあるものを組み合わせて、新しい機能を生み出す。その柔軟性が、生命をここまで多様にしたんでしょうね。



単細胞と多細胞の境界線


Phrona:単細胞から多細胞への移行って、どのくらい劇的な変化だったんでしょう。この研究を見てると、意外となめらかだったのかなって気もしてきます。


富良野:実際、境界線ってそんなに明確じゃないんですよ。単細胞と多細胞の中間みたいな生物もいるし、単細胞生物の中にも、ある程度の協調行動をするものがいる。移行は段階的だったんでしょうね。


Phrona:じゃあ、精子の遺伝子ツールキットも、その移行の橋渡しをした一つなんですね。


富良野:そう。単細胞の時代に作られた道具が、多細胞化したときに新しい役割を与えられた。そういう意味では、精子っていうのは、単細胞と多細胞をつなぐ存在なのかもしれません。


Phrona:生命の歴史って、そういう小さな橋がいくつも積み重なってできてるんですね。一つ一つはささやかな変化だけど、それが積もり積もって、今の多様性になった。


富良野:まさに。で、その積み重ねの一つが、今回明らかになったわけです。精子の起源が6億年前にさかのぼるっていうのは、生命の歴史を書き換える発見なんですよ。


Phrona:でも、まだ分かってないこともたくさんありそうですね。たとえば、その遺伝子ツールキットが、どういう過程で組み立てられたのかとか。


富良野:そうですね。今回の研究は、精子の遺伝子が古いってことを示したけど、その遺伝子がどうやって進化してきたのかは、まだ謎のままです。これから、もっと古い生物の遺伝子を調べれば、新しいことが分かるかもしれません。



性の未来は、どこへ向かうのか


Phrona:この話を聞いてると、性っていう仕組みが、すごく長い時間をかけて作られてきたんだなって思います。でも、未来はどうなるんでしょう。性って、これからも続いていくものなんですか。


富良野:それは面白い問いですね。生物学的には、性っていうのは遺伝的多様性を生むための戦略なんで、環境が変わり続ける限り、有利なはずなんです。でも、人間の場合は、技術の介入もありますからね。


Phrona:体外受精とか、遺伝子編集とか。


富良野:そうです。技術が進めば、性を介さずに生殖することも可能になるかもしれない。でも、それが生物学的に有利かどうかは別の話で。


Phrona:有利かどうか、ですか。


富良野:ええ。性っていうのは、単に子孫を残すだけじゃなくて、遺伝子のシャッフルを通じて、種全体の適応力を高めてるんです。それを捨てるのは、リスクが大きいかもしれません。


Phrona:でも、人間は、もう自然選択の枠外にいる気もします。医療とか社会制度とかで、生き残る条件が変わってるから。


富良野:それはそうですね。ただ、生物としての基盤は変わってないんですよ。僕らが持ってる遺伝子は、6億年前の単細胞生物から続いてきたもので、その連続性を無視して未来を設計するのは難しい。


Phrona:連続性、ですか。過去を切り離せないってことですね。


富良野:そうです。性っていうのは、生命の歴史の中で何度もテストされてきた、信頼性の高い仕組みなんです。それを簡単に置き換えられるかっていうと、僕は慎重になるべきだと思いますね。


Phrona:でも、それは同時に、性っていうものの重みを再確認することにもなりますね。ただの生殖の手段じゃなくて、生命の歴史そのものなんだって。


富良野:まさに。今回の研究が教えてくれるのは、僕らが当たり前だと思ってる性っていう仕組みが、どれだけ古くて、どれだけ深い歴史を持ってるかってことなんです。


 

 

ポイント整理


  • 精子の遺伝子起源は6億年前にさかのぼる

    • オーストラリアの研究チームが単細胞藻類の遺伝子解析を行い、精子形成に関わる遺伝子セットが多細胞動物の誕生以前から存在していたことを発見した。これは従来の認識を大きく覆す発見である。

  • 遺伝子ツールキットの概念

    • 精子という構造そのものではなく、精子を作るための遺伝子のモジュール(ツールキット)が先に存在していた。このツールキットが単細胞生物の段階で組み立てられ、多細胞化の過程で新しい文脈で使用されるようになった。

  • 進化における部品の流用

    • 進化は未来を見越して準備するのではなく、既存の遺伝子や構造を別の目的に流用(リパーポージング)する。単細胞藻類が配偶子形成に使っていた遺伝子セットが、後に動物の精子形成に転用された。

  • 性の起源と目的

    • 性の本質は遺伝情報の組み換えにあり、これは単細胞生物の時代から存在していた。分裂による増殖と比べ、性的生殖は遺伝的多様性を生み出し、環境変化への適応力を高める戦略として機能してきた。

  • 精子の多様性と共通性

    • 動物種によって精子の形態は大きく異なるが、その多様性の根底には共通の遺伝子ツールキットがある。遺伝子の発現タイミングや使い方の微調整によって、多様な形態が生まれる。

  • 単細胞と多細胞の連続性

    • 単細胞生物から多細胞生物への移行は段階的でなめらかなプロセスだった可能性が高い。精子の遺伝子ツールキットは、この移行を支えた橋渡し的存在の一つと考えられる。

  • 生命の設計における保守性

    • 生命は新しい構造を作る際、ゼロから設計するのではなく、古い部品を再利用する傾向がある。人間と単細胞生物の間にも、遺伝子レベルで共通する部分が多数存在する。

  • 環境適応と精子の形態

    • 精子の形態は各生物の生殖戦略に最適化されている。体外受精を行う魚類は大量のシンプルな精子を、体内受精を行う哺乳類は運動能力の高い精子を作る。

  • 性の継続性と技術介入

    • 生物学的に性は遺伝的多様性を維持する有効な戦略であり、環境が変化し続ける限り有利である。しかし人間社会では技術の進歩により、性を介さない生殖も可能になりつつある。

  • 歴史的連続性の重要性

    • 現在の生物が持つ遺伝子は数億年の歴史の産物であり、その連続性を無視した未来設計は困難である。性的生殖は長い進化の歴史の中で検証されてきた信頼性の高い仕組みである。



キーワード解説


遺伝子ツールキット

特定の生物学的機能を実現するために協調して働く遺伝子のセット。精子形成の場合、細胞分化、運動性獲得、形態形成などに関わる複数の遺伝子群を指す。


配偶子(はいぐうし)

有性生殖において融合する生殖細胞。精子と卵子がその代表例。単細胞生物でも接合時に作られる特殊な細胞を配偶子と呼ぶ。


遺伝的多様性

集団内の個体間で遺伝情報が異なる度合い。多様性が高いほど環境変化への適応力が増し、種の存続可能性が高まる。


リパーポージング(転用)

進化の過程で、ある機能のために存在していた構造や遺伝子が別の機能に使われるようになること。進化における重要なメカニズム。


体外受精と体内受精

体外受精は水中などで卵と精子が出会う方式、体内受精は雌の体内で受精が起こる方式。それぞれの戦略に応じて精子の形態や数が最適化される。


単細胞藻類

植物プランクトンの一種で、光合成を行う単細胞生物。一部の種は有性生殖を行い、配偶子を形成する能力を持つ。


遺伝子発現

DNAの情報がRNA、タンパク質へと変換される過程。発現のタイミングや量を調節することで、同じ遺伝子から異なる機能や形態を生み出せる。


クローン増殖

有性生殖を経ずに親と遺伝的に同一の子孫を作る増殖方法。分裂や出芽などがこれに当たり、遺伝的多様性は生まれない。


多細胞化

単細胞生物から多細胞生物への進化的移行。約6億年前のエディアカラ紀から本格化したとされる生命史の重要な転換点。


生殖戦略

種が子孫を残すために採用する方法や特性の総称。多産少育型、少産多育型など、環境や生態的地位に応じて多様な戦略が進化してきた。



本稿は近日中にnoteにも掲載予定です。
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